第190話 翠の商会
「スイ様!こちらにはどのような用事で?」
「ん、ちょっと見に来ただけ」
ディーンに案内されて到着した場所は帝都の中心に程近いかなり大きな商会だった。名前が翠の商会となっているのが少し恥ずかしい。これ間違いなくアルフ達が私の名前から取ってるよね。中に入ってみると私の知らない亜人族の奴隷が何やら作業中のようで忙しく動いていた。
そこでディーンが入口から手を叩くと奥から全速力ではないけどかなりの速さでハルテイア達がやってきた。やってきたのは私も知っている最初の奴隷の子達だ。
「皆を集めて。スイ様が一度会ってみたいと仰られたから」
ディーンの口調が真面目な感じになっている。家臣風?身体もまだ小さいし声もまだ高いから子供が無理しているようにしか見えない。それは中に居た他の亜人族もそうだったのだろう。少しだけ微笑ましく和んだ表情でこちらを見ている。気性が荒い人はそう多くは無さそうだ。
ハルテイア達の指示によって集められた人はどうやら百人程度しかいない。作業もあるだろうしこれだけ集められただけ凄いのかもしれない。
けどディーンは怒った表情だしアルフ達も若干苛立った表情をしている。私としてはこれだけ集められただけでも良いと思うのだけどそれじゃ駄目みたいだ。
「聞こえなかった?皆集めろと言った筈だけど?」
ハルテイアが指示を出していた鼬の亜人族の男性がディーンに睨まれながら返事をする。奴隷だった筈だけど力が強そうにも見えないし何の用途がある奴隷だったのだろう?お世辞にも格好良いとは言えないのだが。
「作業中で手が離せない者もおりまして今動かせる全員は集めてまいりました」
「……ねえ?」
「はい。どうされましたか?」
「……商会の作業と君達を解放して商会を続けられるだけの商品なんかも提供して庇護してくれている存在と……どっちの方が大切なのかな?」
「し、しかし、納期などもありましてそちらを疎かにする訳には」
ディーンやアルフが無言で殺気を放つ。いつもはニコニコしているフェリノやステラですらかなり苛立っているようで一歩間違えればこの男性が殺されてもおかしくはなかった。私は止めたりはしない。普通なら止めた方が良いのかもしれないけど内容的に批難されるのは男性の方だ。これがただの商会の会長相手とかなら良いかもしれないけどね。
私もヴェルデニアを殺す事が出来たらその後は王として動かなくてはいけないだろう。王をやらないという選択肢は最初から存在しない。つまり非情な選択や舐められる行動は取ってはいけない。今回は意図していないだろうが男性は私を舐めた行動を取っている。そしてその事でアルフ達がキレているのだ。なら止めることなど出来ない。
「……分かった。君の言い分は良く理解したよ。ハルテイア、彼の立場を一番下まで落としておいて」
「な!?」
「仕方ないですね。そうしておきます」
男性が何かを言おうとする前にハルテイアと一緒に居た亜人族の女の子が男性の意識を失わせるとササッと離れていった。あの女の子あんなに強かったっけ?少なくとも自分より年上の男性を一撃で意識を失わせられるほど強くは無かったはずだけど。
「ああ、ハルテイア達はグルムス様の所で鍛練もしているから他の亜人族よりは強いかもしれない。あくまで護身程度ではあるけどね」
ああ、確かにハルテイア達を鍛えるように言った覚えがある。あの後どうしていたか知らなかったけどしっかり鍛練していたんだ。
暫く待っていたら全員が集まったようだ。今更だけど私本当に見に来ただけなのだけど大丈夫かな。作業を中断させてまでする事じゃないのだけど。まあ面子的な面が多いから別にいいか。
「ん、やっぱり多いね」
「二百十八名居ます。内男性が七十五名、女性が百四十三名となっています」
「倍近く違うんだね」
「まあ男性は精々冒険者の壁役か肉体労働にしか使えませんが女性はそこに性奉仕が加わりますから。あと亜人族の男性は身体が大きくなる傾向がありますので見た目がその……それ程の人が多いので」
ハルテイアが凄く言いづらそうにしている。それが聞こえた亜人族の男性達は苦笑いだ。まあ仕方ない。どう見てもガテン系の人とか強面の人しか居ないのだ。容姿は完全に無視されているとしか言えない。勿論アルフみたいに格好良い人も居るしディーンみたいにまるで女の子のようにすら見える人も居るから全員が全員悪い訳では無いのだが。
ちなみに集められた男性の内四名ほどは格好良かったり可愛かったりした。爽やかな感じのする男性が一人、無口だけど整った顔を持つ男性が一人、ディーンのように可愛い系の双子。なるほど少ない。
ちなみに女性はほぼ間違いなく全員完全に容姿で選ばれている。前髪で顔が見えない俯きがちな子もいたけど髪を上げさせたら凄く可愛かった。本人は凄い恥ずかしそうにしていたけどちょっと勿体なく感じたので手早くヘアピンを小さな宝石で作ると髪をそれで止めた。うん、可愛い。というかこの子の種族が亜人族でも珍しい子猫族だった。百四十三人も居るのにこの子しかいない。
「……」
「ふぇぇ……」
「……」
「あぅぅ……」
いや可愛いなぁ、この子。しかも凄い魔力を持ってる。ぶっちゃけて言うと恐ろしい事にエルフであるステラより多い。なんだったら素因を五つ程度の魔族となら魔法戦で互角に戦えるだろうと思えるくらい多い。流石に凄すぎる。希少種族なのは間違いないけどここまで来るといっそ清々しい。
「ん、連れて帰りたい。駄目?」
ハルテイアに聞いたら本人次第だそうだ。まあ二百人超えていたら余程の大商会とかでもない限り人手はかなり余るだろう。
「名前は?」
「ミュストラといいます……」
「ミュストラどうかな?私と一緒に来る気はある?」
ハルテイア達によって私の状況は伝えられている。だからこの問いだけで充分なのだ。ミュストラは周りを見て助けがないことを把握したらあうあう言い始めた。
「勿論無理にとは言わない。断っても別に罰を与えるつもりは無いよ。気楽に考えて」
「あぅ……す、しゅこし、かんぎゃえても!?」
「ん、良いよ。答えが決まったら……ハルテイアにでも知らせて。ハルテイアが凄く怖いなら別に他の人でも良いけど」
「スイ様……」
ハルテイアが少しだけ不満そうに呟く。だってハルテイアがこの商会でどういう立ち位置か分からないから仕方ないと思う。話し掛けやすい上司なら良いけどそうじゃなかったらミュストラが抱え込む可能性は高いと思う。
「すみません。スイ様」
男性の中から無口な人がやってきた。武器を持っているからこの人商会の護衛役なのかな?
「ミュストラがもしも行く事を決意した時私も連れて行ってはくれませんか?」
「リッ君」
「……別に良いけど貴方は何が出来るの?」
武器は武器でもソードブレイカーだったっけ?それとかなり頑丈そうな鎧を着ているからどう見ても守る事に特化した人に見える。指輪を持っているからもしかしたら盾とかもあるのかもしれない。
「……守る事でしょうか?」
正直言うとどれくらいの実力か分からないから何とも言えない。守るのが得意だとしても魔族の一撃を耐えられるのだろうか。
「リットハルトだったか?付いていきたいなら俺の一撃を耐えろ」
少し悩んでいたらアルフが前に出てきた。アルフの一撃は普通の魔族より下手をしたら高いのだけどもし耐えられるなら良いかもしれない。ミュストラの護衛役としては充分になる。手数を防げるかは分からないけど。
「なら私の攻撃も織り交ぜましょう」
フェリノが少しワクワクした表情で出てくる。単に憂さ晴らしじゃないよね?大丈夫なの?ステラがおずおずと前に出てきてるのが怪しいのだけど。ディーンは流石に出てこない。まあ魔族が隠密行動することは殆ど無いからね。
「ああ」
リットハルトが指輪から盾を取り出す。二メートル近い盾は完全にリットハルトの身体を覆い隠している。というか倉庫だから良いけどここでやるつもりなの?
しかしそれを見てフェリノがテンションが上がったのか一気に最高速になると回り込んで攻撃を繰り出す。それに対してリットハルトは恐ろしいほど速い旋回で完全にフェリノの攻撃を真正面から受け止めた。しかもそのまま盾を振り回す形でフェリノの追撃も振り切った。え、普通に強い?
ステラの魔法が全方位からやってくる。弱い魔法ではあるが当たれば痛い筈だ。それに対してリットハルトがした行動は単純でフェリノの時と同様に盾を振り回して全てを防いだ。あの大きさの盾を振り回すのは辛いはずだけどリットハルトは慣れているのか全く息を切らしていない。
アルフがそれを見て笑みを浮かべる。そして次の瞬間にコルガを盾の真正面から叩き付けた。流石に威力が高過ぎたのかリットハルトが地面に膝を着く。
「……おぉおおお!!!」
しかし膝を着いてから僅か数瞬後に盾を持ち上げアルフごと吹き飛ばした。流石に完全に威力を殺しきれなかったせいか腕は痛めたようだがリットハルトは間違いなく耐え切った。
「……ん、良いよ」
やっぱり亜人族は強いなあ。意外な掘り出し物だね。まあミュストラがリットハルトを恋する乙女の表情で見ているから大丈夫そうな感じもするけど連れて行きたいね。ただ他にも掘り出し物がありそうだからもう少し見ようかな。
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