第215話 魔の大陸西方・ボルデアノ坑道跡地



村から歩く事二十分、山の中に微妙に整地された道を見付けた。その道を進んで行くと打ち捨てられた看板とぽっかりと空いた坑道を発見した。看板にはボルデアノ坑道とだけ書かれている。火山ボルデアノとは中々穏やかじゃない名前だ。まあ私なら噴火が直撃でもしない限り死ぬことは無いだろう。

その坑道の中へと足を進める。入口付近はまだ光が入っていたが十歩も進めば前が見えなくなった。坑道の中はかなり暗い。その場で少し立ち止まると目を閉じて暗闇に目を慣らす。うっすらとだが道が見えるようになった。私でこれなのだから明かり無しでは他の人は進むことすら難しいだろう。まあ更に暗くなるようだったら明かりを用意することにしよう。

坑道は入り組んでいるが所々に地図があり迷う心配はない。魔物も流石に暗すぎたのか出てこない為時々地図を見ながら進むだけだ。魔素がかなり濃いのだが恐らくこの坑道に魔導具が仕掛けられていて鉱石変化の物だと思われる。

ただ打ち捨てられた理由が分からない……訳では無い。多分単純に魔導具が鉱石を作るペースと採掘のペースが合わなかったのだろう。採算が取れなくなり廃棄されたのだと思う。もしかしたら暫くしたら坑道が復活する可能性もあるが……いや、無いな。

恐らくだが鉱石を定期的に採掘する為の実験に近い試験場に近いのではないだろうか。そして打ち捨てられたと思われる時期的に復活するならもっと早い段階で復活していないとおかしい。つまり別の場所での実験が成功してそちらに人が送られていて此処を敢えて復活させる意味が無いのだろう。なら容赦無く目に付く鉱石を貰って行こう。ついでに魔導具も貰おうかな?

回収しながら進むと魔物を発見した。魔素が濃いが暗すぎて環境適応能力が高くないと生活出来ない筈なのに珍しいとしか言い様がない。魔物は蜥蜴だ。人型ですら無い蜥蜴だ。目はどうやら退化しているようで近付いても反応がない。まあ反応された所で体長十センチ程度の蜥蜴にどうにかされる事など無いけど。

蜥蜴は五匹程で固まっていて見えていないであろう白濁した目で私の方を見る。音で気付いたようだ。そしてその視線に不思議な魔力が込められている。


「へぇ……」


私の左腕が石のように固まっていた。いや石になっていた。魔力に対する抵抗はそこそこ高い筈なのだがそれを五匹同時に使う事で貫いてくるとは思っていなかった。

石化した左腕は放置して無事な右腕で蜥蜴の一匹を捕まえる。逃げるの自体は得意ではないようだ。いや左腕を石化させるのに精一杯で逃げられなかったのかな?


「バジリスクだっけ?視線で殺すとか猛毒の吐息とか、あれコカトリスとかと混同されているんだよねぇ。まあこの蜥蜴には関係無いかな?あれ蛇だしね」


しかし盲目に等しい目になって手に入れた能力が石化の瞳とは何とも言いづらい。蜥蜴の首をへし折りながら他の四匹も見つめる。どうやら五匹揃ってようやく私の左腕を石化させたみたいで石化が解けてきている。それに気付いた蜥蜴達が逃げようとしたが魔力を叩き付けるようにすると蜥蜴達が圧縮されて潰れた。


「ん〜、面白い魔物だけど脆いし要らないかな」


一応首をへし折った一匹だけ指輪の中に入れておく。何かこれで良いアイデアが生まれて魔導具が作れるかもしれないし。そんなことを思っていたら今度は右足が石化し始めた。周りを見ると天井にびっしりと蜥蜴達が居た。総数は数えるのも億劫な程だ。蜥蜴達は一斉に私にその目を向けている。右腕、左足が石化して動かない。倒れる間際に左腕を使って足が折れないようにした。石化した状態で倒れたら折れそうだし。


「あぁ、ここ蜥蜴の巣だったのか」


横になると左腕も石化し始めていよいよ動けなくなった。身体も石化しているのか動かないし顔もギシギシと変な音を立てている。蜥蜴達はそうしてようやく天井からザァっと音が鳴りそうなほど一斉に私に向かって移動してくる。喉の奥でキシュキシュっと変な音を鳴らしているけれどもしかして喜んでいるのだろうか?だとしたらあまりにもお馬鹿さんだとしか言えない。


「…………」


ドロっとしたタール状の油のような物が蜥蜴達から溢れ出てくる。普通に気持ち悪いが少し触れた右腕の薬指だけ動けるようになったので石化の解除が出来るのだろう。まあ石を食うのでもなければ解除するか。蜥蜴は薬指に齧り付いているけどなんというか身体が小さいせいかそれとも私の身体が頑丈なのか全く痛くない。というかこそばゆい。

あっ、これドクターフィッシュっていうやつだ。蜥蜴だからドクターリザード?まあ魔族の身体に角質があるのか分からないけれど。顔も動かなくなっているけれど動けていたらこそばゆくて笑っていたと思う。

蜥蜴達は何故食えないか理解出来ないのか頻りに口を当てているけどはむはむしているみたいで何だか可愛くすら見えてくる。まあ食おうとしている魔物なのだからそのまま殺すけど。魔力を動かして蜥蜴を一緒くたに纏める。顔が少し動けるようになったのでにっこりとぎこちないけど笑う。


「まあ可愛かったけどじゃあね?」


蜥蜴が何を思ったのか分からないけど最後にバタバタ暴れて圧縮されて潰れた。


「石化の瞳って持っていた魔物居たっけ?」


不思議な進化とも取れるがドルグレイ達三神が地球の神話など見て作り出した可能性もある。正直どちらとも言えない。ペンギン作り出したくらいだし遊び心で作った可能性が否定出来ないのだ。まあその辺り考えても分かる訳が無いので一旦置いておこう。

しかし四肢の一つだけとは言え五匹居たら魔王すら石化させるというのは中々恐ろしい。まあ魔力は動かせるし肝心の攻撃力が足りな過ぎるので脅威になる事は無いが人族には危険な魔物かもしれない。亜人族……ゴリ押しで倒すかな?魔族には多分そもそも勝てないだろうし。


「……ペット枠かなぁ」


正直弱いし観賞用位しか思い付かない。素材としても強くないし。無駄に危険な能力を持った魔物という立ち位置かな。そんな事を考えていたらまたしても石化した。今度は四肢の全てだ。視線の主を見ると坑道いっぱいの大きさで尻尾まで含めれば十メートルは超すであろう大きな蜥蜴が居た。


「わぁ……大きい」


若干恐竜っぽさすらある。その蜥蜴は私を石化させた後も警戒の眼差しで此方を見つめている。彼我の実力差はある程度理解しているようだ。蜥蜴の目には怯えが見える。まあ近づいて来ている事には気付いていたし逃げられないと判断したのか。それなりには頭が回るようだ。


「今すぐ能力を解いて、そうしたら助けてあげる」


私の言葉に蜥蜴は少し逡巡した後石化が解ける。その頭を地面に押し付けるように目を伏せる。クルルゥァっと不思議な鳴き声で敵意が無いことを教えて来た。私はそっと近付くと蜥蜴の頭を撫でる。気持ちが良いのか目を細めて成すがままだ。うさちゃんやペンペンにやったように眷属化を促すとすぐに私と蜥蜴の間に魔力のパスが出来たのを理解した。


「蜥蜴……名前は何が良いのかな?」

【アルズァーンと下僕達からは呼ばれておりました主様】


蜥蜴、もといアルズァーンからの声に驚く。


「話せたんだ」

【いえ、これも主様との間に繋がりが生まれたからに御座います】

「アルフェ達と一緒ってことか。案外素因無しでも自我を持つ魔物は多いのかもね」

【私の知る限りでも幾人か存じます。案内しますか?】

「いや今は良いかな。先にアルベスタに向かわないといけないから」

【畏まりました。アルベスタというと私の居た方角にある巨大な街ですね】

「知っているの?」

【昔この辺りに居た者達の言葉を覚えただけです。後は実際に見に外に出たくらいでしょうか】

「アルズァーンは目が見えているの?」

【下僕達は見えませんが私は見えます】


アルズァーンの目を見ると新緑色に光る瞳が見える。


【主様と近しき瞳の色というのは少々畏れ多く思います】

「そんな事気にしないよ」


アルズァーンの頭を撫でながら坑道を抜ける為歩き出す。クルルゥァっと不思議な鳴き声をアルズァーンが出すと未だ大量に残っていたのか蜥蜴達が何処からか出てきてその背中に多種多様な鉱石や宝石を乗せている。


【この住処は廃棄しますので目立つ物だけでも回収しておこうかと。主様の不利益にはさせません】


意外に良い拾い物をしたかもしれない。坑道の出口が見えてきた時にアルズァーンは私の身体の中に入り蜥蜴達は不思議な事にアルズァーンに呑み込まれた?


【この蜥蜴達は私の分体なのです】


あぁ、だから最初から私の存在に怯えていたのか。納得がいった。一人頷いていたら坑道の外に出た瞬間見えていた景色が変わった。街が見えていた筈だがそれが一変して壁によって仕切られた不思議な空間に出た。


【主様これは?】

「ミュンヒ様によって作られた迷路だよ。『概念迷路』これをクリアしないとアルベスタには辿り着けない」


さて迷路をクリアしようかな。

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