第265話 森を取り返しましょう
走り抜けた先には大きな塔があった。深い森の中にあるとは思えない程の立派な建物だ。しかしその塔の入口には地面が見えなくなる位のアンデッドによって埋め尽くされていた。アンデッド達は既に臨戦態勢で各々の武器を握り締めシェス達を睨んでいる。
シェスの視界には彼等から伸びる葉の付いた枝のような魔力が見えている。その葉の部分には魔力が蓄えられておりそれが再生に使われる部分なのだろう。だがそれはこれまで倒したアンデッド達全てにそれだけの魔力をやってなおまだ魔力を行使出来るだけの化け物がこの塔に居るということになる。
シェスは判断に困っていた。はっきり言ってここで突撃するのは無謀と言わざるを得ない。だがスイが来れば問題無く倒せるだろう。シェス一人でも倒すだけならば出来る。アンデッドとはいえ所詮大した強さもない死体共である。シェスの敵ではない。だが知性を持つアンデッドは罠を用意出来る。シェスは生半可な罠では例え引っ掛かったとしてもゴリ押しして抜けられるが抜けるのに手間取れば流石に死の危険があるだろう。だからこそ慎重にならざるを得ない。
「……姫様が来る前に片付けたいのですが」
そう言ってシェスと共に切り開かれた道を走ってきた黒き騎士、ナイトメアが口を開きながら黒い剣を構えてアンデッド達を見据える。シェスもまた散々魔力で強化したからか材質からして変質してるとしか言えないような木串を両手の指と指の間に三本ずつ挟んで持つ。
アンデッド達も向かってくるつもりだと分かったのか武器を固く握り締め緊張した面持ちでこちらを見ている。その雰囲気は本当の人の様でアンデッドかどうかを疑いそうになる。伸びた魔力の枝が彼等を死体だと証明しているから迷いはしないが。
両者が構えた瞬間シェスはその場を飛び退いた。ナイトメアもまた驚きながら飛び退く。次の瞬間まるで突然爆発したかのように凄まじい轟音が辺り一面に鳴り響く。
「ねえちゃ……?」
シェスの視界にはその特徴的な白の髪が落ちてきたのが見えていた。疑問を持ったのは何故これ程までに死の予感が身体中を巡るのかということだ。幼い頃から命の危険があったからか何時しか身に付いていた死の予感。この場に留まれば死ぬと感じさせるそれはシェスの身体を殆ど本能的に動かす。近くまで飛び退いていたナイトメアの身体にタックルするように持ち上げると全速力でその場を離脱する。
「……!?な、何をするのですかシェス!」
ナイトメアが抗議の声を上げた瞬間それは起きた。深い森の中で暗い筈の視界が一瞬にして光り輝く。シェスは反射的にナイトメアを更に遠くへ投げ捨て自分は魔力で防御膜を作り地面へと体当たりするかのようにぶつかり衝撃で抉れたそこにその小さな身体を潜り込ませる。
その数瞬後に一切の音すら置き去りにするほどの勢いで森が炎と化した。ナイトメアにはそれが自分の主であるスイの魔法だと分かった。しかしその心中は混乱の極みにあった。何故ならば逃げなければそれは間違いなくナイトメアとシェス両名を灰へと変えていたと分かったからだ。まるで二人のことを一切考えていない。
「……姫…様?」
「メア!逃げる!死ぬ!」
シェスも背中が少し炎に巻かれたのか服が焦げて痛そうにしているがその人外じみた身体能力で無事だったようだ。ナイトメアは森の上を投げられて滞空していたのでそもそも炎に飲み込まれていない。そしてその自分を助けたシェスが切羽詰まった表情で叫ぶ。何があったのかは分からない。しかしこのままでは人知れずこの森の中で死ぬ可能性があることは分かったのでシェスの言葉に頷くと森の外へと二人逃げていった。
「あら?逃がしちゃったわ。優秀なのね」
スイはそれは愉しそうに笑うと愚かにもスイの所有物である森を我が物顔で占領していた馬鹿を踏み付ける。その馬鹿はこの世界では珍しい黒髪に黒目、そして何よりスイにとって、いや前世では形や色こそ違うが良く見かけた制服の男だ。
