第237話 また会う日まで
アウラスは少しの間旋回して空の旅を楽しませてくれた。飛行速度がかなり早い為それこそ様々な景色を見た。驚いたのは海の中に異界があった事だ。黒海は海面にあるがこの異界は海底の深い場所に発生していた。アウラスが魔法で保護しなければ来れないであろう深さだ。
それ以外には雲の異界やアウラスと同じ空を飛ぶ知性ある凶獣、見た事も無い魔物達の求愛行動等良くこの短時間で見ることが出来たなと思う。ただ自慢らしい角で巣穴を掘るのが求愛行動というのは少しばかり驚いた。その角は巣穴を掘るのには向いていないんじゃないかと。ちなみに結局巣穴を掘ったのはメスの方だった。
暫く空の旅を楽しんでいたけれどそろそろ降りるべきだろう。そう思ったスイはアウラスの背中に手を置くとぽんぽんと優しく叩く。高度が高く風が強い為今は声が通らないのだ。
意図が伝わったのかアウラスはゆっくりと高度を下げて行き地上に着地する。思わず巨体であることを忘れそうになるぐらい静かな着地だった。
『もう行くのか?』
「ん、ありがとう。もう大丈夫」
スイがそう言うとアウラスは笑みを浮かべる。
『そうか。それなら良かった』
「ところで聞きたいんだけどここ何処?魔の大陸にこんな場所あった?」
『いや魔の大陸ではないぞ?悠久大陸の端の方だな。真ん中辺りに降りても良かったんだが人に見付かると厄介だからな。確かこの辺りを少し進めば大きな人の国があった筈だ』
悠久大陸の端の方……?流石にイルミアまでは向かっていないだろうから……。
「剣国アルドゥス?」
『さあ?名前までは近寄れないから知らないがやたらと武器を持つ者が多い国だったと思う。空から見た限りでしか分からないからそれが普通なのか分からないんだがな』
「ん。私も剣国には来た事ないからどうなのかは分からない。でも特徴的には合ってる……かも?」
いつ魔族が襲ってきても大丈夫な様に常に武器を携帯しているというのなら筋が通るかもしれない。まあアウラスが言っているのが兵士の事なら前提がずれるのだが。
「まあ行くしかないかな?道分からないし」
流石にその国に一切寄らずに大陸横断してイルミアまで向かうのは現実的ではないだろう。スイ達魔族ならば不眠不休で走り続ければ短期間で可能かもしれないがそこまで急ぐ必要も無い。
『あぁ、あとスイ。少しこちらに来てくれ』
アウラスに呼び掛けられたので近付く。するとアウラスは地面に魔力で複雑過ぎて何を書いているかすら読み取れない程の魔法陣を描き始める。込められた魔力もかなりのものでありそれでいながら一片たりとも無駄な魔力が存在しない畏怖を覚える程の美しい魔法だ。
「な、なに?」
『ん?そう言えばスイの身体は本調子とはまるで遠い状態だったからな。今のか弱い状態で離れるのもどうかと思ったから治してやろうと思ってな』
そう言いながらも膨大な魔力がスイの周囲に漂う。この魔法に使われている魔力量だけでスイの総魔力量の優に三倍はあるだろう。その全てが完全にアウラスの制御下にあるのだ。どれ程出鱈目な力か分かるだろうか?湖の水滴一つ一つの行き先を制御出来る程と言えば分かるだろうか?
