第238話 料理店
「……♪」
意外と言うべきか門番には特に何も言われず街の中に入る事が出来た。監視なども特に来ていないので本当に素通りに近い。魔族への警戒というよりは野盗などの警戒が主だったのかもしれない。それなら犯罪歴が分かるらしいアーティファクトで見るだけで済んだのも理解出来る。後は単純に陸地側から来たから魔族を最低限しか警戒していないのかもしれない。
「……♪」
どちらにせよ都合が良い。ただこれも恐らくは長くないだろう。イルミアが情報を制限しているのだろうが魔族が陸地側に出現したことが分かれば警戒も厳しくなるのは間違いない。
「美味しい……♪」
そして先程から入った店で舌鼓を打っているのだがかなり美味しい。王味亭に勝るとも劣らない、いやもしかしたらこっちの方が美味しいかもしれない。それぐらいの良い店に入れたと思う。街を歩いていた人に美味しい店を聞いて良かったと心底思う。
店の名前は料理店だ。料理店という名前の店はストレート過ぎて目がおかしくなったのかと本気で一瞬考えた。何度見ても名前は変わらなかったのだが。
今食べているのは店長おすすめらしい料理なのだがここのメニューも驚く程シンプルだ。メニューが魚、肉、野菜の三つで店長の気分次第で料理の内容が変わるという不思議過ぎる内容となっている。そして安い。鉄貨五枚で全て買えるようになっているのだ。
「持ち帰りとか出来ないかなぁ……皆にも食べて貰いたいんだけど」
ついでに私自身がもっと食べたい。他の料理がどんなものなのか気になる。頼んだのは魚だったけど肉や野菜ならどうなるのだろうか。きっと美味しいと思う。現に今も休むことなく客がひっきりなしに入ってくる。
料理をゆっくりと味わうように食べているがどうして他の客はそれ程美味しそうでは無いのだろうか?いや決して不味そうという訳では無いがそれなりの美味しさと思ってそうというか?言葉にしにくいのだが。
「……?」
疑問に思いながら食べていると目の前に影が現れる。
「すみません。お客様相席させてもらっても大丈夫でしょうか?」
「ん、構わない」
店員さんが申し訳無さそうにそう声を掛けてきたので了承する。入った時は人が少なかったから近くにあった小さいテーブルの席に座ったがそのせいで席が足りなくなってしまったのだろう。ちなみにずっとフードは被っている。この街に天の瞳が無いとは流石に楽観的過ぎるだろう。
「すみません。前に座らせてもらいますね」
そう言って座ったのは金色の髪を靡かせた明らかに庶民とは程遠いであろう少女だ。歳は今のスイの見た目より少し上といったところだろう。十五かその辺りだろうとスイは見当を付ける。それと気付かれないように息を殺す護衛らしき人が八名、最初に三名の護衛が入って来て少女が入りその後五名が一人、あるいは二人で入って来ていた。明らかに場違いな何かが来たなとは思っていたがまさか相席する羽目になるとは思わなかった。
「えっと……何にしましょう。貴女のは何を頼んだのですか?」
「魚」
「そうですか。店員さん私も魚をお願いします」
少女の服装は庶民が着るような服に見えるが中古ではなく明らかにそれとなく仕上げただけで新品な上素材が違う。髪や肌も手入れがされているのか綺麗である。総合してどう見ても貴族、それもかなりの高位貴族だろう。
まあだからと言って何も無いのだが。ここの料理は美味しいから貴族の娘がお忍びで食べに来てもおかしくは無いだろう。貴族のことなど大して知らないけれども。
「……♪」
肉や野菜も頼もうかな?でも食べ切れる気がしない。魚だけでも結構な量があるのだ。確実に無理だろう。持ち帰りが許されるなら頼むのだが。そうスイが考えているとクスッと笑い声が聞こえた。目の前の少女がスイのことを見て微笑んでいたのだ。
「ごめんなさい。あまりにも可愛らしいからつい」
フードは被っているが天の瞳の対策にしか使っていないから顔は見ようと思えば見える。というかフードを被っているからといっても顔が見えなければ流石に不審者過ぎるだろう。
「そう」
というか正直どうでもいい。関わりたいと思っていないのにどうして向こうからやって来るのだろうか?面倒だからさっさと食べて外に出よう。そう思ったけれどもゆっくり食べていたせいでまだ料理は半分近く残っている。急いで食べるのも手だがこの味を流し込むように食べるのは無礼ですらあると思う。
そして運ばれて来た魚料理はスイと同じ料理……では無かった。見た目が違うとかそういう問題ではなくまず料理が違った。スイの料理はムニエルに似た料理だが目の前の少女に運び込まれてきた料理は煮込み料理だ。少女も怪訝な表情を浮かべている。
