第171話 体育祭二日目



「ルーラーねぇ?聞いた事ないわね」

「古き魔族にルーラーなる人物は居ませんし最近発生した魔族でしょう。少なくともウラノリア様がご存命の時には存在しなかった筈です」


体育祭に来ていた母様とグルムスに昨日起きた事について訊くとそう返された。


「それより本当に何もされていないのよね?」

「多分。魔力の痕跡も何も無かったし魔導具程度で何か出来る程私の身体は弱くないと思う」


母様が心配そうに声を掛けてくる。母様やグルムスはそういった調べる事についてはそれ程強くないから私が幾ら大丈夫だと言っても心配だろう。だが私が発見出来ない時点で何もされていないのは殆ど確定されている。制御の素因は伊達ではない。大丈夫だとは思うが断定する為に後でテスタリカに把握して貰おうと思う。


「ふぅ、まあ良いわ。気にしていても仕方ないものね。これでヴェルデニアが来たら全力で貴女を逃がすしかないわね」


その発言は自身すらも囮にするという宣言だ。だがヴェルデニアを倒せる可能性はもう私ぐらいしかいないのでそこまでしなければいけないのだ。人族も亜人族も普通の魔族にすら敵わないほど弱い。一部の者は突出しているがそれだけだ。そして魔族ではヴェルデニアの魔神王の素因に屈してしまう。魔神王の素因は魔王クラスであれば抵抗出来るがそれの為にリソースが割かれてしまう。常にハンデを背負わなければならないのだ。

これでヴェルデニアが戦い自体がそれ程得意ではないのなら魔王クラスが挑めば勝てたかもしれない。だがヴェルデニアの基幹素因は剣だ。戦闘能力は魔神王の素因が無くてもかなりの高水準だ。勝つのは至難の業だと言えるだろう。ふざけてるとしか言えない。


「血の誓約をしたから信じるしかない。それよりごめん。迷惑掛けて」

「いえ、話に聞く限りでは私達ですら不意を突かれるでしょう。かなりの実力者だと思われますのでスイ様のせいなどではありません」

「でもあの男の記憶も取られてたし……」


そう、あの時直前にいた男の記憶は盗まれていた。見られては困るものがあったのだろうがあの男の正体が分かるかもしれない重要な手掛かりが取られていたのだ。悔しいと感じる。しかもより悔しく思うのは対策が分からないことだ。もしも二回目があった場合また同じ状況にされることだろう。


「ん、考えても仕方ない。なるようになる」


とりあえず考えるのを放棄した。幾ら考えようが答えが出ないなら悩むだけ無駄である。それで何かが変わるかもしれないがそもそも分からないという事は変わる予兆すら分からないのだ。ならば何か起きてから考えるしかない。


「そうね。なるようにしかならないわ。じゃあ今日の話でもしましょうか」


母様が素敵な笑顔で私に微笑む。私も笑顔で母様の手を掴む。今日は体育祭を楽しむ事としよう。



さて、今日は私の競技があるので舞台に母様達を連れてきた後私は一人舞台裏へと入っていく。競技用に衣装は自前で用意しても構わないし学園側が用意した衣装でも構わない。私は一応自作した衣装を着る。ルーレちゃんにも見てもらっているのでおかしい所は無いはずだ。


「では剣の部の舞踊を始めます。皆様初々しい少年少女達の舞踊を心ゆくまでお楽しみください」


どうでも良いが何故司会の台詞がちょっと変態っぽく聞こえてしまうのだろうか。この後にやりたくないのだけれども。


「では一人目の登場です!」


私の順番は十二番なのでまだ先なのだが開始時には舞台裏で待機しておかなくてはいけないのでここで暫く時間潰しだ。出番までやる動きを間違えないように確認しておこう。

そうして暫く経つと私の出番だ。一人頭五分程度しかないが既に一時間経っている。母様達は飽きていないだろうか。少し頑張ろう。


「では最後の十二人目です!出場者の方は舞台へ出てください!」


静かに舞台裏から舞台へと上がる。目を瞑っているし衣装が衣装なので少し動きづらい。ルーレちゃんは大絶賛だったが母様達はどうか分からない。魅せられるように全力でやってみよう。


