第188話 未来を見据えて



「じゃ、とりあえず僕帰るね。置いてきぼりにしちゃった子がいるんだ」


勇者はそう言ってさっさと帰る。止める間もない素早い行動だった。まあ止める意味も無いんだが。


「……まあいっか。んじゃスイのところ俺戻っとく」


俺がそう言うと全員が付いてきた。ルゥイは……何で来た?いや別に良いけどよ。


「……アルフ兄」

「どうした?」


ディーンが恐る恐るといった感じで話し掛けてくる。


「アルフ兄なら勇者に勝てる?」

「無理だな。負けもしないだろうけど」


勇者の動きを見させてもらったけど控えめに言ってもやっぱり弱かった。スイの動きの劣化版だ。そしてそれに負けるほど俺は弱くない。だけど勝てもしないだろう。スイの劣化版ってことはあらゆる状況に対応してくるってことだ。俺がもう少し戦いにおける手札があれば倒せる。けどそれまでは決定打が無くて突破出来ない。体力的に長期戦になれば勝てるとは思うけど流石にそれで勝利だとかは言えない。


「まあフェリノとかが居たら普通に勝てる。単純に手数が足りないだけだからな。俺にもっと手札があればいけるんだけど難しいな」


俺の冷静な言葉にディーンが落ち着いた。ディーンは人の実力を見極めるのが地味に苦手だからな。いやこればっかりはセンスの問題だから仕方ないんだけど。ディーンに足りないのは単純に経験不足だ。実力者を見ていけば自ずと身に付くとは思う。


「アルフ兄がギリギリで倒せるのはどの辺り?」

「あー、そうだな。ただのSランク冒険者なら倒せると思う。ガリアさんみたいな殆ど人災みたいな存在はまだ無理だな。条件次第だがルゥイには勝てる。序盤で一気に攻め崩すのが難しいけど出来たら倒せるな。出来なきゃ倒されるけど」

「……僕は?」

「ディーンが倒せる範囲か……Aランクだな。それもギリギリだ。不意を付いて尚且つ毒とかで体力を削ったら位だ」


俺の正直な感想にディーンは少し項垂れる。だがすぐに顔を上げるとその瞳には闘志が見えた。まあこの程度でディーンが折れるわけないよな。


「分かった。ありがとう。頑張るよ」


そう言ったディーンの表情にもう迷いはなかった。だから俺はディーンの頭に手を乗せる。


「早く上がってこい。一緒にスイの隣に立とうぜ?」

「当然。アルフ兄はスイ姉の隣に席をしっかり作っておいてよ。すぐに座りに行くからさ」

「おう」


二人してにやりと笑う。


「まずはスイにお互い追い付かなきゃならねえけどな」

「遠くて険しくて……本当酷い山だよ」


ディーンの喩えに思わず苦笑する。なるほど確かに巨大で険しい山だ。普通の感性を持ってたら登攀を諦めるレベルだろう。まあその程度で諦めていたら何かを成すことなんて出来やしないんだろうけど。お互いに少し笑いながらスイの待つ寮に戻った。さてスイは暫く出ないみたいだし鍛練でもまたするかな。



「……あっははは!」


離れてから暫くして不意に零れた笑みについ笑ってしまう。寮が近いからかそれほど人がいなくて良かったと思う。


「あはははは!何だよ……僕なんてまだまだじゃないか。いやいや弱い事はつい最近自覚したけどさぁ。まさか亜人族にすら負けるとか論外じゃん?」


言葉とは裏腹に顔が歪み笑みの形を浮かべる。


「何が三年じゃそんなに強くならないだ。ばっかじゃないの!だったらもっと命を賭けろよ!死ぬ気でやれ!いや死んでもやれ!そんなのじゃあの子に会うなんてまだまだ先に決まってるだろうが!!」


苛立たしげに地面を踏み締める。


「弱いなら強くなれ!それでも弱いなら死ね!その上で這いずり回って無様でも這い上がって見せろ!死が終わりだとか馬鹿じゃないのか!死こそ始まりだろうが!僕は死んでここにいるんだろうが!」


