第316話 魔族崇拝
「クソが、何がどうなってやがる!」
部屋の中に居る一人の男が悪態を付きながら忙しなく歩く。男は時折止まるとその度に苛ついたように悪態を付いている。
「どうしてあの女が消えた!?いきなり消えるなんてあっていい訳が無い!クソっ!どうすれば……どうすれば良いのだ……このままでは私達は……!」
ぐるぐると回る思考の中で男は必死に考える。このままでは自分も含め同志達は間違いなく死ぬことになる。あのお方はそれくらいの事は些事として処理するだろう。それではいけない。折角生まれ変われるというのにこんな形での死など望むわけが無い。
「いっそあの屋敷を……!?いや駄目だ。流石に剣聖相手に勝てるとは思えない……それに近くには王騎士の屋敷もある。学園の襲撃を最初の一撃以外は完璧に防いでみせた剣聖相手に私達が一体どれほどの事が出来る……」
男はそう呟くと力無く椅子に座り込む。
「しかしこのままあの女が見付からなければあのお方は私達を切り捨てる。どうすれば……」
男が頭を抱えて蹲ると少ししてから男がハッと顔を上げる。その表情は天啓を得たとでも言わんばかりに喜色が浮かんでいた。
「あれを使えば……そして……ふ、ふふふははは!!いける、いけるぞ!そうと決まれば早速動かなければ行かんなぁ!?はははははは!!」
男は箍が外れたかのように笑うと部屋を出て行った。そして部屋の中には誰も居なくなった。
僕達は既に二ヶ月という期間の間アルフ兄達から離れて生活している。グルムス様やテスタリカ様が何とか抑えているようでアルフ兄達が僕達を捜索しようとするのは止められている。
アルフ兄達も積極的に捜したいわけでは無いようだ。恐らくは僕が本気で隠れているのと自分達がおかしい事には気付かされたからだろう。それでもアルフ兄達の中に眠る憎悪の炎は消えていないようだ。
偶にユエを行かせては探らせているのだがアルフ兄達はスイ姉の話になった時点で不機嫌になり万が一でも場所が割れれば間違いなく攻め込むだろうと思わせるらしい。ちなみにユエが追い掛けられた事は今までに一度も無いけどユエを戻す時には僕が直接迎えに行って隠れながら帰っている。
「……はぁ、そんな時に面倒臭いなぁ」
僕の手元にある資料には少しばかり面倒な内容が書かれていた。魔族崇拝と書かれたその資料には人物の名前がかなりの数書かれている。中には貴族と思しき名前もあり一筋縄では行かないことが分かる。
だがディーンを面倒臭がらせているのは貴族とかではなく単純に魔族崇拝の関係者達が何やら不穏な動きをしている事だ。しかもどうもその内容でスイを狙っている事が分かっている。イルゥの魔法によって改竄されているので学園の襲撃の際の事は忘れ去られている筈なのだがどうしてか狙われている。
「うぅん、アイはどう思う?」
「スイ様に何かを感じたか彼等が崇拝するに至った魔族がスイ様の事を知っていたか単純に剣聖や王騎士の知り合いだからというのが考えられます」
「だよね。でも逆に言えばそれくらいしか無いはずなんだ。間違えてもスイ様を積極的に狙う必要なんて何処にもない。彼等の上に当たる魔族が何か指示を出したっていうのが一番当たってそうかな?」
「でしょうね。すみません。兵士達の中に魔族崇拝の関係者が居る事に気付いていたらスイ様の情報は漏れなかったのに……」
「気にしないで。そこまでは僕も考えが至らなかった。アイだけのせいじゃない」
ディーンはそう言ってアイを慰める。
「けど魔族崇拝の関係者が今更動く理由は何だ?既にあれから一年以上経っていても動いていなかったのに」
「ディーン様恐れながら言わせてもらいます。本来組織として規模が大きくなればなるほど人の流れというのは滞るものです。ディーン様達が即断即決で人を動かす事に長けているからこそ早いだけであって普通ならあれ程の規模の襲撃の後であれば数ヶ月または今回のように一年以上は襲撃等はせずに力を蓄えます。ましてや彼等には明確に上位の存在として魔族が居ますが確認した感じであれば魔族は特に指示を出している様子がありません。であれば貴族が複数在籍している以上指示系統が複数存在すると思われます。動きが遅くなるのは当然の事かと」
