第296話 キオの目的
「うっぷ……酷い目に遭いました」
キオが口元を押さえてそう言いながらディーンから差し出された水をゆっくりと飲む。あの後本気で吐きそうになったキオに焦ったアルフがディーンに馬車を停めさせたのだ。ディーンはすぐ近くに街があるので呆れ返っていたが吐かれるよりかはマシと判断してすぐに停めたのだ。
「調子に乗るからだ。あんまりふざけてると放り出すぞ?」
「分かりました。流石に放り出されるのは勘弁して欲しいので程々にしますね」
アルフの言葉にキオがそう返して水をゆっくりと飲む。それに対してアルフは何かを言おうとしたがすぐに考え直してやめた。多分言っても変わらないだろうなと思ったのだ。
「そういえばふと思ったのですがこの魔族の女の子……あれ、名前が分かりませんね。今更ですけど不思議な感覚です」
キオがスイを流し見て思わずと言った感じで二度見する。その口調から恐らく見ただけで今までは名前が分かっていたのだろうと理解出来た。
「スイがどうした?」
「あ、いえ、どうしたという訳でも無いんですけど……このスイ?さんの事が良く分からないんですよね。名前も分かりませんでしたし年齢も、魔族である事は分かりましたけどそれ以外のほぼ全てが分からないんです。こんな事今までなかったので気になっただけです。まあ分かっても仕方無いんですけど」
そう言ってキオは本当に気にしていないのか水をゆっくりと飲む。
「あ、お水もう一杯だけ貰っても?」
「魔法も使えないの?」
「ええ、私魔法の類は一つも使えません。むしろ基本的に何も出来ません」
誇る事でも無いのに威張った感じで言うキオにディーンは呆れながらも魔導具で水を入れてあげる。帝都に居た時にあれば便利かなとディーンが個人で買ってあった魔導具だ。
「それで?此処に足止めしたい理由でもあるの?」
魔導具で水を入れながらディーンはキオの耳元でそう囁く。キオは目に見えて身体を強張らせる。アルフ達に聞こえないように薄く魔力の幕を張ってあるのかアルフ達がその言葉を聞いたようには見えない。キオは目の前に居る小さな亜人族の男の子が急激に恐ろしい存在に見えてくる。キオの目は特別で悪意ある存在を見抜く事が出来る。だがその目を持ってしてもディーンが悪意ある存在とは見えないのだ。どこまでも自然体でありそれが逆に恐ろしい。
「な、何のことでしょう」
「あはは、惚けなくていいよ。アルフ兄は人の嘘を見抜くのは得意だけどそれ以外はそこまでなんだよね。だから君には扱いやすかったでしょう?でも僕を騙すにはまだまだ甘いかな?僕はね……そもそも人を信用してないんだ。だから君が僕達を騙そうとしている事にも気付いたよ。ねえ、キオ?君は誰?僕には君がレクトなんていう奴の妹だなんて思えないしあの護衛達が全員人であったようにも思えない。でも今ここで君の喉を裂かないのは悪意があるようにも思えなかったからなんだ。だから教えて?じゃないと……」
「ひっ……」
ディーンはキオに何かしたわけではない。ただ少しだけ手を動かしてキオの喉に近付けただけ。だがそれまでの言葉とあまりに自然な笑顔がキオの心を折った。
「ね?」
「わ、分かりました。おし、教えます」
キオがそう言った後突然に景色が歪む。キオの目は異常を訴えておらず何が起きているか分からないまま景色が戻るとそこはキオがアルフ達の馬車に乗り移った場所だった。間違いなく乗り移ってから移動していた筈なのに実は全く移動していなかったのだと気付いた瞬間キオの背中に怖気が走る。キオの目は幻覚などは効かない。それがキオの中では常識であったしそれは変わる事の無い事実の筈だった。
「目が特殊な能力を持ってる事はわざわざ聞かされたんだ。ならその対策ぐらい立てるだろ?」
アルフがいつの間にか近くに居てそう言う。だがその言葉とは裏腹にアルフの表情は意外にも優しい。
「まあ君が僕達に害を及ぼすどころか助けようとした事は分かったしね」
「どうして……」
「それは俺が言おう。お前さんが見抜いたこのアンデッドさんの能力は遠く離れた場所だろうがあまり関係無く知ることが出来るのさ。いきなりディーン少年にこの先の街を探って来いって蹴り飛ばされた時はビビったけども。この先に魔族が居るんだよな。しかも複数体」
「キオはその目で魔族が居る事が分かってそれが悪意ある存在である事も分かってしまった。だから俺達を止めたんだよな。時間を置けば魔族達が居なくなる可能性があるから」
