第359話 酒場でお食事
メイドさんや糸目の男性にかなり粘られたが無理矢理押し通して屋敷から出た時には既に夕方になっていた。まあ今日は一日ずっとブラブラしていたので宿に戻っても良いのだが、もう少しだけブラブラしていたくて夕方の街を少し見て回ることにした。
夕方ともなると昼間の活気が少し収まり家へと帰る子供や逆に外にお酒を飲みに行くのか数人の男性が仲良く喋って歩いていたりする。スイは男性達に付いて酒場へと入ってみた。
酒場は昼間にも見たがこの位の時間になると人も多くなってくる。活気がまるで違って面白い。まだお酒に酔っている人は少ないらしくそれ程でもないが夜になるにつれて多分酔って暴れる人も出るのだろうなと思った。
「……おー、メニューが意外と豪華」
カウンター席に座ってメニューを眺めてみたが使われている食材などが意外とまともなものばかりで驚いた。別に安い食材ばかり使われていると思っていた訳では無いがお酒のおつまみ程度の物しかないと思っていた。けど蓋を開けてみればステーキだったり煮込み料理だったりと手間が結構掛かっている。代わりにお値段もそこそこする。
勿論安いおつまみも大量にあるしお酒だってグレードが高いものから低いものまで網羅してある。どこの客層を狙っているのかよく分からないラインナップだった。まあ見た限りではそれでも繁盛しているようなので別にいいのだが。
「……えっと、アズラムジュース?とバリアブルのステーキ、ライスを小盛で」
とりあえずお酒を嗜むつもりはないのでがっつりご飯を頼んでおいた。アズラムというのが何かは分からないが説明文的に何かの果物のようなので折角だから頼んでみた。ちなみにアズラムジュースは凄く高かった。他のジュースの三倍は凄い。バリアブルはスイでも知っているが値段的に養殖にでも成功しているとしか思えない程安かった。まあ他のメニューに比べたらかなり高いが。
スイが頼むと他の席に着いていた客から二度見された。何故見られたのか良く分からない。とりあえず待っていると運ばれてきたのはかなり大きなステーキ。ぶっちゃけ食い切れる気がしない。成程、まず間違いなくこれのせいだろう。アズラムジュースは透き通った赤色のジュースで血を思い出させて変な感じがした。
「……思ったより大きいなぁ。まあ……うん。無理だね。どうしようかなぁ」
とりあえずステーキを切って一口食べてみる。瞬間溢れ出した肉汁と舌の上で蕩けて消えてしまったお肉にスイは笑みを浮かべる。
「ふわぁ……美味しい……」
ご飯を一口食べるとまたステーキを食べる。再び弾けるようなその肉汁にスイは堪らず頬を押さえる。
「バリアブルってこんな美味しかったんだ。この街に来る時にも確か何体か狩ってたよね……もう少し狩ろうかな……いやでも、これはどちらかと言うと調理法な気もするし……マスターに聞いたら教えてくれるかな……」
チラっと酒場のマスターを見たがこちらを見ることも無く苦情が出ることなど一切考えていないと言わんばかりにグラスを磨いていた。
「……無理かな。うぅ、でもなぁ」
ステーキをちょんちょんつつきながら溜息を吐いた後、アズラムジュースとやらを飲む。ふわっと広がる酸味とほのかな甘み、少しだけピリッとする感覚。端的に言って美味しい。
「……マスターを私の所に引き抜きたいなこれ」
勿論そんな事が出来ないことは分かっているので溜息を吐く。ステーキを食べてご飯を食べる。合間にジュースを飲んでいたらいつの間にかステーキがもう二口程度しか残っていなかった。ちなみにその間幾人かの客の視線はずっと私の方を向いていた。いや確かに量的に無理そうに見えたけど食べてみたら意外といけた。
「美味しいってお腹の許容量すら増やすのだと今気付いたよ」
『良かったじゃねぇかマスター』
『ネズラクはあまり喋らない方が良いのではないかと私は思うのですがその辺りどう思いますか?』
『俺だってちゃんと俺の声が聞こえないやつしか居ない時にしか喋らねぇよ。ここの連中は魔力なんざ殆どねぇだろ』
『聞こえる者が後から来たらどうするのですか』
『俺の範囲外からそんなのが来たらそもそもどうしようもねぇよ。グライス先輩は固いんだよ。もっと柔軟な思考で動こうぜ?』
私の言葉から何故かネズラクとグライスの言い合いになってしまった。私的にはグライスの言い分も分かるけどネズラクの方が今回は良いと思う。というかグライスがあまり喋らない理由ってもしかしたら自重していたのかもしれないと今思った。
『というかだ。そっちの大陸じゃあ魔力量がそれなりにある奴らが多くてこっちじゃそれが少ないって変な感じがするなぁ。こっちの方が魔物が強えってのに』
