第263話 迷いの森のアンデッド



「多い」


スイは一言そう呟くと走りながら繰り出した拳で前に立ち塞がろうとした人族のアンデッドを粉砕する。どこにでも居そうな人だったから元が冒険者なのか盗賊なのかはたまた戦いから縁遠い人なのかすら分からなかったがそれを気にする余裕はない。何故ならスイがその拳で粉砕したアンデッドは既に百を超えている。尋常とは思えない数だ。

シェスもまた同じようにアンデッドを殺している事を考えるとその数は倍以上に膨れ上がる。しかも今も尚その数を増やし続けているのだ。どこからともなくやって来ては攻撃を仕掛けてカウンターで死んでいくアンデッド。厄介なのは綺麗な殺し方、つまり身体の原形が残っていると再生してしまうことだ。その為先程から力を込めて殴らなければならずあまり速度が出せない。


獄炎ゲヘナ


スイの手から凄まじいほどの熱量が放出される。前方に居たアンデッドは軒並み燃えていくが何人かはしっかり回避している。思考能力がしっかり残っているのだ。


「ちっ!」


背後から飛んできた火弾を避けると魔法を放ってきたアンデッドの所までひと飛びに迫る。だが理解していたのか既にその前には鎧を着込んだ重戦士とでも呼ぶべき大盾使いが居る。しかしスイはそれを無視するかのように速度を上げると盾に向かって急停止からの回し蹴りを繰り出す。スイの膂力から放たれたそれは盾を貫通しその内側で構えていたアンデッドの鎧すら貫通してその身体を砕けさせる。

スイは即座にその場から離れると次の瞬間大地が隆起し岩で出来た槍が飛び出す。魔法を使うアンデッドがそれなりにいるようでさっきから時折魔法が飛んでくるのだ。しかも使った後はすぐに離れていくので魔法を使うアンデッドはまだ二体しか倒せていない。


「キリがない」


仕方ないので手数を増やす事にした。ケルベロスやヒークでは取り逃がす可能性もあるのでアルズァーンを呼び出す。アウラスによって治癒されていなければ出来なかっただろう。アルズァーンは出現すると同時に背中から分体である蜥蜴たちを出すと周りに居るアンデッド達を石化させていく。


【主様、申し訳ありません】


石化させ終わったアルズァーンが何故かいきなりスイに向かって首を下げて謝罪をしてくる。


【主様をあの時お守りすることが出来ませんでした。もう少しやりようがあったやもしれぬのに】


その言葉でようやく魔軍の宿舎での出来事を言っているのだと分かった。確かにあの時アルズァーンやヴェルジャルヌガ達、ブレスウィーズル達とうさちゃんが死んだ。もう少しやり方があったかもとは言うがあの状態でやれることはそれほど無い。スイの意識があったとしても逃げ切れたかは微妙だ。


「大丈夫、こうして生きているから」


まあその後何だかんだ結局死んでしまったのだがわざわざ言う必要も無いだろう。ケルベロスやヒークは生きていたので知っているがスイの許可無く話はしない。


【更に強くなり主様を守れるよう精進しましょう】

「ん、お願いね。ああ、あとそのアンデッド達は砕いていいよ」

【分かりました】


アルズァーンが首を石化しているアンデッドへと向けると少し溜めてから声を発する。いやそれは声ではなく超音波の類なのだろう。石化したアンデッド達は徐々にひび割れていき最後には砕けて砂のようになった。


「ありがと。また移動した先で必要になったら呼ぶね」

【分かりました。また何かあればお呼びください】


アルズァーンを回収すると耳を抑えてくらくらしているシェスを抱き上げる。どうやらアルズァーンの咆哮で目を回したようだ。スイは防いだがアルズァーンが何をしようとしているか分からなかったシェスはもろに衝撃が来たのだろう。


「ごめんね」

「だい、じょぶ」


目を回しながらも少しの間首を振ったりしていたシェスは抱き上げて走り出してから5分もしないうちに回復した。けどまだふらふらしてそうだったので暫くは抱き上げておく。そうしてアンデッド達から伸びていた奇妙な魔力はスイ達の目的地にまで伸びていた。つまり迷いの森の中へと続いている。


