第314話 グルムス
「タクヤ様は今はどんな感じ?」
「レクト様を送り返した後はずっと部屋から出てきていません」
「はぁ……あれから二時間も経つのにずっと?転移魔法について色々聞きたいんだけどね……」
レクトを送り返す魔法として転移魔法をサラッと使ったタクヤだがディーンにとってそれはかなり重要な情報である。戦略にも幅が出る事は間違いなく可能な限り詳細を知りたいと願うのは至極当然の事だった。
「部屋の中も見たのですが声を掛けても全く反応しない程度には集中されておりまだあと数時間は持続しそうな気配すらあります」
「はぁ……そう。分かった。ありがとう」
「いえ、それと……ディーン様」
アイが言いにくそうに口を開く。ディーンが少し疲れたような表情で見る。
「グルムス様とユエが何故か同時に帰ってきました」
「いや本当にどうしてそうなったの?」
グルムスはタクヤが解放したというのを聞いた限りでは敵ではないと判断しても大丈夫……だと思いたいがその情報を知らないであろうユエが一緒に帰ってくるのはちょっと良く分からない。
「ユエの様子はどうだったの?」
「グルムス様に首根っこ掴まれてました」
「あ、うん、そっか」
ユエやアイ、他数名のディーンの直属の部下達は生半可な拷問では口を割らないと自信を持って言えるが拷問抜きに何故かグルムス相手に情報を隠し通せる気が全くしなかった。それはディーンも同じだったのか頭を抱える。
「………ですね?」
「……い」
扉の外で聞こえた声にディーンの背筋が思わず伸びる。アイもまた気配を消して部屋の壁にピッタリ張り付くように下がる。その瞬間無造作に開けられた扉からグルムスが現れる。先程まではユエを掴んでいたのか左手が中途半端な位置にありユエは首を押さえていた。
「久しぶりですね。ディーン。早速ですがスイ様にお会いしたいのですが宜しいですか?」
「お久しぶりですグルムス様、申し訳ありませんが事実の確認が取れるまでそれは許可出来ません」
グルムスの言葉に用意していたのかディーンが頭を下げながらも譲らない意思を見せながら答える。それに対しグルムスは片眉を上げて不機嫌そうな表情を浮かべる。
「ほう?言うようになりましたねディーン」
「グルムス様のお陰です。優秀な師である方から例えどのような状況であろうとも主君以外を信じる事はするなと教えられましたので」
「私の教えですね。実践しているようで何より。ここで私を通すようなら殺していましたよ」
そう気負いなく言ったグルムスにディーンは少しの冷や汗を流す。グルムスの性格上返答を間違えていればほぼ間違いなく実行されていただろう。躊躇うことすらあるまい。
「私もそれで失敗してしまいましたからね」
グルムスはそう言うとほんの少しの後悔を滲ませる。だがそれはすぐに無表情に覆い尽くされ見ることが出来なくなる。
「まあ良いでしょう。貴方が知りたい事実は私が裏切っているかどうかでしょう?証明の手段としてこんな物を持って来ました。イングルムです。知っていますか?」
「
「そうです。私の記憶の一部、魔の大陸でスイ様と会ってからの一部始終を貴方に見せましょう」
そう言ってグルムスは指先で魔導具をディーンの元へと弾く。ディーンが魔導具を掴むと魔力を流すとグルムスの記憶が流れて来た。
「はっ……はっ……はっ……」
「魔導王といえどやっぱり俺よりかは弱かったな」
「くっ……!」
赤い髪の男が一人悠然とグルムスの目の前で立っていた。辺りにはグルムスと共に挑んだのであろう魔族達が何人も倒れているにも関わらず赤い髪の男、ヴェルデニアは傷を負っているようには見えない。いや現実無傷なのだろう。ヴェルデニアはその赤い髪から火の粉を撒き散らしながらグルムスを見る。
「なぁ?俺の所に来いよ。もう死んだウラノリアに忠誠を誓ったりとかくだらねぇ事してねぇでよ、俺に忠誠を誓えよ。てめぇ程のやつをこんな所で消しちまうのは勿体ねぇ」
「はっ……!戯言を吐くのもいい加減にしておけ。貴様に忠誠を誓うだと?有り得んな。我が忠誠はウラノリア様に、そしてスイ様に捧げられている。貴様に忠誠を誓うぐらいならば今ここで死ぬ方が余程マシだ」