『それは……確かにそうですね。何故でしょう?』
「後で教えてあげるね」
私がそう言うと二人?は黙ることにしたようだ。私はステーキを食べ終えると残っていたジュースを飲み干す。
「ふぅ……美味しかった。けど食べ終えた後にお腹が重くなってることに気付くって私どれだけ夢中で食べてたんだろ。変な食い方してないよね……?」
少し気になったか今更どうしようもないので気にしない事にした。ちなみに酒場に着く前は夕方かと思っていたが限りなく夜に近い夕方だったようで既に外は暗くなっていた。それに伴い酒場の喧騒も少し大きくなっていた。
「マスター、この……リットジュースってやつください」
アズラムジュースをもう一度飲みたくもあったが飲んだことの無いジュースの方が気になったので頼んだ。今日はこのまま酒場の喧騒を少し眺めてから宿に戻ろうと思う。
「……リットジュースにはタギルの燻製がおすすめだ」
酒場のマスターがそうボソッと言ったのでお願いしておいた。お腹は満腹に近いがゆっくり食うぐらいなら大丈夫だろう。それにわざわざおすすめを言ってくれた位なのだから間違いなく美味い。食べてみたいと思わせたマスターの勝利である。ちなみにリットジュースはアズラムジュース程では無いがそれなりに高く言われたタギルの燻製とやらはおつまみラインナップの中で二番目に高かった。
運ばれてきたリットジュースは綺麗な琥珀色のジュースで一瞬お酒を頼んだかと思ってしまった。タギルの燻製は見た感じ普通の燻製肉に見える。ちなみに量はおつまみだからかそれ程多くはなかった。
リットジュースを一口飲むとまるで果汁たっぷりの果物を噛んだかのように甘みと香りがぶわっと広がった。アズラムもリットもそうだが地球にある果物の味とはまるで違っていてどんな感じの味?と訊かれても答えられそうにないのが少し残念だ。いや地球にある果物を全種類制覇とかはしていないのでもしかしたら似たような物はあるかもしれないが。
タギルの燻製を食べるとステーキの時のように肉汁が出て来たりとかはなかったが噛めば噛む程肉の味が溢れて来て美味しかった。しかもタギルの燻製は一つ一つはそれ程大きくない。というか小さい。十円玉程度の大きさしかないのにしっかりと味が残っている。量が少ないと言ったけどそれを補って余りあるほどの味だ。
結局タギルの燻製も早いペースで食べ切ってしまった。流石にお腹が満腹になってきたのでリットジュースを飲みながら少しゆっくりする。酒場の喧騒を眺めていると少し雰囲気が怪しくなってきた。どうやらテーブル席に着いている男一人と女三人に対して酔った男が絡んでいて今にも爆発しそうな程に怒気が感じられる。
「もう一遍言ってやろうか!てめぇ先輩に対して態度がなってねぇんだよ!こっちは少なくともてめぇの倍は生きてんだ!」
「ハッ……だから敬えと?断る。倍を生きていようが敬う必要は特に感じないな。特にあんたみたいな品のない先輩はな」
二人のやり取りが中々過激だ。スイは近くのカウンター席に座っていた男性に話し掛けて何があったのかを聞くことにした。
「ん?ああ、どうやらあの若い方が調子に乗ってて先輩の方が注意したのが始まりみたいだよ。聞いている限りでは若い方はその自信過剰な感じで女を侍らせていて先輩側がそれに対して苦言を申したって感じかな」
「ふぅん、そうなんだ。でもあの人そんなに強くないのに調子に乗れるって一種の才能だね」
私の言葉に苦笑いを浮かべた男の人にこれ美味しかったよと言いながらタギルの燻製を奢ってから元の席に戻ると何故か若い男の視線がこっちに向いていた。たまたまだろうと思ってリットジュースをちびちび飲んでいたら若い男の方がこっちに向かって歩いてきた。もしかしたら私も侍らせたいのかなとか思っていたら男は私の隣のカウンター席に座って私を見てくる。
「俺が弱いって言ったかこのチビ」
違った。まあ侍らせたいと言われても断っていたけど少し恥ずかしい。
「まあそんなに強くはないとは言ったね。弱いとまでは言ってないよ?」
私の言葉に男は青筋を立てる。本当の事しか言ってないのに何故怒るのだろう。ぶっちゃけあの先輩が本気を出したら多分ボコボコにされる程度でしかないのに何故威張れるのだろう。
「このチビ……!」
男が私に掴み掛かろうとしたのでリットジュースを席に置いてから男の頬を叩いて床に倒した。
「リットジュースが零れたらどうするの。勿体ないでしょ?」
多分その時の周りの雰囲気的にそこなの!?って思われた気がする。気のせいだよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます