第109話 思った方向じゃない解決



スイが壁を壊した時背後から騎士が一斉に斬りかかってくる。どうやら壁の奥で会話は聞こえていたようだ。スイはそれを一切見ずに魔力で身体を強化するだけで受け切った。躱すでもなく弾くでもなく身体で受けたのだ。しかしスイの膨大な魔力による強化は熟達している筈の騎士の一撃を完全に受け付けなかった。


「死ぬ覚悟はあったみたいだし今ここで全員殺すのも別に良いけどね?私からしたらその棺の中にいる子供を返してもらえたらクドって人が死のうがはっきり言ってどうでも良いんだよ。エルン国の運命なんて知ったことではないし誰かが誰かを理由あって殺すことを私は否定しない。けれどそれによって私の知る人が巻き込まれることだけは許容しない。だからその子供を返してくれないかな?」


スイは最後通牒としてそう言った。これは本心だ。クドに対しては大して良い感情を抱いているわけではないし自分の知らないところで死のうがどうでも良いと思っている。エルン国に至ってはそもそも存在さえまともに知らない。殺そうとする事を否定しないのはスイの旅もまた誰かを、そしてそれに付き従う者達の殺害が目的だからだ。


「我等の目的を知られた時点で貴様も逃がせぬ。恨みはないが死んでくれ」


騎士の中でもそれなりに高齢らしい男性がそう言う。騎士は全員フルプレートメイルで顔が隠れているためあくまで想像だが。しかしその言葉通り逃がす気はないようで出入り口を塞いでいる。

今更だがスイが壊した壁は魔法で作られた岩壁だったらしく一つの部屋を二つに分けていたようだ。通りで部屋が貴族専用にもかかわらず小さいと思ったのだ。しかし岩壁が無くなったとしても兵士三人、騎士五人、魔導師一人にスイとクドと十一人も居るとかなり狭く感じる。


「はぁ、そこのクドって人はもう捕まえてるんだし殺してしまえば終わりなのに」


スイがそう言っても騎士達は全く動かない。まあ事情を知られた時点で誰かに私が言えば困るからだろうがスイにそんなことを吹聴する理由がまるでない。面倒に思ったスイは無造作に棺に向かって歩き出す。


「止めろ!」


騎士達が斬りかかってくるがスイの魔力を突破できない。そのままスイが棺の近くまでやってくる。魔導師の女性は術に集中しているせいか近付いても反応をしない。スイは棺に触れようとして弾かれる。どうやら魔力阻害の術式はスイ達魔族を弾く効果すらあるようだ。しかしこれでは助けられない。

仕方ないのでスイはその女性の背後に回りくるっと女性の身体を反転させると絶妙な加減で服をはだけさせた。まだ反応はしない。というより気付けない状態なのかもしれない。ちなみに気絶させないのはこの術式が殆ど半自動だからだ。気絶したところで解けないのならば起きている内に動揺させて術式をほどかせるしかない。

服をはだけさせた事によって騎士達の動きが止まる。意外に初心な人間が多いのかもしれない。女性は魔導師のローブを被っているので顔はあまり見えない。スイはそのフード部分を取り払った。中から出てきたのはかなりの美人だ。まだあどけなさは若干残っているので大人と少女の丁度境目辺りで元気な感じと少し妖艶さが混じった女性でさえも見惚れてしまいかねない美貌の持ち主だ。ちなみにスイも綺麗だとは思ったがそれだけである。似たような美貌を持つスイからしたらそこまでだったということだ。

そんな女性、少女?が服をはだけさせている。ローブで全体が見えるわけではないが下に見える乱れた服装が逆に想像を掻き立てるのだろう。騎士達や兵士達もあまり動けないようだ。まあ人質に近い形になっているのだから手が出せないだけかもしれないが。

スイはあえてローブを外さずに背後から服を切ってゆっくりと下ろしていく。若干身体が震えたのでもしかしたら気付き始めたのかもしれない。ファサっという音と共に服が完全に落ちローブのみを着ている状態となる。スイは次にそっと下に手を伸ばした。身体がプルプル震えているが術式を乱しはしない。かなり優秀な魔導師なのだろう。もしかしたら怒りで身体を震わせているのかもしれない。

身体を身動ぎさせてスイの手から離れようとしたがスイがお尻をピシッと叩くとビクンと反応した。叩く際に魔力を送り込んだので魔族だと分かったのかもしれない。身体を震わせながらも何もしなくなったのですっと下に手を掛けゆっくりと下ろす。一気に下ろした方が動揺は強いかもしれないがもしも慣れられて何をしても反応しなくなれば最終的に殺して術式毎棺を吹き飛ばさなくてはならなくなる。流石にそこまですると棺の中に居る子供は跡形もなくなるだろう。