「……チッ、クソつまんねぇなてめぇ」
グルムスの返答を聞き不機嫌そうな表情を浮かべたヴェルデニアはまるで瞬間移動かと見紛うほどの速度でグルムスに近付くとその意識を刈り取った。
「てめぇが自分から俺のとこに来たいって言うように仕向けてやるよ……」
薄れ行く意識の中でヴェルデニアの言葉だけが妙に頭に残った。
次に目覚めた時にはグルムスは牢の中に居るようだった。手足には吸魔の鎖が巻かれておりグルムスの身体に力が入らない。監視している兵も居ないようだがこれは仕方ないだろう。魔族にとって吸魔の鎖というのは天敵に等しい。スイのように自力で抜け出せる方がおかしいのだ。
それでもこのまま何もしないという選択肢は無い。グルムスは何とかして解けないかと身体を捩らせたり歯を使ったり等様々な手段を取るが吸魔の鎖は一向に外れない。そうして恐らく数日が経過した頃牢の外が騒がしくなる。食事等も持ってこられなかったので何日が経過したのかすら分からなかったのだ。
グルムスが少し衰弱しかけていたが牢の外を睨み付ける。すると牢の外に何故かバーツがやって来た。バーツはグルムスを見ると少し驚いたような表情を浮かべた後無造作に牢の扉を開けると何も言わずに手こずりながらもグルムスの手足の鎖を外して行く。
「何のつもりだ?」
「今は気にしないで。というか一応スイの味方だよね?まあ違っていたら違っていたでどうでもいいのだけど。今僕かなり面倒な事してるからあまり話し掛けないで欲しいんだよね。っと良し、外れた。じゃさっさと逃げるよ」
「待て、貴様は」
「あぁ、もうどうでも良いから、時間も無いんだよ。これを維持するのも大変なんだからグズグズしないでさっさと来い。ヴェルデニアのやつにもう半分は消されちゃってるからさっさと逃げないと面倒だろうが」
バーツ?はそう悪態をつくとグルムスの腕を無理矢理掴むと歩き出す。その際に窓の外が見えたグルムスは驚く。かなりの数の魔族達が城目掛けて突撃している。
「あぁ、あれ?僕が魔法で作った幻影だよ。後で説明してやるから早く来て」
グルムスが訳が分からないなりに今は色々な思いを呑み込んで後を着いていく。道中で魔族達に出会わなかったが恐らくあの凄まじい数の魔族達の迎撃の為に出ているのだろう。
「はぁ……教授から貰ったアーティファクトが無かったらここまでの事出来なかったよ。見越して渡したのかもしれないけどナイスだったと言わざるを得ないね」
「後は魔族達で仲間割れっぽいのをしてるのが長引いている原因だね。背後から一撃とか中々えぐい」
グルムスが窓から少しだけ覗くと恐らくフォーハの派閥のものであろう魔族が背後から襲い掛かり魔族を殺している。良い機会だと考えて行動しているのだろう。ヴェルデニアに見付からないことだけを願うばかりである。
「後はここから抜ければ……」
バーツ?が地下に作られた通路に入り込んで手招きする。中はかなり薄暗く目が慣れないうちは進むことも困難だろう。
「まあちょっと暗いけど僕に着いていけば出られるよ」
「そして我が前に現れるということだな」
「え?」
バーツ?が困惑した声を上げるとその首を凄まじい速度で近付いた何かが捻りあげる。
「なっ……!?」
「ふん、やはり人形の類か。本物ではないな?」
「あぁ、うん。魔法で作った幻影だよ。僕本体はここからかなり遠いところにいるよ」
「不愉快である」
「ごめん、僕も結構切羽詰まってたからさ。つい貴方の姿を借りちゃったんだ。許してよ」
グルムスがようやくその姿を認めて頭を下げる。そこに居たのは初老と呼んでも差し支えない年齢の険しい表情をした男が一人、背後に付き従うように居る凛々しい表情の女性が一人暗闇の中で立っていた。
「南の魔王フォルト様、ユースティア様」
「久しいなグルムスよ。積もる話はまた後にして今はこの場を去ることとしよう」
フォルトはそう言って面白そうに笑った。
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