第260話 特に何事も無い平穏な夜(スイ目線)
夜の帳が降りた中で焚き火の明かりだけが辺りを照らす。ずっと何も言わなかったがどうやってか透明になってフゴフゴ言いながら着いてきていたミニアルゴドルを食べようと思って馬車を一度止めて焚き火を焚いてもらったのだ。
一応イーグとの海への旅路の際にも一度だけ食べたのだがその時もかなり美味しかった。そんなミニアルゴドルだが実に不思議な生態をしているのだ。というか食べた筈なのに普通に未だに生きているのがその証拠だろう。
「フゴフゴ」
ミニアルゴドルを持ち上げるとお肉がにゅっといった感じで何処からともなく出現する。あまりに奇妙過ぎる生態にどうなっているのか気になるが見ていてもお肉がどこから出現したかすら分からないので気にしない事にする。
お肉の見た目は割と普通の豚肉といった感じだ。特にキラキラしていたりファンタジーな感じではない。スーパーとかで買える豚肉だ。今回はバラ肉のようだ。以前は胸肉っぽかったので何が出るかはランダム要素が強いようだ。
ミニアルゴドルから取れるお肉は腐敗が凄まじく早く指輪に入れてもその時間経過が止まらないのでその場で食べるしかない。調理すれば一時的に腐敗は止まるのだがもって一日程度とかなり短い。
「ナイトメアこれ焼いて」
自分で焼いて調理しても良いのだがどうもそんな気分にならないのでナイトメアに頼む。ナイトメアの記憶の中にはスイと同様の知識が共有されているので料理が苦手ということはないので安心して任せられる。
その間スイはシェスを自分の隣に座らせると指輪から街中の散策中などに見付けた適当な本を取り出す。タイトルは王の誕生、随分と凄いタイトルだが歴史書や歴史を元にした本ではなく創作本である。
そもそも舞台がこの世界ではない。どこか遠くにあるとされる異世界、ガルゼイアという世界の後に大国の祖となる貧民の成り上がり小説だ。爽快なシーンや友情シーン、恋愛シーン等が豊富に含まれていて根強い人気を誇るシリーズ物らしい。それを読み聞かせながらシェスに意味を説明したり文字をなぞって教えたりする。
シェスは最初こそ首をずっと傾げていたがスイが何をしているのか分かってきたのか少しずつ真剣に取り組み始める。そこで驚いたのがほんの少しの単語ならばすぐに覚えたことか。超越者の理は頭の良さといったものも強化するのかそれとも元々シェスが頭がいいのか。
「お姉ちゃん……来る?」
シェスが少しだけ覚えた単語を使ってこちらに近寄ってくる複数の人族の気配を教えてくれる。囲まれているわけではないから盗賊なのかそれとも冒険者のパーティが焚き火の明かりを見付けて来ているだけなのか良く分からない。
「ん、良く分かったね」
シェスの頭を撫でてあげると嬉しそうに私に身体を預けてくる。ナイトメアは一応警戒をしているが気配から感じる強さはそれ程強くない。警戒してもあまり意味は無いと思うのだが騎士を自認しているナイトメアからすればそういうことは関係無いのだろう。
「…………っぱり……居るのよ!」
「……に居るとは驚いたな」
「目がいいのは知ってたけどここまで遠いのを確認出来るなら誇ってもいい」
話し声が聞こえ始めたのでそちらの方に顔を向けると男三、女二の冒険者のパーティに見える集団が来た。盾と剣が二人、大剣が一人、杖が一人、弓が一人のバランスはそこそこ良さそうなパーティだ。
「子供?」
そのうちの弓を持った女性がスイとシェスの姿を見て驚きに目を見開く。その言葉を聞いてこちらを見た杖を持っていた女性が困惑する。男性陣はその前から見えていたナイトメアに少し警戒しているようで私の方は見なかったが。
「……ん、何の用?」
スイの言葉に弓を持った女性が答え始める。
「私達はその、こんな場所で焚き火の明かりが見えたから誰か居るのかもって思って」
「こんな場所?」
「え?まさか知らないでこんな所に居たの?」
「何の話か分からない」
「えっと、ここは魔物の集合場所みたいな所なのよ。だからここは危険で明かりなんて付けていたら 集まってきちゃうのよ」
「ん、それで?」