暴れ回る。笑みを浮かべたまま馬鹿げたまでの力を振り回す。それでも建物への被害だけは避けている辺り理性だけは残っているようだ。


「……そうだよ。ヴェルデニアを殺すと決めたのは僕だ。なら本気で死ぬ気でやれ。誰が相手だろうと殺し尽くすだけの力を得ろ。そうして初めて僕は彼女の隣に立つ権利を得るんだ」


深呼吸をする。そしてめくれ上がっていたフードを深く被り直すと置いてきぼりにしたアーシュ達の元へと戻る。きっと今頃大騒ぎしているはずだろう。早めに戻ってあげないと面倒かもしれない。


「……ふふ、三年かぁ。どこまで出来るかなぁ」


狂気に彩られたその笑みは暗い闇色の衣に隠されて誰にも見られることは無かった。


「勇者様!一体どこに行かれていたのですか!?」


戻ってきた僕にアーシュが声を掛ける。どうやら人混みを無理矢理掻き分ける訳にもいかず追うことすら出来なかったようだ。ここが剣国なら幾らでも追い掛けられたのだろうがここはあくまでも帝国だ。そこで騒ぎを起こし万が一にも怪我でもさせようものなら外交問題に発展しかねない。いきなり飛び出した僕のためにそこまでの危険は冒しづらいだろう。

まあ危険があまりないと思うから無理に追い掛けたりしなかったのだろう。残念な事に剣聖の話だとここを偽魔族とかいうのが襲っているらしいので危険はあるみたいだが。


「アーシュ」


僕の声にアーシュが止まる。何かを感じたのか僕の方を見て少し怯えた表情を見せる。


「剣国に戻ろうか。まあ戻らないなら僕一人で戻るけどさ」


鍛練程度で僕があのレベルに到達するのは難しいだろう。ならば実戦しかない。強くなり続ければ良い。魔族とは素因と呼ばれる物を取り込む事で強くなる。ならば神使とかいう良く分からない素因を持つ僕も強くなれなければおかしい。多分。知らないけどいけるだろう。

だけど素因なんてそうそう簡単には見付からない。だが持ってる者は分かる。魔族だ。今まで倒した魔族の身体からはそんな物を取り出した記憶はない。というか魔族は死んだら身体が光になって弾けてしまうのでそんな事出来ない。けれど取り出す方法は分かる。魔力で掴み出す形だ。なら生きている最中に掴み出せばいけるのではないか?

それが成功しなくても別に構わない。魔族は死んだら光になるがそうなるまでにある程度のタイムラグがある。殆ど一瞬で弾けるのもあれば数分残ってから弾けるのがある。あれはもしかしたら素因にどれだけの傷が付いているかの差ではないだろうか。

つまり弾ける魔族は素因が傷付いていて大したものは取れない。それでもそれは素因だ。強くなれるものであることは間違いない。ただ人に適応するかは分からない。だけど死ぬ気でやると決めたのだ。それで死ねば最悪だが死ななければ良い。まさか素因を取り込んだだけでいきなり死ぬ事もあるまい。


「あの、勇者様?どうしていきなりお戻りに?いえ別に悪いわけではありませんが」

「強くなるためだよ。それ以外に理由が必要?」


ああ、そうだ。強めの魔族の相手は全て僕にやらせてもらおう。強い魔族は素因も強い筈。それらを取り込めたら僕は今より間違いなく強くなる。

アーシュは良く分からないといった表情をしていたがすぐに兵士達に知らせる。アイリスが何かしたのかどうやら晃さんにも教えたみたいだ。


「えっと、ではいつ頃お戻りになりますか?」

「今だよ」

「へ?」

「今すぐは……物資的に無理か。じゃあ今日の夜に」


それだけを言うと僕はさっさと歩き出す。後ろからアーシュが慌てて追い掛けてくる。さてと、どうやって強めの魔族の相手を任せてもらおうかなあ。その時一人の少女が前を走っていった。バスケットを持っていて中には美味しそうなパンが入っていた。ふむ、説得材料として何か提示出来たらいけるかな?

その少女はにこにこ笑顔で僕らが来た道を走っていく。その足取りは軽く未来が明るいものだと思っているようだ。うん、どうでもいいかもしれないけれどあの少女の未来を暗くさせないために動いてみるとしよう。ふふ、少しは勇者らしくしてみようか。

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