第315話 決意を新たに



「しかし何故貴方達があそこに?それにあの通路は一体どういう事ですか?」


あの地下通路から抜け出ると既に城の外のようで周りには建物の一つも見えない。まあそもそもあの城で働いていた筈のグルムスが地下通路の存在自体を知らないのはどういう事なのか。


「ん?ああ、転移魔法で飛んで来ただけだ。我の幻影が暴れているという訳の分からん報告が来たんでな。あの通路は知らん」

「その件に関しましては私が報告を。フォーハ様がお作りになられた緊急用の通路だと聞いております。万が一グルムス様の様な方が捕まえられた時に脱出用として、はたまたスイ様がお目覚めになられた後攻め込む為の通路として何十年も掛けてお作りになられたそうです」

「……まあ本来はそんなことをすれば厳罰に処すのですが今回はそのお陰で助かりましたからね。一旦は不問としておきましょう。事が終わればあの通路は再び埋めますが」

「それで良かろう。城に直通で入れる通路など厄介事にしか感じられんわ」

「ん〜、お互い会話で盛り上がるのは勝手だけどさ。僕の首を掴んだまま話すのはやめて欲しいなぁ。確かに苦しいとかそういうのは無いけど見てる景色は割とグルングルン回転するんだからね?いや別の視点から見れば良いだけなんだけどさ」


バーツ?の姿の誰かがそう言って抗議の声を上げる。そもそも首を掴まれた状態で平然と会話されると不可思議な存在過ぎて反応に困る。


「そもそも貴様は誰だ?」

「少なくともバーツではないよ?」

「そんな事はとうに分かっている。バーツの姿を使う貴様は誰かと聞いている」

「んと勇者タクヤだよ……自分で勇者っていうの結構恥ずかしいね」


バーツ改めてタクヤはそう言いはするが照れた様子など微塵も見せずに此方を見る。


「というかさ、助けてあげたのに扱いが酷くない?僕貴方の命の恩人ってやつだよね?南の魔王フォルトと繋がりが出来たのもある意味僕のお陰じゃん?感謝されこそすれどこんな目に遭う筋合いはないと思うんだけど?」

「こやつ中々肝が座っているな。我相手に引くどころか押して来よったわ」

「貴方が魔王だろうが何だろうがぶっちゃけどうでもいいからね。僕にとって大事なのは姉さんだけだから。それ以外は有象無象でしかないよ。ただ姉さんの役に立ちそうだから助けてあげただけだし?」


タクヤはそう言うとフォルト様の腕からするりと抜け出る。よく見ると首が一気に細くなり抜け出たようだ。


「離してくれる気無さそうだから自分から離れるよ。頑固オヤジって感じだね。まあどうでもいいけど」


タクヤは首を元の大きさに戻してから私達を見る。


「南の魔王が居るなら後は任せても大丈夫だよね?なら僕は行くね」


タクヤはそう言うと城の方に向かって歩いて行った。フォルト様達と私は展開について行けず呆然と見送るしか出来なかった。


「勇者タクヤ」


あまりに異質な考え方の持ち主だ。本来ならば排除しておいた方が良い。とはいえ本体が何処にいるかさっぱり分からないのだが。


「不思議な奴よ」


フォルト様がそう言うとサッと背中を向けて歩いて行く。私もまたそれに着いていくように背中を向けてその場を去って行った。





「とまあ、こうして勇者タクヤによって救助された私はフォルト様の所で暫く隠れていたのです。流石にすぐに帰る訳にも行きませんでしたから」


イングルムにはその後の顛末も映し出されていたが内容としては南の魔王フォルトの領地で仕事を手伝ったりしているだけのようだった。


「成程、これなら信用出来そうです。長い間お疲れ様ですグルムス様」

「ええ、ありがとうディーン。それで早速ですがスイ様が今大変な状態だと聞きました。どういう状況なのですか?」

「詳しくお話させて貰います。少し長くなりそうですので……ユエ、紅茶と菓子を持って来て」

「畏まりました」


ディーンがユエにそう言うとユエは頭を一度小さく下げるとすぐに部屋から出て行った。その様子を見てグルムスが感心の声を上げる。


「良く教育されているようですね。それに人を使うのが上手くなった」

「あはは、正直教育前からスイ様に心酔していた人物でしたので楽でした。アイとユエはどうもスイ様に何かされた様でして二人とも自分から売り込みに来たんです。それ以外は僕が教育しましたけどまだまだですね」


