第110話 スイの居ぬ間に
「ウホッホォー(行ったわね)」
「ウホッホッウホ(うん。アルフェちゃん)」
「ぐぅっ!何なのだ!何故こんなことに!」
私達の目の前にいる男はそう叫びながらも私達に攻撃を加えてくる。私はそれを密かな自慢の腕を覆う白毛で流して防ぐ。ルメちゃんも綺麗な脚の緑毛で地面に流している。
私達ホルツァの一族は全員特殊な体毛を持つ。それは私達の長となった魔族の少女スイも知らない。私達はその特殊な体毛のせいで群れから追い出された逸れ者なのだ。それをあの少女は快く受け入れてくれた(若干事実とは異なります)。そんな少女が私達にこの場を任せてくれたのだ(事実とはry)。ならばその期待に応えなければ女が廃るってものよ(そこまでは期待してry)。
私の白毛はありとあらゆる魔術的攻撃を蓄える性質を持つ。攻撃は基本的に流す群れの皆からすれば異端でしかなかった。それを知っていた訳ではないだろうけどあの少女は私に物凄い量の魔力を渡してくれた。おかげで私はホルツァの一族の中では強大な魔力を扱うことが可能になった。出来れば初めての魔法はあの少女に見て欲しかったかななんて考えながら私は魔法を唱えた。
「ウホッーウホッウウッホォーホォー!(顕れよ!根源たる魔!
私の唱えた魔法は狭い室内で凄まじい威力を誇った。私を中心に広がる強力無比なその風の無数の一撃は男達の鎧を凹ませ剣を砕き無数の切り傷を与えた。あっ、ちゃんとルメちゃんや後ろの女、あの人質らしい男には当てないように加減したわよ?
「ヴェルジャルヌガが…魔法を撃つだと!?」
でも手加減したせいかあまり致命傷にはなってはなさそう。まあ私達に任されたのは殺害ではない。無力化するのならばやはりこの程度で良かったのだろう。そしてルメちゃんの緑毛の性質が発動した。ルメちゃんのは
「ウウホッーウホホッ(これ硬くなるからあんまり好きじゃないんだよねー)」
分かる。私達にとって滑らかな毛というのは存在意義と呼んでも過言ではない。それを自ら硬くするのだ。嫌な能力ではあるだろう。けれど今この場においては有用な能力である。
「ウホッウッホー(でも私じゃ無力化出来ないもん)」
「ウホウホウホホーホォー(分かってるよ。言ってみただけ)」
「くそっ、何か喋ってるのがここまで腹が立つとは思わなかった!」
男が何か言ってるけれど無視した。
「ウッウッウッホーホー(でも出来たら二人も出して欲しいよね)」
「ウホッ?(呼びかけてみる?)」
私は胸に手を当てると恥ずかしいけど呼びかけてみた。
どんどんどんドンドンドンドンドドドドドドドドン。
「ウホホホホホホーー!(おーい皆ー!)」
私の呼びかけが聞こえたのか何処からともなく二人がやってきた。ちなみにその時呼んでいないのに出て来て勝手に何処かに向かっていった二匹を見てスイはかなり驚き走っている最中に思わずこけそうになっていた。
「ウホッウホホッホッ?(どうしたのかしら?)」
「ウホッ(はーい)」
「ウホッホホッホホッホッ(良かった。来てくれたんだね。シニャちゃんユユちゃんありがと)」
私がお礼を言うとシニャちゃんは照れ臭そうに髪の毛を弄る。美しい深紅の毛はいつ見ても惚れ惚れする。対してユユちゃんはにこにこしながらも周りをしっかり見ている。どういう状況かを言わなくてもしっかり理解してくれるから流石だと思う。ユユちゃんの毛は他の群れの毛と同じ茶色だけど怒ったら色が蒼銀に変わる。神秘的で厳かな感じだ。
「増えた…だと?ヴェルジャルヌガはこうやって増えるのか?」
「ウホホホッ!(そんな訳ないでしょ!)」
あっ、思わず突っ込んじゃった。しかしそれを見て男達は顔を強張らせる。
「まさか…言葉を理解しているというのか…」
「ウホッホホッホッ(当然ですわ。馬鹿にしないで欲しいですわね)」
「ウホーホッウホホッホ!(そうだよ!暫く分からなかったアルフェちゃんならまだしも)」
「ウーホー?(ルメちゃん?)」
良いでしょ!勉強は苦手なのよ!
