第7話 奴隷の購入



初めての依頼は特筆すべき事は特に無かった。スイが入ってきた門の反対の門から出ていくと大きな湖がありそこに自生している甘水草という水を与えると少しとろみのある甘い液体を垂らす植物の採取をしに行ったのだが、魔物は出ないし湖は近いため道中も辛くない。スイは一瞬ピクニックしてきているのかなと思ってしまう程だった。

一応湖の中には水棲の魔物が生息しているようなので油断は禁物なのだが、たいして強くもなく水から上がると動けないので脅威でもない。スイが参考になったのは依頼者へはギルドを通して話をするということを知ったぐらいだった。

そんなスイはギルドから出て自ら採取したほんの少しの甘水草を口に咥えながら歩いていた。甘水草はその性質上葉まで甘く飴感覚で舐められていたりする。味は液体が蜂蜜、葉はガムと言ったところだろうか。意外に美味しい。甘味を楽しみながらスイは招待状に書かれた場所へと向かっていた。既に少し暗くなり始めている。急ぎ足でスイは歩く。



フード付きのマントへ変えた<黒羽ティル>を頭から羽織り、歩いて向かうとオークションの会場らしいところへ到着する。扉の前には如何にもな雰囲気を出す黒い服の厳つい男達が立っていた。スイは指輪から招待状を出して右手で持ちながら男達の方に歩いていく。


「通してもらえる?」

「…………良いぞ。通れ」

「ありがとう」


何事もなく通れたことにスイは気分を良くして中へと歩いていく。但し、男達は変なものを見たとでも言わんばかりの表情をしていた。

オークション会場はほぼ真っ暗で灯りは席を照らす小さな頼りない光と舞台の明かりだけであった。スイははっきり見えていたが魔族である為か闇の適正を持っている為か理由までは知らない。席に付くと十分ほどしてからオークションの開始が舞台の仮面を付けた男から発される。順番は魔導具、武器や防具、違法と思われる宝飾品の数々、最後に奴隷であった。


「さあさあ!これは世界でもそう多くはないリュダスの指輪!残念なことに容量はアルネアの指輪には一歩及ばないが経過する時間はかなり抑えられている!お値打ちものですよ!銀貨二枚からのスタートです!」

「お次はかの有名なトーラムが生み出したとされる最高傑作の一つ!三重に施された防護結界は強大な魔物の一撃にも耐える!銀貨一枚からスタート!」

「これ一つで五つの使い方が出来る汎用性の高い道具です。これを送って奥方を楽しませてみては?銅貨二十枚からスタートです!」


色々と紹介されていたがどれも普通の道具や装備にしか見えなかった。デイドの付けていた籠手のような強力な力を秘めた物はスイには感じられなかった。会場に入る際に渡された番号札を一度も上げることなく何故かオークションの終了が告げられる。告げられたあとそれらの魔導具や防具等を買っていったものは満足したのか帰っていく。どの人も席が後ろの方にある者達であった。ちなみにスイは真ん中より少し前くらいの位置である。後部に座っていた者達が去った瞬間、先程まで展開されていた結界が解除される。


「では……本当のオークションを始めましょうか!」


そこからが隠れ蓑を捨てた本当の奴隷のオークションであった。舞台裏から人が出てくるにつれて前に座っていた者達が目当てのものを買っていく。スイは見ているだけであった。犯罪奴隷を買うつもりはない。スイがここに来たのはあの獣人の男の子があまりに見てくるから少し買ってあげようかなと思っただけだ。スイは奴隷に忌避感などない。スイにとってはどうでも良いのだ。


「次の"物"は珍しい白狼族の兄妹でして少々お高くなっております。銀貨八十枚からのスタートです!」


一人じゃなかった……。買うなら二人まとめて買えということだろう。一人ずつ売った方がいいはずなのにそうしないのは多分二人が片方だけ売ったら死ぬとかそんな脅しでもしたんじゃないだろうかとスイは推測する。


「金貨一枚」


誰かが札を上げたためスイは少し待つことにする。終値の倍で買えば買えないだろう。しかし、そんな思いを抱いていたら誰も札をあげない。珍しい白狼族と言っていたのに。ついに司会を務めている仮面の男が金貨一枚で売ろうとしたため慌ててスイは札を上げて少し多目に値段を言う。


「金貨十枚」


その瞬間、会場が少しざわついた。スイは自分が若干やらかしたことも分かった。銀貨一枚が日本円で百万程度になっていて金貨はその百倍。一枚で億なのだ。それを十枚、途方もない金額を言ったことに気付いたがどうしようもないので開き直る。


「……あっ、金貨十枚!金貨十枚が出ました!どなたか札を上げませんか?……上げないですね。では金貨十枚にて落札です!」


やらかしたのは分かるから叫ばないでほしい……。


「えっと、次の"物"は森の中からなかなか出てこないエルフの娘です!貴重かつ見目麗しく魔法にも長けた"物"ですのでお高めで。銀貨五十枚からです!」

「六十!」「六十五!」


金色の髪をたなびかせたエルフの女の子を見た瞬間、スイは何故か札を上げていた。目敏く見付ける司会の男。思わず舌打ちしかけたスイだったが上げたのは自分なのでどうにでもなれと金額を言う。