素因を治すには同じ素因同士でくっ付けて破損を無くす方法と魔力による接着で時間経過による回復の二種類がある。以前スイが人形を使って治した方法が前者で後者の方法はちょくちょく集めていた小さな素因達を魔力に変換して吸収していた方である。
そしてアウラスがやっているのは後者の方法に近い物だがそれに加えてどうやっているのか素因自体に回復魔法に近い何かをしているようだ。原理が読み取れないので何をしているのかさっぱり分からないのが怖い。
『ふむ、これで本調子にはなったか?一気に治したからもしかしたら不具合があるかもしれない。その辺り何か違和感はあるか?』
「えっと……強いて言うなら凄く身体が軽い位かな?今までより遥かに軽い。それ以外は……魔法が使いやすいくらい?」
『ふむ、まあその程度なら不具合は無さそうだな。というかスイは転生してからずっと調子が悪かったのか。良くそれで生き続けたものだ。今回治して分かったがかなり身体がボロボロだったぞ?』
「……具体的にはどれくらい?」
『そうだな。多分大きな魔法を二、三発連続で撃てば身体の一部が持っていかれるんじゃないか?まあ本気で撃たなければそうはならないだろうが魔族としてはかなり脆くなっていたのは間違いない』
「そんなに……」
『それとスイの身体の中に変な異物が居たんだがこれは何だ?』
そう言ってアウラスが見せたのは魔法陣で形作られたクリスタルだ。中には何かが居るようで覗くとうさちゃんの姿が見えた。
「あぁ、私の創命魔法だよ。何匹か居たでしょ?」
『これが創命魔法か。初めて見たな。いやウラノリアが使っているものは見た事があるがこうしてじっくりと見るのは初めてだ。不思議な術式だな。しかもこれは……混沌の持ち主しか使えないだろうな。こんな異物など身体の中に飼えば魔族であろうと関係無く食い破られるだろう』
「そうなんだ?まあそれはどうでもいいよ。私が使えるなら別に」
誰かが似たような術を使う可能性が無いと言うだけでも知れて良かったが例え使ったとしても気にも留めなかっただろうなとは思う。正直に言って本当にどうでもいい。
アウラスが返してくれたクリスタルを受け取ると身体の内側に取り込んでいく。取り込む際に何かあるかと思ったけれど特に何事も無く受け入れた。どうやらアウラスは私の身体以外にもしっかりとうさちゃん達も全員治したようだ。
「ありがとうアウラス」
『何、私が気になったからやっただけの事だ。だが礼は受け取っておこう』
そう言うとアウラスは身体を起こして飛び立つ用意をする。それを見たスイはアウラスに声を掛ける。
「また会えるかな?」
『分からないとしか言えないな。私に三神が科したものを思うと少なくとも人の生を幾つか過ぎ去った後にもう一度会える。その程度だろう』
「そっか……ん、必ず会おうね。生きてアウラスと会うよ」
『そうだな。スイは魔族だしまた会う事も出来るだろう。その時を楽しみにしておくよ。ひとまずは別れだ。元気で』
「ん、また会う日までさよならだね。元気で」
私がそう言うとアウラスは一気に飛び上がる。その速度は凄まじく一息の間にその姿を消していた。
「ん、それじゃ私も向かおうかな。剣国かぁ。勇者と会えるかな?」
少しばかり気になったがすぐにその考えは振り払い歩き始める。少し歩くと街道が近くにあったのでその街道を通って歩いていく。
「剣国って何が美味しいかなぁ?海が近いし魚かな?それともお肉?野菜は育てるのが難しそうだけどどうだろ?」
一時間ほどそうして歩くと目の前に大きな外壁が見えてきた。イルミアに勝るとも劣らない大きさで流石は大国だなと思う。既に夕方近い時間になっているからか街の中に入ろうと門の前にはかなりの数が居る。冒険者達も多いが依頼帰りなのだろう。
「何だか見られてる?」
一応外壁が見えてきた時点でティルのフード部分を被って顔が見えないようにはしているがやはり一人で歩いているのが目立つのかもしれない。まあどうしようも無いのでその辺りは諦めるしかないのだが。
「何事も無ければ良いんだけどなぁ。何かあってもご飯だけは食べさせてくれると嬉しいけど」
それと血液の補充もどこかでしたい。魔物を狩りに行くにも生息地が分からない。冒険者ギルドで聞くしかないだろう。
「魔族が冒険者ギルドで魔物の生息地を聞く……笑い話にもならなさそうだね……」
本当に何事も無ければ良いんだけどなぁっと小さく呟いた言葉は誰の耳にも届く事は無かった。
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