第264話 始まる悲劇の始まり
「ぐっ!」
塔へと続く道を走っていたら横合いからいきなり魔物が飛び出す。グライスによって切り開かれたこの道はその道以外からの侵入者を切断するので来ない筈だったのだがそのカメレオンのような魔物は長い舌だけを伸ばしてスイをその道から外れさせる。
幸い中から外に出る分には切断されたりはしないのでそれ以上の怪我は無いが半ばまで進んだ辺りだったので元の切り開いた道から行こうとしても途中で道が閉じるだろう。
「ねーちゃ!」
「シェス、ナイトメア先に行きなさい。すぐに道が閉じちゃうから。私もすぐに追いかける」
スイの言葉にシェスは嫌そうな表情を浮かべていたがナイトメアは小さく頷くとすぐに走り始めた。道が閉じたとしても再びこの場所からグライスを振るえば戻れるのだから残る必要など無い。むしろ下手に道に残ったせいで二人が怪我をする方が嫌だ。勿論二人が道から降りればそんなことは無いのだが別にすぐに戻れる以上わざわざ降ろす必要も無い。それが分かっているからナイトメアは特に何も言う事無く走り出したのだろう。
「道が干渉し合うと面倒だから消えるまでは待機かな」
スイはそう言いつつもグライスを抜き放ち魔力を練り上げていく。先程からまるで機会を伺うかのように静かな殺気が肌を刺す。
「流石にこの数だとシェスは怪我しちゃうかもだしね」
シェスは強いのだが戦闘経験自体は魔物相手が多い。だからこの粘つくような殺気を放つような相手とは厳しいだろう。とはいってもシェスの防御力は高いから並大抵の攻撃では傷も付かないだろうが。
「毒か」
空気にひりつくような違和感を感じた私は
毒を使っていたのは恐らく暗殺者のような格好の男だろう。忌々しそうにその表情を歪めている。その隣には聖職者の格好の若い女性が立ち更に二人を庇うように片手剣と盾を持った壮年の男性が立つ。私の背後からも魔女のような姿の老婆が現れその隣から隙の見当たらない老爺が腰に提げた剣に手を掛けている。
スイの左からは猪や熊、兎に鷹と様々なアンデッドがその瞳に私を映して殺気を放つ。今にも飛び掛かりそうな状態なのにただ見ているというのが凄まじい違和感を感じさせる。どの個体も怪我らしい怪我が見当たらないことから例外なく再生するとみてもいいだろう。
右には道があったがすぐに消えそうな状態であり道の向こうにアンデッド達が居るのが見える。スイを弾き出したカメレオンのような魔物が居たが切断された舌はもう治っていた。スイを罠に掛けたつもりなのだろう。確かにこの場に存在するアンデッド達は森の外周部に居たアンデッドに比べて感じる力が文字通り桁が違う。だがその程度でスイを止められると思っているのが烏滸がましい。
「殺す」
静かに一言呟くとスイはグライスを横薙ぎに振るい魔物達のアンデッドの方へと斬撃を飛ばす。そしてスイ自身は背後へと飛ぶ。その瞬間前に居た盗賊らしいアンデッドがナイフを投擲する。スイはそれをティルに巻き込むように防ぐと背後に向かって蹴りを繰り出す。老爺がそれを見切り躱すと剣を抜き放つ。しかしそれがスイに届く前に老爺が力尽きたように倒れる。倒れた瞬間老爺の腹が爆発するように地面へとその中身を零れ落ちさせる。スイの放った蹴りが衝撃を伴って腹を砕いたのだ。
「
一番攻撃速度が速そうな老爺を倒したので即座に練り上げていた魔力を解き放つ。
解き放たれた魔力が上空へと上がるとその力を雷撃に変えて降り注ぐ。獄炎に続く広範囲攻撃の天雷が周囲に居たアンデッド達を
「んと、じゃあ道も消えたし繋いで……!?」
スイは咄嗟にその場から飛び退く。しかし何かに絡め取られたかのように身体から力が抜けていく。そしてカクンと足から崩れ落ちる。息が妙に荒い。毒ではない。魔法の類でもない。何か別の力によって絡め取られたと感じたスイは魔力を練り上げようとするが普段以上に荒れ狂う魔力のせいで上手く行かない。以前にも似たような事はあったがその時とは違い魔力が酷く暴れ回る。
「お久しぶりです」
声のした方へと無理矢理顔を向けるとたった一度だけ会ったことのある相手が居た。その相手は私を一度無力化した事のある魔族。
「
「覚えていてくださったのですね。光栄です」
口は動くが魔力が動かせない。身体は痺れているかのように力が抜けて身動きも取れない。シェスかナイトメアを降ろしておくべきだったか。いやそうだとしてもこの理由の分からない強制脱力に耐えられるかは微妙だ。以前は解毒薬のようなものを嗅がされたがそれだって本当に毒だったか分からないのだ。
「何をしに来たの。私を殺しに来た?」
「いいえ、私は私のために行動していると言ったでしょう?」
そう言ってルーラーは私の傍まで歩いて来るとスイの小さな身体を抱き上げる。
「私は貴女が欲しかったのですよ」
「お前のものになんてならない」
間髪入れずに断ると面白そうにルーラーは笑みを浮かべる。
「ええ、私のものにならなくて結構です」
その言葉の真意が分からなくて口を噤む。ルーラーの目的が読めない。
「私の基幹素因が何か分かりますか?」
ルーラーがそう問い掛けてくるが見られるのを防いでいるのか分からない。私の表情を見て見えていないと判断したのだろう。ルーラーは私を近くの木に
「……暴走?」
「ええ、これが私の基幹素因ですよ。スイ」
ニヤニヤと悪意に満ちた表情を浮かべたルーラーはその素因を握り締めたまま私の胸元へとそれを近付けていく。
「これを貴女に吸収させても貴女の制御の素因は簡単に制御してしまうでしょう。だから私はこれを使って貴女を暴走させてみたいのです。基幹素因を狂わせる程となると私の素因も砕けるでしょうがそれはどうでもいい」
「そんなことをして何の利があるの」
「私は死にますが私の想いは二重に叶えられるでしょう。ならばここで死ぬのは怖くない」
ルーラーは私の言葉を聞きながらも聞こえていないかのように話し続ける。
「暴走に苦しめられるのはもう嫌ですしスイを傷付けるのも嫌ですし私をいいように扱ったあいつも嫌いですしスイの為にもなります。やりましょうか」
意味の分からない言葉を吐き出すように一息で話すとルーラーはその瞳を怪しげに光らせると自らの基幹素因である筈の暴走の素因に罅を入れる。ビキッと嫌な音を立てて砕けていくその素因を見てルーラーは心底から嬉しそうに笑う。
「さあ、スイ。私の想いを、貴女の胸に遺してください。私はそれで報われる。その御心のままに暴走せよ、アッド」
砕けていく素因がその言葉と共に更に自壊してその殻を壊しその身に秘めた力が全てスイに向かっていく。抵抗することすら許さないその力はスイへと向かい飲み込まれていく。そしてあまりの光に目を閉じていたスイがふと瞳を開く。その美しい翠の瞳はあまりに冷たい。
その瞳に映ったルーラーは満足気に笑うとその身を失わせる。それを見送ったスイはゆっくりと身体を動かすと立ち上がり空を見上げる。
「ああ、とても……とても清々しい気分だわ。ふふ、ふふふ、あははははは!!!!!!!!最高の置き土産をありがとうルーラー♪」
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