ディーンはそう言って笑う。少し雑談をしているとユエが紅茶と菓子を持って来てテーブルの上に置くと部屋の外に出て行く。恐らくは外で控えているだろう。アイは既に出ている。


「じゃあ話しますね。どうしてこうなったのかの一部始終を」


そうしてディーンは語り出す。スイが暴走していた事、その暴走は何者かによって引き起こされた様だがその人物は恐らく既に死んでいること、ヴェルデニアが現れた事、アルフ達が死に掛けてそれを助ける為に無茶を押した事、それ以降ずっと眠り続けている事、スイの身体に掛けられていた魔法の事、ディーンの知る事柄の全てを洗いざらいグルムスに話す。

全てを聞き終えたグルムスは苦い表情をしていた。恐らくスイの身体に掛けられていた魔法に関してはグルムス自体も関わっていたのだろう。それが原因で現在アルフ達が敵対視している可能性が高いのだ。


「ディーン、酷な話ですがあの魔法の厄介な所を教えます。ここに来る前に私は屋敷に戻りアルフ達がスイ様に対して恨みともいえるものを抱いている事に気付いていました。その為私がその恨みを忘れさせようと少しばかり脅したのですが……効果はありませんでした。あの魔法によって根付いた感情はかなり深いところで楔のようになっています。はっきり言って恨みを晴らしでもしない限りあの感情が消える事はありません。しかも質の悪いことに恐らく感情が行き過ぎた事により都合の悪い事を忘れたりと言った事も行われているふしがあります。具体的には数日もすれば私に脅された事など忘れ去ることでしょう。心の平穏を守る為なのでしょうが厄介な事です」


グルムスはそう言って溜息を吐く。原因が間違いなく自分達のせいだとはいえここまで酷い結果になるとは流石に想定していなかったのだ。そもそもあの魔法によって植え付けられる感情はそれ程大きなものではない。好意的に見るようになる程度のいわば人間関係構築の足場作り程度の効果でしか無いはずなのだ。


「何かと相乗効果でも引き起こしているのでしょうが厄介です。一応アルフ達以外に似たような者が居ないことを考えるとアルフ達にしか無い何かが関係しているのでしょうが……」


グルムスは少し考えた後に「分かりませんね」と首を横に振る。ディーンも同じ可能性を考えたが浮かばなかった。ディーンもアルフ達と同じ条件に近い。だけどだからこそ良く分からなかった。


「まあ考えても分かりませんし意味は無いですね。とりあえずスイ様を見たいのですが案内を頼めますか?」


グルムスの言葉にディーンが頷く。残って冷めた紅茶を一気に飲み干すと立ち上がる。


「では案内します。色々と衝撃的ですので注意を」

「ええ、大丈夫です。では行きましょう」


ディーンがグルムスを案内してスイの部屋の前で立ち止まる。扉をゆっくり開けると濃密な魔力の気配が立ち込めていた。恐らくタクヤかオルテンシアによる治療の一環だろう。そしてその部屋の中にあるベッドでスイは眠っていた。


「魔力が殆ど感じられない。本当に生きているのか?」

「はい。そもそも死んでいたらアルフ兄達も死んでます」

「それもそうでしたね。不思議な感じです。魔力は殆ど感じられず生きているようには見えないのに確かに生きている」


グルムスはスイを起こしたくないかのように小声でそう語る。それをしてもあまり意味は無いがこういうのは気分の問題だ。


「スイ様……」


グルムスはスイの額を指の背で撫でるとその冷たさに驚く。しかしすぐに指を離すと部屋から出て行く。それにディーンも着いていく。


「私が何か出来る事は無さそうです。ディーンここは貴方に任せましたよ。私は私でする事が出来ましたので」

「はい。お任せ下さい。僕の全てを使いスイ様をお守りします」

「任せます。では私はこれで」


グルムスはそう言い残すとディーンの頭を一撫でして去って行く。ディーンは去って行ったグルムスの方へと一つ頭を下げると自分に出来る事をする為に移動したのだった。

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