「金貨十枚」


またも出てきた大金に唖然とした会場の客だったが一人だけそれでも諦めが付かなかったのだろう。金額を吊り上げてくる。


「き、金貨十一枚!」

「十五」


強制的に諦めさせた。スイは少しだけ意識して舞台裏の奴隷達を感じ取り、目ぼしいものが見付からなかったため途中で離席することにする。スイは別に全ての奴隷を助けようなどとは思わない。スイは歩きながらわざわざオークションの存在を隠すくせに朝から奴隷を見せびらかすようにしていたのは何故だろうと疑問に思いながら会場を出る。スイは知らなかったがあの馬車には認識阻害の魔法がかかっており見せびらかしているわけではなかった。会場から出るとあの御者の若い男性がいた。


「朝振りですね?やはり買いましたねぇ貴女。私も見る目があったということですねぇ……?」


あの少し嫌な感じのする目でスイを見つめてくる。スイは気持ち悪がりながらも目を逸らさない。


「ここに居ると言うことは案内人かしら?連れていってくれる?」


男は朝も見た厭らしい笑みを浮かべてスイの前に立ち


「分かりました。お嬢様」


と大袈裟なほど恭しく礼をしたあと先導し始める。案内の最中奴隷の"使い方"を教えてもらう。奴隷には奴隷紋と呼ばれるものが首の辺りに付いていて主人の血を付けて紋を完成させることで主従関係が出来る。奴隷は主人を傷付ける、裏切る、命令に背く、逃げ出す等は一切出来ず完全な服従を強制されるようだ。奴隷に人権など存在していないと言うことだろう。なかなかに気分が悪くなる制度である。

男が一つの部屋を開けて中に入る。続けてスイも入る。中には既に先程買った三人の奴隷がいた。先回りできるルートがあるのだろう。三人は襤褸の服を纏っていてかなり薄汚れている。傷らしきものは見えないが衰弱しているのが分かる。立っているのも辛そうだ。受けとるため金貨二十五枚を男に渡す。


「では、主従の儀を行いますね。お嬢様これで指を切って血を」


そう言うと男は小さな果物ナイフを渡してくる。けれどそれを断って<断裂剣グライス>を刃先だけ近寄らせて切ることにする。魔力を通さなければ<グライス>は凶悪な位切れ味の良い小剣だからだ。渡されたナイフを使わなかったのは幾つか理由がある。まず信用できそうもない男から渡されたものであること(毒などの警戒)、自分の異常なスペックは防御力も異常に高いので傷つけられない可能性(正体の隠蔽)、まあ何だかんだ言ったけど単純に男が信用出来ないので警戒しているだけだ。<グライス>を狙い違わず左手の親指の先にだけ押し当ててうっすらと血を滲ませた。その血を差し出された受け皿に入れていくと男がどこからか出した筆につけて三人の奴隷紋に書き加えていく。三人は抵抗を見せなかった。"命令"されているのかもしれない。


「さぁ、これで貴女の"物"となりました。生かすも殺すも貴女次第で御座います」


男の目が嫌でスイは早々に離れることにする。


「そう。ありがとう。じゃあ連れて帰るわね」

「はい。お帰りはあちらの方となっています。私はまだ仕事がありますのでこれにて」


そう言って男はすぐに会場の方へと戻っていく。まだ会場の方ではオークションが行われているからであろう。スイは三人の奴隷に声を掛けずに歩き出す。奴隷は許可なく離れることを許されていないためスイが歩き出すと何も言わずに付いてくる。先程から一言も喋っていないため許可無しでは話すのも出来ないのかもしれない。

会場の入り口から三人を連れて出ていくと暫くして黒い服の厳つい男達が立ち塞がった。入った際に居た男達とは違う。男達は妙ににやついている。嫌な予感がする。


「お嬢様?奴隷を買われたんですねぇ?それが違法なこと理解してますかぁ?」

「何が言いたいのでしょうか?」

「いやなに、今衛兵を呼んだらどうなるかなぁと思いましてね」

「………………」

「今なら見逃しても良いかなとか考えてるわけですよ。賢そうなお嬢様なら……何をしたら良いか分かりますよねぇ?」


面倒なことだ。奴隷のことを黙っている代わりに金等を渡せと言うことだろう。あぁ、面倒だ。あの男と会って気分もあまり良くないのに……消そうかな。この人達犯罪者だよね…?生かしても良いことなさそうだし何より父様からの贈り物を奪おうとしてるんだよね…?……消すか。

そう決めたスイは迷わない。スイにとって大事なことはウラノリアからの願いだけでありこの世界の住人と友好的関係を築くためにある程度の事はするが犯罪者を生かす理由はない。まだ具体的なことはしていないが父様からの贈り物を奪おうとする輩は死あるのみとスイは考えていた。年相応の普通の少女であれば脅された際に金なり何なりを出して終わっていたかもしれない。が、スイは生まれながらに狂っていた。それが男達にとって最大の不運であった。

スイは一言発する。それが始まりで男達の終わりだった。


「闇よ、眼前に立つ愚者を引き裂き呑み込め」


告げた瞬間男達の影から無数の刃が出現し、抵抗する時間すら許さずに男達は縦に横に至るところを引き裂かれそのまま自らの影の中に引きずり込まれる。ほんの数秒の出来事であった。先程まで立っていた男達はその痕跡すら残さずに消え去っていた。後ろで三人が畏怖の視線を向けているのが分かる。


「さぁ……行くよ…?」


振り返らずに告げたスイの言葉に三人は無言で付いていくことで答えた。

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