あえて下着をローブから隠れる位置で足にかけた状態で放置する。顔は完全に真っ赤だ。流石にここまでされたら状況は理解出来るのだろう。騎士達は動かないが若干息が荒くなり兵士の一人は少し身動ぎしている。何がどうなったかは想像しない。


「早く解かないともっと酷い事になるよ…?」


耳元で小さく囁く。鼓膜を震わせる囁き声に女性は目を開ける。その状態でも術式は解かない。


「な、何をするつもり?」


あれ?何かおかしい。この魔導師の女性から感じられるのは羞恥とそこにほぼ同量の、いやそれ以上の期待感がある。失敗したかもしれない。いやそれならそれでやりようはある。


「何をされたい…?」


ふふっと小さく笑いながら背後から抱き締めてそう言う。先に言っておくがスイはノーマルである。そんなスイに抱き締められながら息を荒げさせる女性。そんな女性にスイは更に囁く。


「今解いてくれたらもっと…素敵なことしてあげる」


その言葉と共にスイは淫情ヒグネシアと呼ばれる魔法を発動させる。その言葉通りただ欲望に素直にさせる魔法だ。どうしてこんな魔法があるかは知らないが今は有難い。


「…い、解除イプレス


恐らくキーワードという穴を敢えて作ることで強靭な術式を作り上げていたのだろう。女性が力ある言葉を言うと棺の扉が勝手に押し開かれていく。

ここに来てようやく騎士達が正気に戻り斬りかかってくる。スイはそれを眷属化したヴェルジャルヌガもといゴリラ一族の女性陣、キューティクルゴリラのアルフェちゃんとルメちゃんを呼び出した。二人は仲良しで連携を取りやすいのだ。突如として出て来た二体に騎士達の剣が滑って床を叩く。


「ウホーウホッ!(いきなり切りつけるなんて!)」

「ウホッウホッウホッ!(アルフェちゃんに何するの!怒るよ!)」


ちなみに何故か眷属化した弊害なのか言葉が何となく理解出来てしまった。名前も元からそう呼ばれていたらしい。アルフェとルメって何故普通の女性のような名前なのか非常に気になるが敢えて無視している。ちなみにうさちゃんは名前が無かったのでこれまで通りうさちゃんと呼ぶことにしよう。きっとこのゴリラ達がおかしいだけだ。


「ど、どこから出て来た!?」


クドが凄い驚いている。まあ戦えないのはこの中でクドだけなので仕方ないかもしれない。いや今目の前で潤んだ表情でこちらを見る魔導師の女性も戦えないかもしれない。


「ん、一緒に付いてくる?そしたらもっと凄いことしてあげる。でも私にそっちの趣味は無いから期待はしないでね?」


女性にそう言うとはいと潤んだ表情が一切変わらぬまま答えられた。この女性大丈夫だろうか。


「わ、私の名前はリーシャといいます。あっ、でも名前で呼ばなくても豚と…」

「リーシャ、とりあえず今は黙っておいて」


何故名前で呼んだのに不満そうなのか。とにかく今は棺の中から出てきた小さな少年を見る。内包する魔力は流石ヒヒの子供といったところか。かなりのものだ。しかし身体があまり鍛えられているようには見えない。恐らくまだ修行もしていないぐらいの年齢なのではないだろうか。


「起きた?」

『うん?ここはどこ?』

「ここは人族の街だよ。貴方は拐われてきちゃったの。今からお父さんの所に戻ろう?お父さん心配して近くまでやって来ているから」


そう言うと素直に頷く少年。やはりまだ鬼としての教育は受けていないのだろう。鬼ならばここで『あ?』とか返してきてもおかしくない。というか返してくるだろう。素直過ぎて本当にあのヒヒの子供か疑うレベルだ。


『この人達は?』

「貴方を拐った人達だと思うけど私がお仕置きしておくから早く戻ろう。お父さんこのままじゃ怒ってこの街に突貫して来かねないから」


その言葉の意味が分かったのか頷く少年。


『お姉ちゃんは誰なの?』


少し答えに迷ったが街の中を疾走したり鬼達に突撃して行ったりと今更過ぎるので正直に言うことにした。少なくとも街の住人はスイが普通の人族だとは思っていないだろう。


「魔族だよ。お父さんに聞いたことない?魔王ウラノリア。その娘だよ。北の魔王ウルドゥアでも良いかな」

『聞いたことある。凄く可愛いんだね!』


素直な賞賛にスイは少し照れながらもありがとうと言う。そして少年の手を取るとお姫様抱っこの様な形にする。おんぶでも良かったのだが幼くとも鬼だからかスイよりは身体が大きかったのでこの形になった。


「じゃあ早く帰ろうか。ヒヒに怒られたくないし」

『うん。じゃあね誘拐犯達。次からはこんなことしちゃ駄目だよ』


本当に鬼なのか疑問に思うレベルである。

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