第214話 魔の大陸西方
魔の大陸西方は魔の大陸の中ではかなり起伏が激しい地域だ。しかもそれは酷く理不尽な起伏差だ。雲を突き抜けるほどの巨大な山岳が立ち並ぶ中その真隣に海溝で何千メートルあるかも定かではないほどの深く広い湖が存在する。これらの地形が元々の魔の大陸西方であった訳ではない。北方と同じく西方を治める魔王、西の魔王アガンタの能力によるものだ。地を隆起させ、沈ませと分かりやすい大地の素因だ。ただしその規模が尋常ではないが。
「……これは行軍の後かな?」
そういった地形の為魔軍といえどそう易々とは攻め込めない。整備された街道などは魔の大陸に存在しないためだ。これはわざとであり互いの信頼関係の為だ。攻め込むつもりは無く仲良くしようというものだったのだが。
「必ず殺してやる……!」
それを踏み躙ったヴェルデニアにどうしようもないほどの殺意が溢れる。しかしすぐにそれは抑える。万が一まだ近くに居た場合気付かれかねないからだ。気付かれれば恐らくその場で殺される。持ち堪える術など今の自分にはないのだから。
全力で向かいたいがやはり地形があまりにキツすぎる。出来るだけ起伏差が無い道を選んで走ってはいるが時折魔物が出てくるので足止めを食らってしまう。北方と西方で既に魔物の数が百を超えた。素材としてはかなり優秀なので後で適当な魔導具か防具にでもしてしまおう。
行軍は一直線に西方の首都アルベスタへと向かっているようだがヴェルデニアはその道が一番起伏差が激しい事に気付いていないのだろうか。恐らく今の自分のように回り道をしてでも進んだ方が早く進めると思うのだが。いややはり気付いて欲しくないのでそのままの道を進んで欲しい。
走り続ける事三時間、既に辺りがかなり暗くなっている。未だ首都アルベスタは遠い。というか村すら見掛けない。こんな山の間に村などあるわけないか。
少し周りを見渡して適度な大きさの木に登る。枝の間に太めの枝を何本か差し渡しその上に葉を大量に載せる。更にその上についさっき狩ったばかりの魔物の皮を載せる。魔法で血などは飛ばしているのでふかふかだ。布団など無いから仕方ない。
その上に寝転がり空を見上げながら指輪からパンと串焼きを取り出す。こんな時の為に……という訳では無いが買って保存しておいてよかったと本気で思う。指輪の中にはまだ大量の屋台飯が残っている。頑張れば三ヶ月程度なら生き残れるレベルだ。
「ぁむっ……♪」
美味しい。やはりメリーには専属のパン屋さんになってもらうしかないのではないだろうか?専属パン屋さんって何としか言えないけど。だけどこれだけのパンが焼けるなら普通の料理も出来そうなものだ。料理人としてやっていけるのでは?
「はっ!?パンが焼けるならケーキもいけるんじゃ!?」
気付いてしまった。帰ったら作り方を教えて作ってもらおう。私が作るのも良いけどいまいちまだこの世界の調味料を理解してないんだよね。小麦粉と片栗粉とか扱っている人すら分かってなかったし。パンを焼いていたなら何となく分かってくれると思う。知らないけど頑張って欲しい。それに私が作るより美味しく作ってくれそうだしね。
そんな事を考えていたら瞼が落ちてきた。眠る前に更に葉っぱを布団のように繋ぎ合わせると被って眠る。葉っぱ痛い。思った以上にガサガサする。仕方ないのでもう一枚毛皮を作って被って寝た。
朝日の光では起きれなかった。木の上とはいえあくまで途中の枝の位置なので光が全然入って来ない。代わりに私を狙う獣の目線で起きた。目を開けると別の木の枝に醜悪な顔の猿が居た。猿の魔物のランズイフだ。モンキーでいいのに残念な事にクライオンは魔の大陸の魔物に関しては網羅出来ていないらしく昔の名前しかない。多分クライオンがこの魔物を見たらスナップモンキーかスローイングモンキーとでも名付けるのだろう。その名の通り物を投げ付けてくる猿だ。今投げてきたのは砂か。目潰しかな?