「貴方って真達と一緒に来た子かな?」
「ぐっ、そうだよ。それが悪いか!」
「いいえ、別にどうでもいいわ」
スイは男を踏み付けながら言葉を返す。踏まれた男が居たのは塔の二階部分であり塔の仕掛けのせいで上層階には行けなかったようだ。塔の占領自体はそれほど出来ていなかったので別にそれに対しては差程怒りは起きない。そもそも下層階は入られること前提だからだ。そんな男の近くにはスイが森の外周部で腹を蹴り上げた少女のアンデッドが居る。
「貴方この女の子とイチャイチャしてたの?アンデッドと?不思議な趣味を持っているのね?」
「アネリは俺の大事な人なんだ!頼む。助けてくれ!」
「人の話位聞いて欲しいものだけど……別に構わないわ。だってどうでもいいもの。森さえ返してくれるなら。本当はもっと怒ってたんだけど今は気分がいいからどうでもいい事で気分を害したくないの」
スイはそう言うとアネリと呼ばれた少女のアンデッドに手招きをする。アネリは少しの間迷っていたようだがスイの足元に男が居たからか意を決した様子で近付いてくる。男も下手な事をしたら気分を害してアネリが殺されるのではないかと考えて声をあげられない。
「ふぅん?やっぱり良く分からない術式ね。そもそも前提となる知識から違うんでしょうね。依存者は
「そうだ。
「あぁ、そう。どうでもいいけど貴方が死ねばアンデッド達って勝手に死ぬのね」
その言葉に宗二は顔を青ざめさせる。
「殺そうだなんて思ってないわよ」
スイはそう言って口元を押さえながらクスクスと笑う。綺麗で可愛らしい顔をしたスイの笑い声は何処か悪意に満ちていて額面通りに言葉を受け取るのは危険だと宗二は思う。
「ねぇ……それなら貴方を頂戴な。まあ貴方に拒否する権利なんてものは無いけれど」
スイはそう言うと宗二の身体を魔力で包み込むようにして浮かせる。抵抗すら許さない程の暴力的な魔力に宗二とアネリの身体が硬直する。抵抗すればその時点で木っ端微塵にされてもおかしくないほどの暴力的な気配を漂わせてスイは笑みを浮かべる。心底楽しいと言わんばかりのその表情は気味の悪さすら感じる。
スイは浮かせた宗二に近付くとその首筋を指先で裂いた。勢い良く出て来る血液と激痛に宗二が叫ぼうとして声が出なかった。漏れてくるのは空気の抜ける音だけでありかなりの致命傷であることが分かる。
「あら?やりすぎた?まあ死ななければ良いわよね」
スイは一人で納得するとその勢い良く出る血の噴水に顔を近付ける。首筋にキスでもするかのような近さまでやって来るとその血を飲ませて貰う。アルフ達に比べると微妙な味わいであまり好んで飲みたいとは思わない。
血をある程度飲んだあと牙を宗二の首筋に突き立てる。牙から滲んだ血が宗二の身体を巡りその身体を変質させていく。あまりの激痛に意識を失った宗二を適当な場所に置くとアネリへと近付く。近付いてきたスイにアネリは怯えた表情を見せる。
「何もしないわよ。アネリだっけ?この男の何が良いのかしら?恋バナってやつをしてよ。私も話してあげるから」
スイは先程までの悪意に満ちた声ではなくその表情と相まって本気でその人の事を好きなのだろうなとアネリには感じさせた。だからだろうか。アネリは自分の方からスイとの距離を少しだけ詰めると話し始めた。自らの大好きな恋人である男の事を。それをスイは楽しそうに聞いては時折自分自身の事も話していく。
異常な状態ではあるがアネリは宗二が死ねば自らも死ぬと知っている。だからこそアネリは打算も込みでスイとの話を続ける。まあ途中から本当に楽しくなってきていたのだが。
「……なんでこんな状況になってるんだ?」
約一日後起きた宗二の目の前でアネリとスイが楽しそうに会話しているのを見て困惑したのは当然だろう。
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