第108話 大暴走を止めよう



スイは一目散に鬼達の間を駆け戻っていく。ヒヒが何かしたのか鬼達は遠巻きにスイを見るだけで近付いて来る様子は無い。そのまま詰所までやって来ると門が開けられるのを待たずに全力のジャンプで詰所を飛び越えた。軽く十メートルはある詰所をただのジャンプで飛び越えたスイを唖然とした表情で見る兵士を尻目に街の中へと入る。

場所は先程から反応している中心部だ。しかし入り組んだ街が行きづらくしているのでここでもスイはジャンプをして屋根の上に飛び乗ると最短距離で真っ直ぐ突き進んで行く。

オルディンはノスタークと比べたら小さいがそれでもかなり広い。中心部に到達するだけで十五分は掛かるだろう。行きと帰りだけで三十分、確保に使える時間は余裕を見て二十分といったところか。しかも死んでいたらこれは全く意味が無い。ヒヒは手当たり次第に暴れまわることだろう。

万が一その事態になったとしてもまだ理性ある凶獣となって日が浅いーーと言ってもスイが知っているということは千年以上生きているがーーヒヒならばスイが殺せる。

しかしほぼ全魔力を使いようやく殺せると言った程度には強いのでそれまでにどれだけの被害が発生するか想像もしたくない。それに鬼達の処理も必要になる。この世界にSランクの魔物達が率いる大暴走を被害なく抑えられる人族や亜人族がいるとはあまり思えない。

ならば穏便に帰ってもらうのが一番良い選択の筈だ。子供が傷付けられたらそれだけでご破算になってしまいそうなのが怖いのだが。スイは一抹の不安を抱えながら中心部へと急いで向かった。



オルディンの街の中心部には砦が存在している。これはオルディンが元々街などではなく隣国を警戒するための砦だったからだ。魔物に対しての警戒ではなく隣国が攻めてこないかを警戒するための砦というだけで人族の欲が感じられる。

そのため門に向かって砦が向いているのではなく横向きになっているので門側から見たら縦に細長い不思議な建物に見える。街は国境方面に向かわないように広がっているのだ。これはおそらく万が一責められたら住人が被害に遭うからだろう。多少は国境側に広がっているのだが。つまり地図上で見れば砦がオルディンという街の中心部にありそこから国境方面に向かわぬように街が左右へと広がったのだ。かなり平べったい形である。

その横向き砦の中に反応がある。スイはそれを確認すると静止しようとする兵士に頭を下げながらも無理矢理押し入る。中はかなり入り組んではいるが場所は分かっているので適当に突き進んでいく。すると徐々に人が多くなってきた。中には怯えた様子の住人が居た。雰囲気的に魔物にかなりの恐怖心を抱いているようだ。恐らく魔物に恐怖を抱いている住人を砦の中に入れることで安心させるのだろう。

人混みを鬱陶しく思いながらも目的の方向へと向かうと突然反応が途切れた。それに対しスイは顔を蒼褪めさせて全力で人が吹き飛ぶのも厭わずに進む。兵士に身体を掴まれたがそのまま無理矢理進むと一つの部屋に辿り着いた。兵士達に身体を掴まれながら荒くなる息を整えると扉に手を掛ける。


「止まりなさい!そこは貴族の方の部屋だ!」

「くっそ!何でこの子こんな力強いんだ!」

「こんなに身体柔らかいのに……」


ちなみに最後の台詞は女性兵士のである。男性であればスイは迷わず足を踏み砕いていた。

扉を押し開くと中に居たのは門前で会ったあの隣国の貴族であった。


「何だ…?」


未だ良く分かっていない様子の貴族にスイは近寄る。


「子供は何処?早く答えて」

「子供?何の話だ。それより貴様あの時の女だな。私に恥を掛けた罰を与えてやろうか」

「良いから答えなさい!死にたくないのならば!」

「だから何の話かと聞いているだろうが!子供など知らん!私には息子も娘もいないわ!」

「鬼の子供!凶獣ラグランドオーガ、ヒヒの子供!鬼哭の谷から盗んできた子供!」

「鬼谷の谷?何処だそこは。それに先程から言っているだろう!子供など知らぬと!確かに私は他者から見て傲慢に見えると自覚しているが罪を犯すことだけは決してせぬ!ましてや子供の誘拐だと!私を馬鹿にするな!それに凶獣の子供だと?自慢じゃないが私はそこまで強くない。そもそも近寄れぬわ!」


そう言い放つ貴族の男性にスイは戸惑う。スイからして嘘を付いているように見えなかったのだ。


「どういうこと?確かに反応はこの部屋からだったのに」

「ふむ?良く分からんが貴様は勘違いしたということで良いのか?ならば後で良い。ヴェルジャルヌガとジュエルタートルを献上すると良い。そうすれば我がエルン国でそれなりの待遇を約束してやろう」

「今はその話は後で。ヒヒの子供が見付からなかったらこの街どころかセイリオスの街が殆ど壊滅状態になりかねない。エルン国は良く知らないけど近くなら巻き添えを食らう」


そう言ったスイにふむと貴族の男性は頷くとスイに首に下げていたペンダントを渡す。


「何?」

「それは私が作った魔導具だ。その時必要なものを指し示してくれる。子供を探すならば場所を教えてくれることだろう。残念なことに本人が使わなければいけないが」

「魔導具技師なの?」

「ただの趣味だ」


少し得意気にしながらも照れているのか頬を掻く男性。スイはそれを横目にそのペンダントに魔力を込める。ペンダントは一瞬迷うようにふらつきながらもしっかりと部屋の奥を示す。しかしそこにあるのはただの壁だ。


「どういうこと?」

「奥に部屋があるか壁に居るのではないか?」


スイは近寄り壁に手を当てる。それを見て兵士達が突然剣を抜き貴族の男性の首に突き付ける。男女二人の兵士がスイに斬りかかって来たのでスイをそれを下がろうとして壁にぶつかり肩から裂かれてしまう。スイにここまで小さな部屋内での立ち回りなどしたことが無いので避けきれなかったのだ。


「……っ!」

「貴様等どういうつもりだ!」

「申し訳ありません。殿下。貴方にはここで亡くなって頂きたいのですよ」

「殿下?」


スイが貴族の男性を見ながら呟くと男性ははぁっと溜息を吐くと頷いた。商人のおじいさんは子爵の息子と言っていたが嘘だったのだろうか。いや恐らくその身分も持っているというのが正しいかもしれない。王が複数の身分を持つというのも確かあり得たはずだ。


「そうだ。私はエルン国の王位継承権第一位…」

「そんなのどうでも良い。その殿下とやらを殺す為にこの街を犠牲にしようとしたの?」

「そんなの……」


スイの言葉を聞いた殿下とやらが凹んでいるが兵士達は頷く。


「その通りだ。私達はヒナ様に王となって頂くのだ。その為にはクド様には亡くなってもらわねばならぬ」

「なるほど、貴様等ヒナの信者であったか。であればこれは貴様等の独断行動か。何と浅はかな。ヒナがそれを喜ぶわけもないと分かっているであろうに」

「黙れ!貴様の様な者が王となれば我がエルン国は滅亡の一途を辿ることだろう。であれば我等はそれを止めるのみ。その為ならばどれ程の汚名であろうが被ってくれる!」


スイはそれをつまらなさそうに見る。そして暫く動かなかったことで傷が癒えたので立ち上がると振り向きざまに壁を殴り付ける。脆いわけでは無かったはずだがスイの膂力から放たれたその一撃は壁を倒壊させるだけの威力ではあったようで崩れ去る。


「つまりそのクドって人を殺す為にわざわざ大暴走の原因を作って街ごと証拠を消そうと思ったわけだ。下らない。死にたいなら自分達だけで死ねば良い」


壁の奥には何やら棺のようなものがある。その棺に魔力阻害の術式が組まれているのでこのせいで死んだと勘違いしたのだろう。中には術者らしい女性の魔導師と剣を持った騎士らしき男性が五人居た。


「とりあえずやってはいけないことをしたのだから覚悟は出来てるよね?」


そう言ったスイの表情は何処までも無表情で淡々としていた。

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