同じように砂を握って投げ返してあげたら身体に小さな穴が無数について絶命した。やりすぎた。この猿そんなに強くないもんね。砂が貫通するほどだとは思ってなかったけど。
この猿の素材は無い。毛皮は大して強くないし腕の力ぐらいが自慢だけどそれだけなら別の魔物の方が余程強い。結論他の魔物の餌。いずれあの猿を食べた魔物が連鎖の頂点に立つのだろう。ごめん適当に言った。
朝食にパンとスープ、果物を食べた。パンは相変わらず美味しい。多分食べ飽きることは無いだろう。スープは身体が温まる上野菜と肉の旨味が詰まっていて濃厚な味わいだ。果物は……まあ果物だった。可もなく不可もなく美味しかったよ。
起き上がって毛皮の回収をした後再び首都アルベスタに向かって進み始める。多分今日中に辿り着くことは出来ないだろう。というか今から全力で走っても最後の道でどうせ詰まるので首都に着くのは三日後といった所か。
旅は長い。グルムスに後を任せたけどアルフ達は大丈夫かな?あっ、というか今の状態がアルフ達にとってお仕置きになっているんじゃないだろうか?守る相手(私)が居ないとかアルフ達が泣きそうだ。いや泣きはしないか。悔しがりそうではあるけど。
そういえばいつ頃からグルムスは空間転移が使えるようになったのだろうか。かなりの魔力を使っていたとはいえこれだけの距離を飛ばせるならかなり有用な技といえる。私も素因的には使える筈だが流石に少し怖い。転移先に何かあった場合即死しそうだし。
取り留めもない事を思いながらたまに向かってくる魔物を狩る。猿は放置。暫く歩いていたらようやく山の切れ間が見えてきた。まあすぐ側に別の山脈があるけど。そして切れ間には村があった。開墾でもしているのかな?
一番近くに居た畑仕事をしている悪魔のお爺さんに話しかけてみる事にした。近付いてくる私に気付いていないのか誰かと勘違いしているのか分からないが顔を挙げずに畑に向かって鍬を振り下ろしている。
「こんにちはお爺さん」
「ん?おお、これは可愛らしいお嬢さんだ。どうしたかね?」
「こんな場所に村があるとは思ってなかったから少し話を聞いてみたかったの」
全力で向かうべきなのは分かっているがもしもこのお爺さんが最短で通ろうとする者を監視する役目を持っていた場合最悪敵対されかねない。そうなったら困るので敵ではないとアピールしたかったのだ。それに感じる力は魔軍の兵士達より高い。それなりに強いのは間違いないのだ。
「ここは開墾のための村じゃよ。西方地域は山か深い湖しかないじゃろう?山の恵みや湖での魚は美味いがそれだけじゃ物足りなく思うのは止められん。だから畑を作って他の地域で作られている作物もある程度自給する形になっているんじゃ」
「なるほど」
「お嬢さんこそこんな辺鄙な場所にどうしたんじゃ?魔物は弱いとはいえ一人で旅などするものじゃないぞ?」
「ん、首都アルベスタに向かっているの。魔軍には見付からずにね」
私がそう言うと目を細めるお爺さん。敵対する様子はない。どちらかと言うと興味深い目のように見える。
「何をしに首都に向かうんじゃ?」
「西の魔王アガンタ様と妻のミュンヒ様に一目会えたらとは思うけど」
「お嬢さんは随分と長生きしているのかい?」
「私なんて生まれたばかりの若輩だよ」
突然の質問だったが素直に答える。別に敵対するつもりなどないのだから疚しい事などない。
「そうか、首都アルベスタに向かうならあっちの方面に向かって歩くと良い。内緒で掘られた坑道があってな。あちら側の坑道と繋がっておるんじゃ。坑道自体は廃棄されておるから他の誰かと出会う心配はないぞ」
「ん、ありがとう、お爺さん」
どうやら信用してくれたようだ。お爺さんにお礼としてこの辺りでは取れないであろう野菜や魚を渡して移動することにした。にっこり笑って渡すとお爺さんは笑みを浮かべて他の村人達と一緒に送り出してくれた。お爺さんの指し示した道に向かって進む事にしたけど坑道って事は何か鉱石が取れるのかな?行きがけに取れたら取っておこうっと。
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