「……目を瞑ってる?」

「可愛い衣装ね……え?自作?」

「神々しい……生きていて良かったです。ローレア様」

「……目を潰した方が良いかもしれないわね」

「あの衣装うちでも扱いたいわね。終わったら声を掛けに行かなくちゃ」


母様達の声が聞こえた。どうやら見てくれているようだ。ならばあとは私が本気で舞い踊るだけだ。

目を瞑ったまま巫女衣装から長くはないが短くもない剣を取り出す。当たり前だが学園側が支給した舞踊用の剣で刃引きはしてある。舞台の中央よりやや後ろの位置で止まると剣を片手で構える。

観客の声が止まると私は少し息を吐き動き始める。実戦を意識した動きではない。というか実際にこんな動きをすればカモでしかないだろうが魅せるだけならば十分。

抜き身の刃のような鋭利な刃を持つかのように振るう。舞いて刺し、振るいて裂く。時には大きく身体を動かし、時には動いていないかのように錯覚する程細かい動きを入れる。たった五分、されど濃密な五分だ。その間私は目を瞑り続ける。

テーマは盲目の少女が苦難を乗り越えるというものだ。正確にはそのテーマでやって欲しいとルーレちゃんに言われた。

だから私は踊る。苦難が幾ら立ちはだかろうとも幾度の試練が行く手を阻もうとしてもこの身とこの剣で道を切り開いて見せるのだとそう全身で訴える。少女は他の誰よりも弱い。だが強いのだと。汗を流し動く。けれど決して弱い表情など見せはしない。

そして最後に剣を片手に私の動きが止まる。最初と同じ立ち姿で最初よりも前の場所で止まる。そして静かに私は剣を構えてそこで舞踊が終わる。不屈の心を持った少女は折れないのだとそう見せ付けるかのように。

まあ私の心境としては凄まじく疲れたと言わざるを得ない。五分間目を瞑り続けたままそこそこの重さを持った剣をブンブン振り回すのだ。体力的には別にまだまだ行けるが精神的に辛い。特に巫女衣装で足元が少し引っかかる程度には長いから面倒なことこの上無かった。ルーレちゃんは何を思ってこんな嫌がらせみたいなテーマを出してきたのか。


「……」

「ん、終わったよ?」


司会の人が完全に止まっていた。いやむしろ他の観客も参加者も止まっていた。


「おぉぁ……」


いや司会の人しっかりしてくれ。進行出来ないから。クイクイ袖を引っ張るとようやく戻ってきた。母様達はどうだろうか。瞑っていた目を開けて母様の姿を探す。母様は少し惚けていたが私に見られていることに気付くと慌てて笑顔で手を振ってくれた。私も笑顔で手を振り返すと何故か周りにいた男性が数人よろめいた。どうした。

しかもよろめいた内の一人はグルムスだ。私ガチ勢にはきつかったかもしれない。グルムスは気付かれていないと思っているみたいだが父様の記憶を持つ私が私作成時のグルムスの姿を知らない訳が無い。隠しても無駄である。


「もうこの子優勝で良いんじゃね?」


いや良くない。司会の人は公平にして欲しい。

結局私が女性側で優勝。男性側はジアだったらしい。というかジアやっていたのか。時間が違うのだから見に行ってあげればよかった。

終わったあと舞台裏からその衣装のまま母様の元へ駆け寄る。母様は笑顔で私を抱きあげる。


「すっごく良かったわ!可愛くて格好良くて素敵だった。後で魔導具に貴女の姿を映しておかないといけないわね」

「本当?良かった♪」


褒められて嬉しい。頑張った甲斐があったというものだ。流石に面倒なので二回、三回はしたくないがこれだけ喜んでくれるならまたやっても良いかもしれない。とりあえずグルムスは気付かれていないと思っているのかは知らないが鼻血が見えているのでさっさと止めた方が良いと思う。

さあ、まだ体育祭は始まったばかりである。色んな所を見て回って遊ぶとしよう。終わったら……追い掛けてきている昨日の肉当ての人と話そうか。何を言われるのかなぁ。面倒なのは勘弁して欲しいけど。

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