第228話 逃げ切れ……
さて、ケルベロスが走っていますが現在は街中です。至る所に魔族が居て逃げられるのか分かりませんでしたがどうやら魔軍以外の魔族達は積極的には来ないようですね。単に走っているだけだからでしょうか?
いえ、違いますね。感じられる力がかなり微々たるものでしかありません。恐らく素因を献上する代わりにここで庇護して貰っているのかもしれません。
だとするとヴェルデニアに蓄積された素因は想定を遥かに超える量となっていることでしょう。勿論全てではなく味方にも渡しているでしょうがそれでも膨大な事でしょう。
まあ今はそのような些事を考えている時間はありませんね。何時魔軍が追い掛けてくるか分かりません。ケルベロスは大きいのですぐに見付かるでしょうがアスタールに任せる訳にも行きません。彼の者は現在かなり弱体化していますし素因の発する気配でどちらにせよ隠れるのは難しいでしょう。
【個体名アスタール、肉の塊になって死んできませんか?】
(それ無駄死になりません?)
【なりますね】
(なら断ります)
でしょうね。出来る事が少な過ぎます。所有者スイが意識を取り戻しかつ素因が十全であればこの様な事を考える必要など無いのですが。
【個体名アスタール、今より私は権能を使います。その結果私は恐らく自立行動が出来なくなるでしょう。その際に貴方の身体の中に私を入れなさい。そうすれば最悪貴方が死ねば所有者スイの元に私も戻ります。死なずとも貴方と所有者スイの繋がりによって戻れます。分かりましたね】
(まあ分かりました。では私は身体の一部を外に出しますね)
所有者スイの身体よりにゅるっと変な擬音と共に肉の塊が現れます。その肉の塊に包まれると得体の知れない悪寒が走ります。そのようなものを感じる機能は備わっていない筈なのですけど。
「グルゥ!ガァウ!」
その瞬間ケルベロスが振り返るとその三つの首から極悪な炎を吐き出します。突如として放たれたそれは僅か二秒で掻き消されました。誰に?そんなものは分かりきっています。敵に決まっている。
「ハハッ!気付かれてたか?中々の炎だったがまだまだだな?」
そう言って出て来たのは身の丈程の長剣を持つ男です。感じる素因数は十七!?不味いです。魔王が現れるのは想定外です。
「俺の名は
ジェクスが剣を振るう瞬間にケルベロスは所有者スイを咥えて投げ飛ばします。同様に肉の塊であるアスタールも投げ飛ばします。
「ガァ!」
そしてその身を炎に変えて剣をすり抜けさせます。ジェクスが驚いた瞬間に実体化して体当たりをしました。私に見えたのはそれだけです。ケルベロスには一体幾つの特殊能力が付与されているのでしょうか?
アスタールが肉の塊から人の姿へと変貌すると投げ飛ばされた所有者スイの元へ走ります。所有者スイは未だ意識を失ったまま。やはり頭部を一度失うと意識の回復に時間が掛かりますね。
「九凶星に出会うなんて何て間が悪い!」
アスタールが愚痴を言いながらも所有者スイを抱き抱え走り始めます。恐らくは追い付かれる事でしょう。権能を使います。
【座標特定……空間断裂……空間歪曲……断層移動……】
「何をしているのかはさっぱり分からないけど早目にお願いしますね!」
アスタールが叫びながら街の路地を行きます。そうして路地を出るとそこに居たのは魔軍。どうやってか完全に補足されていたのでしょう。
「これは……嘘だと信じたいなぁ」
私も嘘だと思いたいですがそこにウェズの姿が見える以上別部隊と言う訳では無いでしょう。アスタールがジリッと後ろに下がると魔軍の兵士達は少し前に詰めます。今度は逃がさない為でしょうね。包囲が少しずつ完成しています。
アルズァーンとヒークの力も感じられないということは間違いなくやられてしまったのでしょう。他の助力も期待は出来ませんか。
その瞬間何か甘い匂いが漂ってきました。それはこの場にあまりにそぐわない匂いで私ですら反応が遅れました。そしてそれが致命的だったのでしょう。魔軍の兵士達は一切の抵抗すら出来ずに眠りに落ちました。まあアスタールも眠ってしまったので動けないのですが。
「……」
何かが近寄ってきます。アスタールの身体が邪魔で見えませんね。そう思っていたらアスタールの身体をその何かが掴むと所有者スイの身体も掴みます。こうなった以上私に出来ることはありませんね。申し訳ありません。所有者スイ。
その何かはやはりアスタールが邪魔で見えません。暫く歩いていたらふわっとした浮遊感と共にアスタールが落とされて柔らかいベッドに乗せられます。ベッド?