スイの言葉に女性は一瞬何を言われたか分からないといった顔をした後すぐに首を振ってスイに近寄る。何かを言おうとした女性にナイトメアが剣を抜き放つとその首に剣を突き付ける。
「……お下がりを」
「……!?わ、分かった」
ナイトメアの小声だが威圧感が半端じゃない声に女性は冷や汗を流しながらゆっくり後ろに下がる。ナイトメアが女性が十分に離れたと判断するとその首に突き付けていた剣を下げる。男性陣はナイトメアの抜剣の瞬間が見えなかったのか顔を強張らせている。
「見ての通り腕の立つ子が居るから大丈夫。心配は不要だよ」
スイはそう言いながらシェスのサラッとした頭を撫でる。特に敵ではないと判断したのかシェスは既に眠りに落ちていてスイの身体に寄り掛かる形で安心しきった寝顔を見せている。まあシェスならば例え攻撃されても傷を負う事はそう無いだろう。それ程までの濃密な魔力と身体能力を誇るのだから。
「そう言えばこの辺りの魔物っていうのは何なの?」
食べられる魔物ならば適当に巣を襲って指輪に回収していても良いかもしれない。虫系ならば殲滅あるのみだが。そしてそんな事を考えていたら何処からともなく美味しそうな匂いが漂ってくる。いや匂いの原因は分かっている。先程から焼いていたミニアルゴドルの焼肉だ。剣を抜き放ったりしていたナイトメアだが火加減はしっかり見ていたようですぐに調理を再開すると美味しそうな匂いと肉の油が弾ける音が周囲に響く。
「シェス」
「……んぅ、お肉?」
「そうだよ」
「食べる!」
寝惚け眼だったシェスもこの美味しそうな匂いにやられたのかすぐに飛び起きる。そして起きて数秒後に視線をあっちへこっちへと彷徨わせる。
「大丈夫だよ。来れないから」
「うん」
シェスが見ていた方向にはこちらをじっと見つめる魔物の目が合ったのだが本能的に恐怖でも感じているのか来る様子はない。だけどそれも長く続かないかもしれない。ミニアルゴドルの焼肉の匂いがあまりに良すぎてやってきそうだ。街中で料理した方が良かったかもしれない。
その不穏な雰囲気を冒険者パーティも感じたのだろう。周囲を険しい目で見ている。結局この人達はお人好しなパーティなのだろう。ここに人が居るならば助けなければとわざわざやってきたのだから。
「まあ見殺しにするのもどうかと思うし……ナイトメア料理をお願いね。周りのは私が始末する」
「……分かりました」
「お姉ちゃん……シェス……やる」
「危ないよ?」
「シェス……痛くない」
まあこの程度の魔物ならばシェスに傷を付ける事も出来ないだろう。少しだけ考えた後に防御魔法をシェスに付けることで妥協した。少し不思議そうに見た後にどういうものか分かったのだろう。シェスが嬉しそうに笑う。
「やる!」
そう言ってシェスがこの前渡した串焼きの串を十本程度取り出す。いやそれは武器ではないのだけどきっとシェスからすれば尖っていて刺さるならば十分武器なのだろう。一応適当に作った短剣をシェスに渡す。特に何かの魔法を掛けた訳では無いが頑丈だから使い道はそれなりにあるだろう。
そして短剣を受け取ったシェスは勢い良く群れの長らしき方向へと駆け出していく。冒険者パーティが慌てて止めようとするがナイトメアが剣でそれを止めていた。スイはそれを横目で見ながらシェスとは反対方向へと駆け出していく。
居た魔物はミストウルフという魔物だ。霧へとその身体を変化させることが出来てその背中からは霧が生み出されるという魔物だ。シェスと相性が悪いかなとか思ってたら遠くでギャインッ!っと甲高い悲鳴のような鳴き声が響き渡り一瞬後に爆音が鳴る。何をしたかは分からないがとりあえず仕留めたことだけは良く分かった。スイもまた負けてられないなと目の前の霧に変わろうとしている狼の魔物を霧へと変わったはずの顔面を踏み潰すことで殺す。
霧に変わったところで魔力体であるスイの攻撃を防ぐことは出来ないということだ。拳や蹴りを繰り出す度に紅い花が咲き乱れる。それ程の時間を掛けずに二十数体は居た魔物は殲滅されるのであった。
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