「あれ?同じ料理では無いのですか?」
店員さんに少女が訊くと不思議そうな表情を逆に浮かべられる。
「いいえ?ここの料理は店長が無作為に作った料理しかありませんから同じ料理なんて滅多に出てきませんよ?」
そう言われて初めて周りを見るが各テーブルにある料理は明らかに複数種類存在する。どう見ても三つを上回っている。ランダム料理店という訳か。やっぱり不思議な料理店であることは良く分かった。
「だから口に合わないって人もそれなりに多いんですよね。ただお残ししたら次から来店するなというのを店長が掲げているので皆残さず食べるんです」
だから食器洗いはそれなりに楽ですよと店員さんが笑う。成程、だから客の反応がまちまちだったのかと漸く納得する。
「そうでしたか。ありがとうございます」
少女がそう言ってにこやかに笑うと目の前の料理を見て少し引き攣った表情を浮かべる。明らかに私の料理より多い。私の料理は少ない方だったんだなぁと今更ながらに思う。少女的には食べ切る自信が無いのだろう。チラッと後ろを気にするが護衛の人達も疑われない為にメニューを頼んだからか少女よりも多いメニューが並んでいる。一人に至っては何かの丸焼きらしき物が出ている。護衛の人が一人此方を向くと静かに首を横に振った。
そして少女が此方を向く。何かを頼もうとしているような表情で何を頼もうとしているのかは言われなくても分かる。
「あ、あのぅ……良ければ一緒に食べて貰えませんか?」
「……私のが無くなった後に食べられそうだったらね」
スイに言えるのはその程度でしかない。そもそもまだスイの分が残っている。だけどその言葉だけで十分だったのだろう。少女が笑みを浮かべる。
そして二人で暫く無言で食べ始める。少しするとスイの料理が無くなったがまだ食べられそうではある。元々かなりお腹が減っていたし一度死んで身体が崩壊しかけたせいか妙に身体にだるさのような物が残っていたのだが食事で少し回復したように感じる。恐らくは魔力が失われているから食べた物を魔力に一部変換しているのだろう。
「えっと、お願い出来ますか?」
少女は少食なのだろう。半分程度でギブアップらしい。スイは無言で少女の煮込み料理を引き寄せて食べ始める。此方もかなり美味しい。メリーの様に引き抜きたいレベルだ。というか引き抜きたい。食べ終えたら話だけでも通しておこうかな?勿論全てが終わってからになるだろうからまだまだ先の話なのだが。
「美味しいのは間違いないのですが恥ずかしい事に私には量が多かったようです……」
照れたように笑う少女を横目に煮込み料理を口に運んでいく。話し掛けられても困る。
「そう」
「……貴女は不思議な人ですね」
少女の言葉を疑問に思い顔を上げて少女を見る。少女はスイの事をじっと見ている。
「私が何か貴女は分かっているでしょうに何も言わないし取り乱しもしない。目線を見る限り気付いてもいるのでしょう?」
「何のこと?」
「誤魔化されたりはしませんよ。こう見えても色々な人を見て来ているのです。最初に私の服装と髪、肌を見ましたね。殆ど目線も動かさずに確認したのは凄いですが私だってそれ位のことは出来ます。更に貴女は護衛の方々の雰囲気だけで気付く程度には修羅場をくぐり抜けてきています。それでいてフードを被る理由となると天の瞳対策でしょうか?何らかの偽装を掛けていますね。目線が時折自分の指の方に向かっていました。勿論誤差の範囲でしかありませんが恐らくは指輪の類を持っている。時間経過が遅くなる指輪でしょう?そして今こうやって私が話している事に困惑した表情を浮かべているにも関わらず内心では私を如何に殺すかを考えていると。物騒ですね」
少女はそこまで言うとにっこり笑う。成程、まさかこんな所に同類がいるとは思わなかった。この少女はかなり狡猾だ。まるで別の自分を見ているかのようにすら錯覚しかねない。
「……名前を訊いた方が良い?」
「貴女が名乗っても良いと思うのならば」
その言葉に私も初めて笑みを浮かべる。少女もまた花開くような笑みを浮かべてお互いにまるで鏡合わせのように手を出して繋ぎ合う。
「私はアーシュです。アーシュ・ユイ・アルドゥス」
「スイ。魔王ウラノリアと北の魔王ウルドゥアの娘」
王女と元王女の歪な友情は不思議な料理店から始まった。
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