第360話 迷惑客を追い払え!
「てめぇ!」
床に倒した男が復活して掴み掛かってきたので近くに置いてあったメニュー表を掴んで顔に押し付けるとそのまままた床に倒す。倒した後リットジュースを一口飲むのも忘れない。
「酒場で暴れているのは良くある光景だけど人の迷惑になったら貴方が後々困ることになるんだから辞めた方がいいよ?」
「くっ……このぉ!」
メニュー表を床に叩き付けてから男は掴みかかるのではなく殴りかかって来た。コース的には肩に当たるので一応顔を狙わないだけの理性はあったらしい。まあ当たるつもりもないが。手を前に出して男の拳に添わせるようにして軌道を逸らし男の拳が空を切ったタイミングで男の脛を蹴った。
「ぐおっ!?」
「可愛い私と遊びたい気持ちは分かるけど私野蛮な人は嫌いなんだ……ごめんね?」
痛がる男のこめかみに隣の席から取ってきたメニュー表を叩き込む。ゴッと良い音が鳴って男の身体が少し吹き飛ぶ。吹き飛び倒れた男の腹に魔法でかなり重くしたメニュー表を乗せてあげると男は重すぎるせいか動けなくなっていた。
「動いたら少し喉が乾いちゃった……リットジュース……無くなっちゃった。マスターおすすめのジュースをください」
「……当店のミックスジュースがおすすめだ。合うおつまみはピトフ」
「両方お願い」
「畏まりました」
マスターに注文を済ませてから男の方を見ると重くなったメニュー表を退かせられないようで蠢いていた。そこに男と同じ席に座っていた女の人が三人とも来て一緒にメニュー表を持ち上げようとしていた。まあ流石に女性三人と男性一人の力なら何とか持ち上げられるだろう。暫くは掛かりそうだし無視で良いや。
そう言えば先輩さんはどうしたのかなと周りを見渡したら他の客に止められていた。なぜ止められているのかさっぱり分からなくて近くの席に座っていた男性に再び聞いてみた。
「ん?ああ、先輩側が先にキレそうになっていたからね。それを見た常連さんが止めたんだよ。そしたらそれを見た若い方が鼻で笑った後、君の言葉が聞こえたみたいで怒った表情で来ていたよ」
「なるほど?どんな理由があろうと先に手を出した方が怒られちゃうんだね」
「まあこの店の中だとそんな感じだね。君は流石に大丈夫だと思うから心配しなくていいよ。被害も無いしね」
「ありがとう」
男にもう一回燻製がいるかを聞いたけど断られた。流石に要らなかったか。ステーキは普通に断られた。まあお酒飲んで過ごしてる人に食べやすいとはいえステーキは邪魔だろう。少ないならまだしもそこそこ多いし。
席に戻るとまだ床で蠢いていたので気にせずに運ばれてきたミックスジュースとピトフとやらを食べる。ミックスジュースは黄色のジュースで香りこそミックスジュース特有の混ざった感じで味は甘さとちょっぴりの酸味、奥深い味わいに舌鼓を打つ。
ピトフは見た目はゴロゴロと大きな具が入ったシチューだろうか。色は白じゃなくて赤色だが。どちらかと言えばミネストローネとかの方が近いかもしれない。一口食べて分かったのはスープの味は限りなくミネストローネに近いという事だ。ただ中に入っている具と一緒に食べると一気に味が変わる。不思議な食べ物だった。美味しいがそれ以上に楽しい気持ちが出てくる。
「がぁぁぁぁ!!」
男の声が聞こえたと思ったら何とかメニュー表から脱出したらしい。女性達は疲れたのか床にペタンと座っている。まあ彼女達からすれば百キロ近い重さなんて持ったことないだろうし仕方ない。ちなみに男がその重さで潰れなかった理由は私の魔法のせいです。
「俺を虚仮にしやがって!絶対許さねぇ!」
男は散々やられたのにまだやる気のようだ。その心意気だけは買ってもいいがそれは相対した強力な魔物相手とかに披露して欲しい。少なくとも酒場で偶然会っただけの女の子に対して使うものではない。
「ねぇ?許さないならどうするの?痛め付けるの?指とか足とか折る?犯して放り捨てる?それとも殺す?どうするの?ねぇ答えてよ」
スイの問いに男は勢いを失って言葉を失う。
「答えられないの?勢いでしか喋れないの?そうやって生きているから先輩さんにも怒られるし今周りから冷ややかな目で見られるんじゃないの?虚仮にされたから?されるような言動をしているのは貴方でしょ?更に暴れるつもりなら別に構わない。ただ貴方がこれ以上に信用や信頼を失えば貴方が辛くなるだけだよ?それでも良いなら来るといい。反抗する気力も湧かないほど全力で叩き潰してあげる」
そう言ってミックスジュースを飲む。美味しい。少しだけ飲んだ後立ち上がって男の前にやってくる。
「さあ、やっていいよ?二度と誰かを舐めた態度を取れないようにしてあげるから。手を出してきていいよ?その手を折ってぐちゃぐちゃにしてあげる。蹴ってもいいよ?二度と歩けなくなっても良いなら。頭突きでも構わない。首から下の動きがぎこちなくなるだろうけど。魔法が使えるならそれでも良い。その魔法を使えなくしてあげる。武器があるならそれでも良い。持てないように腕と支えられないように足を両方持っていくから。女の人に命令して攻撃させてもいいよ。この世からその女の人を消し飛ばしてもいいなら。さあどうする?出来ないと思うならそれでも構わない。正々堂々と苛つく相手を殺す理由が出来る」
スイの言葉に男は気圧されたように一歩下がる。
「下がるの?それならそれで別にいいよ。ただ二度と関わってくるな。関わってきたらその首落とすぞ」
スイはそこまで言うともう興味は無いとばかりに席に戻って食事し始める。男は掌に浮かんだ冷や汗と生き長らえたと訴える謎の思いに頭をガシガシ搔くとクソが!と言い捨てながら店から出て行った。慌てて女の人達が追い掛けて行って居なくなったあと何人かの客から拍手を貰った。
「……マスター、騒がせてごめんね?」
「……構わない。良くやった」
マスターがニコッと厳しい顔を綻ばせたのを見て私も笑みを浮かべる。
「でも少し申し訳ないから……うん、マスターこの店に今居る人達にお酒でもプレゼントしてあげて。いちばん高いやつを」
「……そんな事はさせられん」
スイの提案をマスターが断る。どうしたものかとスイが悩むとマスターはニヤッと笑う。
「……迷惑な客を追い払ってくれたからな。酒は俺が奢る」
マスターがそう言うと店中から歓声が起こる。
「マスターの機嫌が良くなる日とはツイてるな!」
「ナイスだぜお嬢ちゃん!」
周りからの声を聞いた感じではどうやらマスターの機嫌が良くなった時にお酒が奢られているようだ。成程、ある意味ではこの店の名物の光景なのか。それをスイにされるのは困るという事なのかもしれない。
「……何が一番美味しかった?」
「え?あぁ……うぅん、ステーキが美味しかった。バリアブルの調理法が凄く気になった」
「……ステーキか。少し待ってな」
マスターが奥に引っ込むと暫くして美味しそうな匂いが漂ってくる。そして程なくしてステーキを何人前なのか明らかに一人前ではない量を持って来てスイの前に置く。
「あの……流石に私お腹いっぱいで食えそうにないんだけど」
「……指輪持ちだろう?持ち帰って食うといい。それとこれを渡してやる」
マスターが渡してきたそれは薄い紙が二枚だ。そこにはバリアブルの調理法が書かれていた。もう一枚は地味に気になっていたタギルの燻製の調理法だった。
「……ジュースに関しては基本的に果物を搾って蜂蜜やら砂糖やらを追加しただけだから果物さえ買えば出来る。だからその二つだ」
「凄く嬉しい!ありがとうマスター!」
「……構わん」
そう言いながらもマスターの頬は少し赤くなっていた。私はそれを見て笑みを浮かべながらゆっくりと食事を済ませて店を出た。ちなみにお値段は金貨一枚と銀貨二枚銅貨六枚になった。日本円換算十二万六千円だ。一回の食事に掛ける金額じゃないなと本気で思った。美味しかったから良いけどさ。
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