所有者スイは隣のベッドに寝かされています。そこで漸く私は何かの顔を見ることが出来ました。そこに居たのはこの世界においては勇者くらいしか見た事がないような黒い髪に一筋ずつの赤と青の髪が混じった少女です。魔族であることは間違いありませんが何故あの場から連れ出したのでしょうか?
私も気になりますがそろそろ内蔵魔力が切れますね。権能をキャンセルした反動が来ました。所有者スイが意識を取り戻すようですし私はその時に応じる為に今は自立行動は凍結しておきましょう。
「……ん……ぅぁ?」
酷く身体が重い。首と身体の半ば辺りが引き攣ったかのような感じで上手く動かせない。斬られて意識を失ったのにまだ生きているの?正直に言って母様達の信頼に応えられなかったと泣きそうになっていたのだけど。まあそれ以上に少し安心してしまったのは誰にも言えないけど。
「……起きた?」
ぼんやりしていると誰かから声を掛けられる。声を出すのは酷く億劫なので腕を少し動かして起きているアピールだけはしておく。この状況で殺されていない時点で声の主がすぐに殺すことは無いだろう。まあ殺しに来られたらその時点で詰むのだけど。
声の主は私の方に近寄ってくる。黒髪にメッシュ?と言うのだったかな?赤と青の色が混じっている眠たげな瞳の少女だ。スイと変わらぬ見た目年齢のようでそこは驚いた。
「……えっと……九凶星が四、
うん。想定以上の大物だったよ。逃げられる訳ないね。近づいて分かったけど素因数十三とか魔王かな?
「ん、合ってる」
まあなるようにしかならないか。この状況を打開する能力は今の私には無い。
「……安心して。私は貴女を殺すつもりなんて無い」
スフィアはそう言うと何故か私が寝ているベッドに横になった。何で?
「……暖かい」
何故か抱き着かれたのだけど?混乱しているとスフィアは私の胸元に顔を押し付ける。もしかして……。
「女の子が好きなの?」
「大好き」
即答されてしまった。どうしよう。しかも力が強すぎて抵抗出来ない。
「私彼氏が居るよ?」
「……だから?」
「そういう行為はしたくないかなぁって」
「私は気にしない」
是非とも気にして欲しい。
「スイは嫌?」
「女の子同士とはいえあんまりかな」
私にそっちの趣味はない。その意志を込めて見詰めると何を勘違いしたのかスフィアは更に私の胸に顔を押し付ける。
「やだ。初めて本気で好きになりそうなんだもん」
物凄く困る。何と返すのが正解なんだろうかこれ。
「ねえ、此処に居る間だけでも駄目?」
「私はすぐにここを離れたいんだけど」
「それはやめた方が良いよ。今ジェクスの馬鹿が暴れ回ってるしルーラーとダームが探し回ってる。逃げ切れる訳ない」
ジェクスとダームは誰か分からないけどルーラーは知っている。残りの二人も恐らく九凶星なのだろう。九凶星が三人がかりで探し回ってるとか逃げられる自信が無い。しかも下手したらこの子と同じ魔王クラスの可能性がある訳で余計に無理だ。
「……」
私が考えている最中にスフィアは私の服の内側に顔を突っ込……!?
「や、やぁ!?」
無理矢理身体を捩って追い出す。ビックリした。まさかそこまで直接的に来るとは思いもよらなかった。
「彼氏君に許可を貰えたら良い?」
「え?」
この子は何を言っているのだろうか?
「彼氏君が私の身体もって言うなら喜んで受け入れる。だからスイと一緒に愛してって頼む」
頭が混乱して仕方ない。
「あの、スフィア。そういう問題じゃないの」
「スイは私の事嫌い?」
「嫌いも何も全然知らないし」
寧ろ九凶星の一人の時点で完全に敵ですが?
「なら知ってもらう。スイと一緒に行動する。その為なら九凶星の立場なんて要らない」
えぇ……どうしよう。
「考え直した方が」
「考え直したらスイを九凶星の一人として連れて行くよ?」
脅迫された!?欲望に忠実すぎる!?
「だから……私を受け入れて」
どうしよう!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます