第317話 私は?



男が目の前にある巨大な何かに触れて笑顔を浮かべる。目の前にある物は魔導具であり帝都を監視する為の物であった。名は天の瞳、魔族の侵入を感知する為の魔導具である。とは言っても全くと言っていい程役に立ってはいない。何故ならそもそもこの魔導具は不完全な物であり魔族の感知など出来ないからだ。天の瞳は特殊な魔力を感知して報告するだけの物であり特別魔族を感知する訳では無い。その為時々誤報が発生する事さえあった。

だが魔族は基本的に特殊な魔力を持っている事が多い為その様に勘違いされているのであった。まあその特殊な魔力というのも魔力の扱いに長けた魔族は隠せてしまうのであまり意味は無いのだが。

そんな魔導具を男が操作している。通常は自動で動く魔導具だが個別に監視する事も出来るのだ。ただそれも監視する対象を知っていて初めて効果を表すのだが幸か不幸か男は対象を知っていた。


「ふ、ふふははははは!!見付けた!見付けたぞ!これであの方は私を迎えてくれる!」


男は喜色を浮かべて狂ったように笑う。そして記されたその場所を覚えるともう用はないと言わんばかりに天の瞳を操作して記録を消すとその場を去った。





俺達はどうしたら良いのだろうか。ずっとそんな事ばかりを考えている。きっと俺達の方が間違えているのだと分かっている。別に記憶が無くなったとかそういうのではないのだからスイが俺達を騙そうとした訳じゃない事ぐらい最初から理解している。

けれど理解している事と理解したくない事は両立してしまうのだ。感情がずっと許したくないと叫んでいる。スイがした事を許してはいけないのだとそう叫ぶ。

感じていた愛情が憎悪に、親愛が嫌悪に、そう変わったのは分かっている。ずっと俺はスイに対してそう感じていたのかとも思ってしまう。感情が反転しただけだと言われてもそれが本当の感情じゃないという保証など何処にもない。

もしかしたらずっと最初から俺はスイに対して憎悪や嫌悪を抱いていたのかもしれないと思う。違うと思う。けど違わないとも思わない。理解出来ないししたくない。そんな歪な感情が渦巻いている。


「……」


あの日、スイの事を殺しかけた。それを止めたのはディーンだ。ディーンだけは今の俺達のようにはなっていない。あちらが正しいのだろう。分かっている。けどやはり駄目なのだ。俺はスイに対して憤怒に嫌悪、憎悪と色んな感情を抱いている。そんな状態で会いに行った所でまたあの日の再開が行われるだけだ。


「…………」


意味も無く街を歩いていく。そして思い出すのだ。ここはスイと行った、スイと食べた、スイと見て笑った、そんな思い出が出て来てはその度に苛立ちが沸き起こる。


「………………」


だからそれを見た時夢を見ているのだと思った。有り得ない景色だから。何処をどう歩いたかなんて覚えてないから余計に夢なんだと思った。気付けば近付いていた。


「ふんふーん♪ん?あ、お客様ですか?」

「え、ああ」

「はーい♪ではお席に案内しますね♪」


あまりの状況に目を疑った。ずっと感じていたそれらが遠くに置いてきたかのように薄れていた。


「……っ!?何で起きているんだスイ!?」

「ふぇ?」


白髪の少女、ずっと好きで愛していた筈の少女が喫茶店の制服姿で接客していた。理解出来ない。どうしてこんな所でスイが居るんだ!?