「ウホッホホウホッ(や、やだなー。冗談だよー)」
私はルメちゃんの背後に回ると胸を掴んだ。くっ!このずっしり重い重厚感が腹が立つ!
「ウホホッホー(やん!やめてー)」
「ウホッウホッウホホッホー!(こんな、こんな胸なんてーもげちゃえば良いんだー!)」
「何だ…一体何が起きているのだ…理解出来ん」
男は困惑した様子で私達を見ている。まあとりあえず陽動は完璧に行けたかな。その瞬間人質の男の背後にシニャちゃんが現れて兵士をベシッと叩くと人質の男を捕まえて私達の元に戻ってきた。
「ウホッウホホ!(流石シニャちゃん!)」
「ウホッホホッ……ウホッホホッホホホ?(私に掛かれば当然ですわ……ですのでもっと褒めても宜しくてよ?)」
「ウホッウホホ!ウホホッホ!(流石!可愛い!綺麗!キャー!)」
「ウホッーホッホー(何だか逆に馬鹿にされてる感じがしますわね)」
してないよ!?普通に褒めただけなのに!!
「ウホッホ(これがアルフェちゃんだから)」
「ウホーホーホー(あぁ、アルフェちゃんバカワイイ)」
バカワイイって何!?それ普通に馬鹿にしてない!?後私だからってどういうことよルメちゃん!
「いつの間に殿下を回収して……ふ、ふふっ、ならば仕方あるまい。完全に取り返しが付かなくなる前に殿下には消えて貰わねば……」
男がボソボソ何かを言っている。私達そこまで耳が良くないから何言ってるかまでは分からない。けれど何か嫌な予感がした。
「ウホホホッ!(止めないと!)」
私が駆け出すとシニャちゃんを除いて二人が一緒に付いてくる。シニャちゃんは人質の男と後ろの女を守らないといけないからね。男は何か不気味な印象を与える丸い何かを取り出してそれを砕こうとする。
「ウホッ!(間に合わない!)」
砕かれる寸前私達は咄嗟に防御体勢を取った。身体を丸めて毛で覆われていない場所を完全に閉じる状態だ。
「あはははっ!壊れろぉ!」
バキンと言う音と共に黒い奔流が溢れ出す。あれは危ない。触れてはいけないものだ。私達は体勢を戻すとすぐに背後に下がった。いや下がろうとした。すると私達の目の前で空間が裂けた。
ビシッという音が響き渡り前脚が出てくる。それは巨大だった。それは三つの頭を持っていた。それは私達の先輩に当たる。それは少女の持つ最高戦力だった。
名をケルベロス。地獄の番犬として、いや少女を守る最後の番犬としてこの世に誕生した存在だ。それが空間を割いて現れた。そしてその三つの首は状況を一瞬で理解すると右の首がその黒い奔流を飲み込んだ。それを持っていた男ごと。
「グルゥ」
低い唸り声は私達を責める声だ。どうして止めなかったと。何故その前に終わらせてしまわなかったのかと。ケルベロス先輩は一から魔族の少女スイによって作られた存在だ。その考え方はスイと何ら変わらない。いやより凶暴性が増している。ならばこれはあの少女の説教と変わらない。私達四人は俯くことしか出来なかった。
私達は強くなった。そのせいで危機感が足りなかったと言わざるを得ない。この程度の人族に何かされることはないと。けれど時としてとんでもないことをしでかすのが人族というものだ。それを知っていたのに驕ってしまった。これは怒られても仕方ない事だ。
「グルゥ……ワン!」
私達が本気で反省していると分かったのかケルベロス先輩は左の前脚の意外に柔らかい肉球でぽんぽんと私達の頭を撫でた。その瞳は柔らかで仕方ないなぁと言わんばかりに優しかった。私達はその瞳に思わず泣いてしまった。これからはもっと真面目にやっていこうと改めて思った。
つきましてはケルベロス先輩お腹大丈夫ですか?
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