第6話 初めての依頼?いや出会っただけです
出されたご飯は美味しかった。固さはあるが噛めば少しだけ甘く感じるパンと蜥蜴(鶏ではないと思われる)の足っぽい肉をメインに少量の野菜と一緒に辛めに味付けされた肉炒め、そして見ること無いと思っていた味噌汁もどき(味噌みたいだが緑色)、小さく盛り付けられた何かの果物(紫色)。あの料理達が何を素材にしているのか気になったが美味しかったから良いかとスイは考えるのをやめる。というか考えたくない。食べ終えた後にお金を払おうとしたら連れてきてくれた女性が先に払ってくれていたらしいので二階の宿へと案内してもらう。
「明日も泊まるようでしたら暗くなる前には連絡下さいね。では良い夢を」
そう言って女性は階段を降りていく。渡された鍵を使って部屋に入る。中はそれほど広くはなかったが手入れが行き届いていて綺麗だった。スイは羽織っていた<黒羽ティル>を脱ぎ、剣帯と<断裂剣グライス>を一纏めにして指輪に収納する。そして一つだけあるベッドにごろんと横になって目を瞑る。ドレスがしわくちゃになるかもしれないが眠たかったしこれ以外に服がない。寝るときに裸になる人もいるらしいがスイはそんなことしない。横になっていると次第に目蓋が重くなりいつしか寝ていた。
「…………んぅ!」
結構寝ていたのか目覚めたときには明かり取りの窓から朝日が射し込んでいた。スイは少し皺がついてしまったドレスを脱ぎ、指輪から赤色のドレスを取り出して着替える。続いて剣帯と<断裂剣グライス>を出して取り付けていく。
最後に<黒羽ティル>を羽織ると部屋から出て鍵を閉める。階段を降りていくと酒場兼食事処でもあったのだろう。冒険者らしき人が談笑しながら食事を楽しんでいる。忙しなく動く女性を見付けスイは声を掛ける。
「おはようございます」
「あっ、おはようございます♪食事すぐに御用意しますねー♪」
その言葉通りスイが席に着いてすぐに食事が運ばれてくる。この宿屋では宿泊客は食事が決められていてそれ以外の客が注文出来るようだ。多分だがギルド側と宿屋側で話し合っているのだろう。宿泊客の食事も美味しいのだが見た目や漂う匂いからは注文された食事の方が美味しい感じがする。食いたければ泊まり以外で食いに来いということだろう。他の宿屋も副次的に泊まる客が増えるだろうし宿屋同士で連携を取っているのだろう。
食事を楽しんだ後は門の方へと歩いていく。向かう途中で馬車の後方がそのまま檻になっているものが通り掛かる。ふと気になって見ると檻の中には奴隷の証である首輪が付けられた亜人の子供たちが乗っていた。亜人族の中でも獣人と呼ばれる獣の特徴が出ている亜人と見た目は人族と変わらない亜人だ。何故亜人と分かったのかというと奴隷として扱えるのが原則亜人族だけだからだ。これはウォルに教えてもらった。人族が奴隷にならないというわけではないが基本的に犯罪奴隷のみで子供なら矯正施設へと送られる。違法奴隷なら朝から晒すようなことはしないだろう。
スイはその檻の中の犬科の特徴が出ている獣人の男の子と目が合う。男の子はスイをじっと見つめる。その目はほんの少しの期待で彩られている。だからスイは……目を逸らして門の方へと再び歩き始める。逸らした瞬間男の子は目に絶望を滲ませた。まだ若いスイに買って貰えたなら大人に買われるよりも悲惨なことにならないと思っていたからだろう。少しだけはぁっと溜め息をついてからスイは戻ってきて御者の若い男性へと声を掛ける。その際顔が見えないよう<黒羽ティル>を変形させてフード付きのマントのようにして顔を隠す。
「ねぇ、お兄さん。後ろの"物"は奴隷かな?」
スイは周りの目を見て奴隷を忌避する人間の方が少ないことも理解していた。なので、言い方を変えて話し掛ける。その言葉を聞いて戻ってきたことで再び期待へと目の色を変えていた男の子はまた絶望を滲ませた。御者の男性はその言葉を受けて言葉を返す。
「ああ、そうだよ。これらは今夜行われるオークションに"出品"する予定なんだ。良ければ親を連れて見に来るといい。招待状は渡しといてやるからさ」
マントの内側から覗くスイの服装を見て貴族だとでも思ったのか胸元のポケットから細く折り畳まれた招待状を渡してくる。
「招待状?もしかして無いと入れないとか?」
「いいや?そんな訳じゃないが席の数は決まってるから入れない可能性もあるよ。それ持って買ってくれりゃこっちに手数料の一割貰えるからね」
「そんなものを私なんかに渡しても良かったの?買うかも分からないのに」
そう聞くと御者の男性は厭らしい笑みを浮かべる。
「大丈夫さ、君は買う。きっとね」
何故か話していると隠している事を全て見透かされそうでスイはさりげなく離れることにする。
「そう……♪有り難く頂いておくわね♪」
スイは無表情、感情の乗らない声がデフォルトであり、感情等を出すのも出来ないが自ら演技する時だけはそれに当てはまらない。他人の振りをしている場合に限ると但し書きがつくが。妖艶な少女の"振り"でその場から離れる。馬車から充分に離れたところで演技をやめる。途端に無表情ないつものスイへと戻る。
「……あの御者の人の目……何か変だった。うっすらと魔力も感じたし……魔法か魔導具か分からないけど……あんまり関わりたくないな」