アイの言葉にようやく自分の考えの方がおかしいのだと気付いてディーンは苦笑する。
「そっか、そうだったね。これは僕の失敗だ」
ディーンはそう言いながら手元の資料を適当に見ると立ち上がる。
「とりあえず今度こそ魔族崇拝の関係者を始末しようか。アイ戦える全員を連れて来て」
「かなりの数になりますが何処に集めますか?」
「ん?そんなに数が居るの?鍛練しているのは知ってたけど魔族崇拝の連中と戦える程に?」
「はい。私達は自主的な鍛練に加え時折いらっしゃるグルムス様や王騎士のリード様、剣聖のルゥイ様等に鍛えられております」
「待って、グルムス様はまだ分かる。ルゥイ様も……どうやってここを突き止めたのか分からないけど分かる。リード様が何で此処に居る?」
「ルゥイ様はグルムス様に教えられたのか二ヶ月前初めてグルムス様が来られた翌日から来ておられます。ほぼ毎日ですね」
「僕その報告聞いてないんだけど?」
「グルムス様が直接来てルゥイ様を置いて行かれたのとこの様な些事でディーン様の邪魔をするなとグルムス様に言われましたので」
「……はぁ、まあ確かに最近まで忙しかったからその気遣いは有難いけどね。それでリード様は?」
「偶然此処に来られました」
「はぁ?」
「いえ、ですから偶然だと。リード様が巡回警備中に亜人族が多数出入りするこの建物を不思議に思われたそうで訊ねられたのが切っ掛けです。その為ディーン様が居らっしゃることもあの方は知らないかと」
「ん〜、その状態だと僕が出て来るとややこしくなるか……まあ、せめて来てる事位は教えて……貰ってたら僕会いに行きそうだね。教えなくて正解だと思う。けど、えっと何でその流れで君達の鍛練を手伝うなんて話になるの?」
「リード様がリットハルトとマリスに興味を持たれたらしくて何故か模擬戦の後にそういう流れに、傍から見ていた私からしても良く分からなかったです」
アイがそう言って困ったように笑う。
「リットハルトとマリスか。あの二人リード様に興味持たれる位強かったんだね。どっちの方が強かったの?」
「リード様ですね。流石に王騎士の名は伊達では無かったです。リットハルトが翻弄されていましたしマリスの攻撃も全く持ち味が活かせないまま負けていました」
「そっか。まあ当然だと思うよ。本気では無かったと思うけどもスイ様も攻めきれてなかったからね。と、それは良いとしてユッタ、ルット僕相手に隠れ切れると思ってるの?」
「「くぅ!見付かってしまいました」」
ディーンの目の前に双子の可愛い男の子が現れる。アイは流石に気付いていなかったのかかなり驚いていたが表情にはなんとか出さずにすんだ。ディーンがチラと見ていたのでバレた可能性は高いが。
「報告を」
「「はい。魔族崇拝の関係者の屋敷に忍び込み暗殺してきました。こちらがそれらを行った人物のリストです。また屋敷内部に奴隷として居た亜人族及び人族が居たので保護しています。保護した人物のリストは此方です。ですが物理的に侵入を拒む屋敷が幾つか存在していて入る事が出来ない場所もありました。いずれも高位の貴族が住まう屋敷でした」」
「ご苦労様、少し休んでていいよ。多分またすぐに呼ぶかもしれないけどそれまではね」
「「はい。その時が来たらお呼びください」」
ディーンが頷くと二人は少し綻んだ笑顔を浮かべて足早に去っていく。あれでディーンより年上なのだから何とも言えない。いやディーンが大人びているだけだろうが。
「うん。魔族崇拝の方は少しだけ警戒しておいて。アイ任せたよ?」
「お任せを」
ディーンの小さい姿でありながらも人を自然に従えさせるそのカリスマにアイは自然に付いていこうと思ったのであった。
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