「……へぇ」


スイの声に抑えきれない程の怒りを感じたのかシェスは身震いをする。


「父様の物に穢れたアンデッド達を触れさせる所かそれを操る馬鹿も我が物顔で居るってこと?ふ、ふふ、あはははは……!!殺す」


既に手繰り寄せた奇妙な魔力の終着点が迷いの森の塔なのは分かる。だからこそスイは苛立ちを抑えきれない。迷いの森に入るだけならば何も言わない。スイが生まれる千年の間に何人が入ったかなど分からないし数えても仕方ないからだ。塔に到着した者もそう少なくはないだろう。だからそれも構わない。だがそれがアンデッドを作り遠くから操るだけの者で更に我が物顔で塔を占拠していると見られるならば話は別だ。

勿論そうではなくスイが来た時に偶然迷いの森の塔に到着したという可能性も否定出来ない。だが迷いの森に来させたくないかのようにアンデッド達が展開されているのならばその可能性は少ないだろう。

スイはシェスを降ろすとグライスを取り出す。塔までの道を作る為だ。振り上げて降ろそうとした瞬間聞こえた微かな音をスイの耳は捉えた。即座にグライスを戻すと聞こえた音に向かって走ると見えたそれにスイは膝蹴りを食らわせる。


「ごふっ!」


膝蹴りを食らわせたそれはやはりアンデッドだ。しかし他のアンデッドと違い武器らしい武器を持っていない。寧ろ何処かの街に住んでいる普通の少女だ。歳の頃は十六から十八といった所だろう。そんな少女はスイの膝蹴りを腹に食らい蹲っている。スイはそんなアンデッドの少女の髪を掴むと近くの木に叩き付ける。


「あぁっ!」


ぐったりと倒れたそれにスイは冷めた目を向けると頭へとその足を振り下ろそうとする。しかし地面から突如として出て来た腕に両足を掴まれバランスを崩す。シェスがすぐにその馬鹿力でスイを持ち上げると足を掴んだアンデッドごと引きずり出す。そして出て来たアンデッドの顔面をシェスはその小さな足で消し飛ばす。


「だいじょぶ?」

「大丈夫、ありがとう」


スイはそう言いながらも周りを見るとアンデッド達が現れ少女のアンデッドを逃がそうとしている。スイは逃がすものかと追いかけようとするがすぐに急停止するとその場で後退する。

その瞬間木の上から猿型の魔物のアンデッドが降りてくる。その剛腕から繰り出された一撃を喰らえば死なずとも衝撃くらいは感じていただろう。


「何時から迷いの森は獣型の異界からアンデッド達の巣窟に変わったのかな?」


その猿型の魔物が出てきて以降は迷いの森に居た魔物達がアンデッドとなって襲ってくる。魔物に人族、亜人族が協力して攻撃してくるのは操られているアンデッドだからだろう。通常普通のアンデッドならば仲間意識などというものは無く生前親しかった者と一緒に行動する程度だ。間違えてもこんな光景ではない。


「厄介な!」


迷いの森の魔物達は基本的に強い。それらが死を恐れず多少の怪我ならば戦線にすぐ復帰してくるというのは厄介極まりない。そして知恵を持つ人族や亜人族が動きやすいようにスイの攻撃を逸らそうと盾で流そうとしてきたり矢や魔法を放ってきたりと動きづらいことこの上ない。シェスも攻めあぐねているようだ。アルズァーンを呼ぼうかとも思ったがあの巨体だと迷いの森のように木々が生い茂っている場所では真価を発揮できないだろう。蜥蜴たちも視線で石化させる以上遮蔽物だらけのこの場所では役に立たない。

足が遅いが故に来るのが遅れたナイトメアがスイと合流する。スイへと謝罪しながら襲いかかろうとした雉の魔物を切り伏せている。しかし数が多すぎる。まだ現在も集まりつつあり既に周囲はアンデッドの壁が出来ている。しっかり重戦士や耐久力に優れた魔物が壁役をつとめているあたり厄介だ。


「どうしよ」


勿論突破するだけならば簡単だ。だが倒さなかったアンデッド達が操っている者を殺した時にどうなるか分からない。そのまま息絶えれば良いが違った場合は近くの街にアンデッドの大群が押し寄せる形になってしまうかもしれない。

スイは悩んだ後最終的に殺す前に集めさせればいいかと考えた。そう考えたら行動は素早かった。グライスを握ると塔の方角へと振り下ろす。


「歪んだ道に一筋の正道を」


グライスによってねじ曲げられた理が正しい姿を少しの間曝け出す。


「行くよ、シェス、ナイトメア」


スイは塔に向かって走り出した。その瞳に静かな怒りを宿して。

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