第258話 無垢なる存在
アイリスが気を利かせたのかリュノスの街中ではなくその少し手前の門前にスイは着地する事になった。着地してすぐにスイはイーグと自分の姿を魔法で見えなくさせると門へと近付きそのまま堂々と入っていく。門番達はほんの少し違和感を感じたようだがその正体までは分からなかったようだ。
宿まで歩いていこうと思っていたが恐らく街の外に着地した時点で把握していたのであろうナイトメアがこちらに向かって来ているようだ。グウィズ達には特に何か言うつもりもないのでナイトメアと合流次第帝都に向かって進む事になるだろう。
合流を待って待機しようかとも思ったがまだ少し掛かりそうなので先程入った門と逆側にある門へと進み始める。道中で屋台が幾つかありはしたが酒に合うようになのか見た目からして味が濃いと思われる物が多くスイの口には合いそうになかったのでやめておいた。
裏通りも覗いてみると人族の奴隷も居た。亜人族が見当たらないのはセイリオスに比較的近い場所だからかもしれない。ちなみに奴隷は犯罪奴隷ばかりで筋骨逞しい男性や陰気そうな男性等だった。女性の類が居なかったのはまだマシなのかもしれない。別の所で売っているだけかもしれないが。
「……おや?これはまた珍しいお客様ですねぇ」
声が聞こえた瞬間ゾクッとした。スイはイーグを抱えているので未だに姿を消したままだ。それなのに声の主は間違いなくスイを指していた。ほんの少し身体を怖張らせながら振り返るとそこにはアルフ達を売っていた奴隷商の男性が以前と同様に嫌な感じのする目でこちらを見つめていた。
「あの子達は元気にしてらっしゃるのでしょうか?」
「……え、えぇ」
言葉に詰まりながらもそう返す。男性はその目を少し細めるとまるで内緒話でもするかのように小声で話し始める。
「実は良い商品が入ったのですが買われませんか?貴女ならきっと気に入ると思うのですがどうでしょうか?」
そう言いながらその目はスイが抱えているイーグに向かっている。拒否をすればどうなるのか分からないが少なくともあまり愉快な事にはならないだろう。ここで奴隷商を殺しても構わないとは思う。だが実際アルフ達は本人達には到底言えないが良い買い物だったとは思う。その売り手が良い商品という物が少し気になるのも事実。
「……気に入らなければ?」
「その場合は返品も受け付けましょう。まあそうはならないと思いますが」
そういう奴隷商の目は本気でスイが気に入ると断言しているかのようだった。スイは少しばかり考えもしも何かあれば即座に殺せば良いと思い頷く。
「ではこちらへ……」
奴隷商が先導して歩いて行くのをスイは黙って追い掛ける。入り組んだ裏路地を進み続けて十五分程度歩くと一つの建物に辿り着く。建物には看板の類は立っておらず一見普通の家にしか見えない。まあ裏路地を進まなければ辿り着けない時点で普通の家とは言い難いが。
その家の中へと進むと中もごく普通の住居にしか見えない。しかし奴隷商が何かすると床板がスライドして地下へと続く階段が現れる。隠し階段というロマン溢れるものだがその先に奴隷達が居るとなると到底喜べない。いや奴隷が居ると決まった訳では無いが。表立って扱えない品も沢山あるだろうしそういったものを置いている可能性はある。流石に地下へと続く階段の中にイーグを連れて行くのもどうかと思ったのでソファの所に寝かせておいた。
地下へと続く階段を降りる事数分、出てきた扉を開けると長い廊下とその両隣りにある牢屋。明らかに奴隷の置き場であるというのは分かった。但しその中に居るのは堅気とは言えないであろう男性達だけで犯罪奴隷にしか見えない。少なくともアルフ達を扱っていた男性が保持している商品には到底思えない。
「彼等は他の奴隷商に躾を頼まれた存在なんです。普段ならあんなものを扱いませんよ」
心を読んだのかと思いたくなる程的確に言葉を返す奴隷商に驚くが人の顔色を読むのが上手いのだろうと考え何も返答はしない。