「だからといって普通に言っても信用されないだろうから適当な言動と適当な嘘を積み重ねて僕達に敢えて信用されないように振舞った。そうしたらこうやって僕達は君を問い詰めるために動いて時間を稼げるしね。今だって怯えた振りをしてるだろう?流石としか言いようがないよ」
ディーンの言葉に全部見抜かれていると分かったのかキオは少し躊躇った後にふうと溜息を吐く。
「降参です。流石ですね。そこまでバレるとは思いませんでした。やはり苦手な演技はするべきでは無かったですね」
「いや?実際アルフ兄は結構騙されてたと思うよ?」
「ディーン……」
「事実でしょ?」
「まあ……そうだけどよ」
アルフが情けなさそうな顔で抗議するがディーンの言葉が本当だったのか何とも言えない表情でしょぼくれる。
「でもね、キオ。僕達はもう逃げないって決めてるんだ。ただの魔族程度に僕達は止まらない。最悪はオルテンシアに全部擦り付けるし」
「ここで私に振るのですか!?」
ディーンの言葉に我関せずの態度を取っていたオルテンシアが驚くが構わずにディーンは言葉を続ける。
「まあとりあえずキオが見たであろう魔族達のこと教えてもらおうかな。対策を立てられるならそれに越したことはないしね」
ディーンはそう言ってその見た目に合った、しかしどことなく歪で恐怖を感じる笑みを浮かべた。
「そっちの方はどうだった?」
「駄目だ。この辺りでそれらしい情報は見付からなかった」
「やはり魔王の情報なんてそう簡単に見付からないか」
「当たり前だろ?何年どころか何百年単位で見付かってないんだぞ?今更探した所ですぐに見付かるかよ」
夜の酒場で男達が声を潜めて話し合う。彼等の姿は人族とあまり変わりはしないがその纏う雰囲気は普通とは思えない雰囲気だった。酒場の店主もそれが分かっているのか出来る限り目を向けないようにしている。
「そもそも見付けた所で俺達にどうにか出来るのか?見付けたと同時に先にやられる未来しか見えないんだが」
「東の魔王エルヴィアは武闘派だからな……恐らく近くに同じ魔王のルーフェも居るだろうからかなり厳しいだろうな」
「四人のうち二人が抵抗すれば誰かは逃げられる……か?」
「誰が抵抗役をやるんだよ。俺は死にたくないぞ」
「その状況次第としか言えんな。先に見付けられたなら全員でバラバラに逃げれば誰かは逃げられる筈だ」
「そうだな。流石に魔王といえども追い掛けるのは一人が限界だろう。形振り構わず逃げればいけるか」
彼等は頼んだ酒を思い思いに呑みつつ時々この店の手伝いなのか小さな子供が一生懸命つまみを持ってくるのを横目にしながら話し合う。
「それよりまだ三人程いた筈だがあいつらはまだ来ないのか?」
「街の端の調査の筈だからな。手間取っているのかもしれん」
「飛べないからなぁ。端まで行けばこっちまで歩くのに時間掛かるか」
「まあすぐに来るだろう。酒でも呑んで待ってればいい」
そうして彼等が酒を呑み始めてから三十分が経過すると一人二人と眠気につられたのかテーブルに突っ伏していく。
「おいおい、酒に弱いのかお前ら……この程度れどうにああるにゃん……ありぇ、りょれつがまわ……」
最後まで呑んでいた男がテーブルに突っ伏すがそこで男は気付いた。先に突っ伏していた男達が全員目を開けて驚愕の表情をしていたことに。
「ようやく動けなくなったね。魔族って本当にしぶといなぁ。まあ気付かれなかったんだから実験としては成功かな?」
男達が自由に動かない身体を何とか動かそうとするが小さな掌で顔を押さえられただけで身動きを取る事すら出来なくなる。それどころか首筋を何かで刺された瞬間身体が勝手に動き出す。
「店主。ここに金は置いていくからな」
男の口が勝手に動き財布から銅貨を適当にテーブルに置く。
「さあ、キリキリ動きなよ」
子供のような声が聞こえたと同時に動かなくなっていた男達の身体は店の外へと出る。そして人気の無い路地裏に入るとまるで糸が切れたように倒れ込む。
「う〜ん、有効時間が短いな。これはあまり使えそうに無いかな?まあ良いか。ねえ、君達?僕の為にモルモットになってくれる?」
最後に男達の目に映ったのは嗜虐的な笑みを浮かべた小さな男の子だった。
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