そう評価して門へと辿り着く。来たときに対応してくれた兵士は居ないようだ。兵士の一人に仮登録したことを教えて仮滞在証を返却する。銅貨を五枚返して貰ったところで冒険者ギルドの方へと歩いていく。仮登録なので依頼などを受けることは出来ないが他のパーティーに同行することは出来る。誠実そうなパーティーと組んで依頼の難易度やこれから冒険者として活動するに当たって必要な物資などを知りたい。オークションを見に行くつもりだがまだまだ時間があるため簡単な依頼程度であれば夜までには終わるだろう。
そう思いギルドへと入っていく。受付には昨日シャーリーと呼ばれていた女性と右目に切り傷があるあの男性がいた。何となく男性の方へと近付く。シャーリーがショックを受けた表情をしている。それを横目で見た男性は微妙そうな表情をしている。
「あの……どこかのパーティーと一緒に依頼を受けたいです。紹介して欲しいです」
「ん?……あぁ、分かった。おい!カレッド!スイを適当に連れてやってやれ!」
「おぉ!?俺かよ!?」
「あぁん!?文句あんのか?」
「いや、無いっす。だから睨まないでマスター。マジで怖いから」
カレッドと呼ばれた若い男性がこっちの方に歩いてくる。くすんだ色の赤い髪と少し青く光って見える瞳が特徴的な男性だった。武器は背中に背負っている大剣のようだ。顔が整っているだけにギルドマスターだったらしい男性にびくびくしているのが残念だった。
「はぁ……。よろしくな。スイ……だったよな?俺は≪竜牙≫のカレッド。今リーダーは出掛けてるからちょっくら待ってもらうが大丈夫か?」
「大丈夫です。夜は用事があるのでそれまでお願いしたいです。依頼の内容を知りたい訳じゃなく準備とかにどんなのが必要か知りたいです」
「お、おぅ……そうか。んじゃあリーダー帰ってきたら詰めるとするか」
そう言いカレッドが元居た席に戻ろうとして止まる。
「リーダー…帰ってきてんなら声かけてくれよ……」
どうやら知らぬ間に帰ってきていたようだ。リーダーと呼ばれた茶髪の大柄な男性はカレッドが座っていた席にいつの間にか座っていてこっちをにやにや見ていた。
「いや悪い悪い。何か面白かったからついな」
「こっちは面白くねぇよ……あぁ、スイこの人が俺ら≪竜牙≫のリーダーで…」
「デイドだ。よろしくなスイ」
にかっと笑ったデイドは握手を求める。だけどスイはその握手を拒んだ。拒んだのにデイドは更に笑みを深める。
「へぇ……分かったのか?」
「その籠手が魔導具で握手の時に何らかの効果を使おうとしたことを…ですか?」
それを聞いたデイドが目を細める。
「そうか、分かったか!これに気付く奴はそう多くないんだが……スイは魔導師として優秀なんだろうな!これはな、幾つか効果があるんだが副次的な効果でな。触れたもんのある程度の力を感覚的に理解させる力があるんだよ。凄いだろう?」
この世界にはプライバシーというのは皆無に等しい。知られる方が悪いという感じだ。だから多少嫌な思いをしても自分が迂闊であったということになるのだ。知られる事自体にスイは忌避感は特に無い。だがそういった効果を持つ魔導具があるということに内心で焦っていた。自分が持つ力はかなり異常なものだ。それを知られるというのはあまり良い想像をさせない。用心深く接するべきだろう。
「魔導具の事はあまり分からないので……それが凄いのかどうかは私には理解出来ません」
なので他にもそういったものがあるのかを遠回しに聞いてみる。
「この能力はだな、竜の発する特殊な竜気ってやつで使える能力だから竜の武器だったら効果の上下はあっても使えるはずだ。だけど竜はとんでもなく強いからな。だからかなりこの籠手はかなり貴重なものなんだぜ。凄いだろ?凄いよな?実は俺が狩った竜の鱗から造られてんだ!」
「……凄いですね(あぁ、なるほど。自慢話の一つだったわけか。でも多分あれ下位竜のだよね。下位竜なら父様がめちゃくちゃ狩ってる記憶が……魔王の父様と比べちゃ駄目か)」
「リーダー、とりあえずなんか簡単な依頼受けても大丈夫か?」
カレッドがデイドにそう声を掛ける。
「ん?あぁ、良いぜ。スイは討伐と採取どっちが良い?」
「……ん、採取でお願いします」
「分かった。
「了解」
カレッドが依頼が貼り付けられた掲示板から一枚を剥がして受付に持っていく。受付で処理をしたあとカレッドはそのままギルドの二階へと上がっていく。
「……?」
「あぁ、上にいる残りのメンバー呼びに行ったんだろ。≪竜牙≫は俺とカレッド、あと三人でやってるパーティーだからな。まあ、呼びに行ったけど降りてくるのは一人だけだろうな」
一人だけということに疑問を抱いてデイドを見たら意図が伝わったようで苦笑いしながら「旨味が無いからだよ」と教えてくれる。話しているとカレッドが一人の魔導師らしい黒髪の女性を連れて降りてくる。
「やあ、あんたがスイだね。あたしはモルテ。見て分かる通り魔導師さ。魔法使えるんだろう?多少の自衛のために魔法を教えてやるよ。ちょっと目離した隙に死なれたりしちゃ嫌だからね」
拓で慣れていなければ聞き逃しそうな位モルテはかなりの早口だった。そして、初めての依頼を四人で行うことになった。
…………特に何もなかった。何か不思議なことが起こるわけでもなく魔物も出ずモルテに道中ずっと魔法講座を開かれただけだった。ちなみに内容は知ってた事も追記しておこう。
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