暫くそうして歩くとやがて一つのやたら厳重に扉が閉められた牢が現れる。他の鉄格子の牢とは違い壁で周りが把握出来ないようにされた状態でその後ろにも何らかの魔法的処置がされた鉄格子もあり更に結界も施されているようだ。そこまで頑丈にしなければならないような存在が居るとなると少し怖くもなる。
奴隷商がその扉を開けていく。中の存在はそれに気付いたのかこちらを見ている気配がするが扉の近くには居ないようだ。鍵は四つも掛かっておりスイですら解くのに時間が掛かりそうである。まあスイであれば扉からではなく建物を壊して脱出出来そうだが。
五分も鍵をガチャガチャとしてから漸く扉が開く。結界を開ける順番等があるようで一回開けた鍵を閉めたりしていたので時間が掛かったのだ。扉の中はかなり暗くスイですらすぐには奥を見れなかった。四方を壁で囲われているせいで明かりの類が何一つ無いのだ。
奴隷商が中に入っていくと少ししてから戻ってくる。その隣には小さな、それこそディーンよりも小さな男の子が着いてきている。人族なのだろう。特に耳や尻尾の類は見当たらずエルフのように耳が尖っていたりもしない。だがスイはその男の子を見た瞬間後退る。
有り得ないほどの莫大な量の魔力。その身体から感じる尋常とは思えない程の溢れんばかりの力に本能的に恐怖を感じたのだ。少なくともこの存在はそう簡単に居てはいけない存在だろう。いや間違いなく生まれる時代を間違えているとしか言い様がない。
「どうです?素晴らしい買い物になると思いませんか?」
奴隷商の言葉に正気かと疑う。確かに何も知らなければこの男の子は普通に見目麗しい男の子だろう。だが戦いを知っている者がこの男の子を見れば泣き喚いてもおかしくない。明らかに異常としか言えない。今はまだスイも勝てるだろう。だが成長した時この男の子がどれ程の脅威になるか分からない。
「貴女の心配は分かります。しかし良く見て欲しい。この男の子は本当に貴女の脅威になりますか?」
まるでスイが強いと確信を持って話す奴隷商に少しばかり疑問を持つが成人男性を運ぶスイは確かに見た目とは裏腹に力を持つ事はすぐに思い浮かぶと気付いたので疑問はすぐに解消された。
そして奴隷商の言葉通り男の子をじっと見つめる。小さいがディーンとあまり変わらない年齢にも見える。いっそ清々しい程の綺麗な金髪に瞳の色は琥珀色。顔立ちは今は可愛らしいが成長すれば男らしくなりそうではある。なのに溢れんばかりの力と魔力量に気圧されそうになるが気付いた。なぜこれほどまでの力を幼子と言ってもいい男の子が持っているのかを。
「魔力溜まりで生まれたんだ」
「その通りです。正確にはこの子は捨てられた子供なのですよ。しかし天は見放さなかった。この子は何と魔物に育てられたのです。しかしそれも長くは続かずこうして再び今度は奴隷として居る訳ですが」
その魔力溜まりは異界が発生するかもしれないほど強大な魔力溜まりだったのだろう。だが普通ならばそれ程の物は受け入れられない。受け入れられた理由にもすぐに分かった。この子の身体の中に小さな異物が入っている。その異物の名前は超越者の理。壊されたアーティファクトの欠片だ。
寧ろそのアーティファクトがあったからその魔力溜まりは強大になったのだろう。しかしそこに捨てられた子供が何の因果かそのアーティファクトを体内に取り入れその結果魔力溜まりをそのまま受け入れたのだ。結果としてこの男の子はスイですら脅威を感じる程の強者となった。だが欠片でしかない超越者の理では恐らくこれ以上の強化は……されるかもしれないがスイを超える程かと言われたら否と即座に答えられるだろう。
「なるほど、これは確かに良い買い物だ」
「では?」
「買わせてもらうよ」
「分かりました。すぐに手続きをしましょうか」
奴隷商と話す間男の子は不思議そうな表情で私をじっと見ていた。その表情は無垢であり何処までも純粋であった。
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