「ディーン様!!!」

「……ぅぁ!?な、何だ!?」


朝早くに寝ていた僕の事を起こしに来たアイに少し不機嫌になるが明らかに慌てていて動揺が激しいアイを見ると流石に薄れる。


「スイ様が消えました!」

「……はぁ!?」


一拍置いてから言葉の意味を理解する。


「どういう事だ!説明しろ!」

「深夜一時頃まではベッドの中で眠っているのを目撃しています。それ以降は部屋の外で護衛五人により間違いなく部屋の中には誰も入れていないそうです。しかし今朝五時頃に再び確認した所ベッドの中にはスイ様はいらっしゃらなかったそうです」

「どういう……スイ様は起きられない筈だぞ?誰かが起こして……いや部屋の中には誰も……どうなって」


ディーンが考えていると再び部屋の扉を蹴り開けるかの如き勢いでタクヤが入ってくる。


「ディーン!!姉さんが!!」

「分かってる。今僕にも報告が来た。一時までは居たらしいけど五時頃にはもう居なかったそうだよ。何か分かる?部屋の外には護衛五人、誰も入れてない」

「…………護衛を調べよう」

「裏切ったとでも?」

「いや催眠が掛けられた可能性もある。あの部屋に窓は無いからこっそり侵入するのは不可能だ。護衛五人はランダムでローテーションじゃないから事前に催眠を掛けるのは不可能に近い。けど護衛している最中に襲撃するだけならそんなものは関係ない」

「アイ、護衛達を連れてきて」

「分かりました」


アイがすぐに頷くと部屋の外へと飛び出していく。


「スイ様は死んではいないと思う。そもそも殺すだけなら部屋ごと壊してしまえば良いからね。こんな手間を掛ける必要が無い」

「……姉さん」


とにかく情報がもう少し集まらないとどうしてこうなっているのか分からない。


「グルムス様やテスタリカ様にも頼もう。スイ様を守れなかったのは悔しいけどそんな事はどうでもいい。今は早くスイ様を見付けないと」

「ああ、僕は痕跡が残ってないかもう少し調べるよ」

「うん」


タクヤ様が部屋から出て行った後、僕は手早く服を着替えると部屋の外に出る。いや出ようとした。けど足がもつれて倒れてしまう。


「あれ……何だろう。目眩が……」

「…………ーン様!?……夫ですか!誰か……!!」


僕はそれ以上意識を保てなくて気を失った。





「グルムス様!居ますか!」

「何ですか。朝早くから騒々しい」

「スイ様が消え……行方不明に」

「行方不明……!?」

「深夜一時頃から五時までの四時間の間にいつの間にか消えていたとの事です」


ディーンの部下である亜人族からの報告は理解出来ない物だった。スイ様が起きるまではまだあと三年は掛かるはず。間違えても自力で起き、れる訳もなく例え起きられたのだとしたら居なくなる理由が無い。


「アルフ達が死んだという報告は受けていません。まだスイ様は間違いなく生きています。貴方達は帝都内部をくまなく探しなさい。近くに居る可能性は高いです」

「は!」


私に来たという事はテスタリカにも来ているでしょう。仕方ありません。緊急事態ですしゼス様のお力をお借りしましょう。


「何が起きたというのでしょうか……」


考えても原因は分からなかった。





「私の事知っているんですか?」

「は?」


スイが何を言っているのか理解出来なかった。そもそも今スイは俺の事を覚えていないように見えた。


「スイ……だよな?」

「え?さあ?」


スイの言葉に憎悪とか嫌悪とかそういうのが完全に無くなったのが分かった。というよりもそれどころではないと思った。


「ごめんなさい。私ここ最近までの記憶が無くて……もしかしてお知り合いでした?」


そう言ったスイの顔は困惑しており本当に俺の事を覚えていないようだった。


「ああ、間違いない。お前はスイで俺はお前の……」


俺はスイの……何だ?今の俺はどう言えば良いのだろう。恋人?本当に?主従関係?本当に?断言出来ない。断言出来る訳が無い。


「私の?」

「……いや、何でもない。ごめん。今日は帰る」

「え?」

「金は渡すから」


適当に取りだした銀貨を数枚取り出して置くと逃げるようにその場を後にした。そして離れていくうちにふつふつと怒りが沸き起こった。


「何だよ……さっきまでは消えてたと思ったのに驚いて消えてただけか……」


路地の壁にもたれ掛かる。


「意味分かんねぇ。クソが」


吐き出した言葉は誰にも聞こえることなく空気に溶けていった。

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