第111話 良かったこと、悪いこと



何故か勝手にキューティクルゴリラ達が出たのが分かったのでもしかしたら二体じゃ危ないのかなと思ってケルベロスに向かうように伝えたらケルベロスが変な空間みたいなのに入って消えた。あんなこと出来るとは知らなかった。

創命魔法はあくまで適当なイメージで作るので何が出来るかは分からないのだ。勿論これが出来る、あれが出来ると考えながら作ればその通りの能力を持った生命が誕生するがその代わり何かしらの能力値が低くなる。

まあ良く分からない能力を使ってケルベロスが消えたので転移とかその辺りの能力なのだろう。気にしないでおこう。とりあえず私はヒヒの子供を急いで連れ帰ることにしよう。

砦の中を全速力で駆け抜け街の中の屋根を飛び交い詰所の上に乗ろうとした所で警戒態勢の兵士達に剣を向けられて足を止めざるを得なくなった。いや無理矢理突破するだけなら簡単だ。ただその過程で兵士は間違いなく死ぬし子供も傷付くかもしれない。それは避けたい。


「退いて。死にたくなければ」

「……その前に訊かせてくれ。君は誰で何のために行動する?」


他の兵士より少しだけ豪華な装備を持った男性が訊いてくる。それに対してスイは何の気負いもなく躊躇いもなく答えた。


「魔族で守る為」


そう答えるとスイは子供をしっかり抱き締めると飛び上がる。その瞬間ティルを広げる。まるで悪魔のような姿でありながらその白い髪と美しい翠の瞳が天使を思わせる。錯覚であると分かっていても兵士達は飛び去っていったスイを武器を下ろしただ見上げていた。

スイはスイで少し恥ずかしく思っていた。その理由は今現在自分の背中ではためくティルの存在をグライス経由で教えられたからだ。ティル使えばそのまま越えられたんじゃない?と言われて忘れていた事を恥ずかしく思った。ティルで飛ぶ事が出来るのは知っていたのにあまりに使わなさすぎてぼんやりとしか覚えていなかったのだ。そのまま飛び続け鬼達の中心部に降り立つ。その瞬間にヒヒがやって来た。


『おお!ラグ!大丈夫だったか?怪我はないか?』

『大丈夫だよお父さん。お姉ちゃんが助けてくれたからね』

『そのようだな。助かった。感謝するぞ』

「ん、今度からはもっとラグ君の事見てあげてね」

『言われずとももう二度と目を離さぬ。この恩は忘れぬ。力が欲しくなれば呼べ。俺様とこいつらで乗り込んでやる』


ヒヒはそう言うと鬼らしい豪快な笑顔で笑う。人によっては食われると思いかねない笑顔だが満面の笑顔であることを知っているスイはにこっと微笑みで返した。


『お姉ちゃん、これは僕からのお礼だよ。受け取って!』


そう言ってラグ君が渡したのは元素因アニマスと呼ばれる素因だ。まだ性質を確定させていない素因で他の素因とくっつけることでその素因にすることが出来るというものだ。これは自然には出来ずヒヒ達のような知性ある魔物のみが作ることが出来る。基本的にそれが出来るのは凶獣なので手に入る事はそう無い。ラグ君は幼い頃から知性を獲得している珍しい魔物なので作れたのだろう。


「本当に良いの?これってラグ君を強くする為に持っていた物じゃ?」

『本来なら許さぬが今回は特別だ。ラグの気が変わらぬうちに受け取れ。そしてそれですべき事をせよ』


ヒヒからの許可も貰ったので有難く受け取ることにする。ちなみに複数の素因を持つスイのような魔族がそれを持っているとどの素因の影響を受けるかは分からない。なのですぐには確定しない。指輪の中に入れておく事にした。不安定な素因は身体の中に入れれば体調を崩しかねないのだ。


「ありがとう。しっかり活用するよ」

『うん。お姉ちゃん頑張ってね』

『俺様達は戻ろう。ここで人族を目の前にし続けるとこいつらが暴走しかねんからな。ではな』


あまりにあっさりとヒヒ達は下がっていきそれを見た鬼達も不満もなく歩き出す。それを最後まで見たスイはふぅっと息を吐くと緊張で身体が強張っていたのが力が抜けたのか地面に座り込む。

背後の方でウォォォォーとはしゃぐ兵士達の声が聞こえるが振り向く気力もない。暫くスイは動けなかった。

暫くしてから詰所に戻ってきたスイが見たのはキューティクルゴリラ達四体とケルベロスが粛々と兵士達に誘導されている姿だ。その後ろにはクド達も居る。これはどういうことなのだろうか。


「うん?あぁ!君がこの魔物達の飼い主かい?状況を説明してくれないか?私が来た時には何故か砦の中に魔物が居るわその魔物達が貴族とその兵士達を捕まえているわで意味が分からないんだよ」


そう話し掛けてきたのは何処か見覚えがある兵士だ。スイはそれを見て嫌な予感を感じすぐに背後に飛び下がるがその瞬間背後からやって来た小柄な影に体当たりされてそのまま転がされて上に乗られる。


「ちぇっ、それなりに頑張って演技したんだけどバレたのか。流石としか言えないな」


兵士がぼやけて姿が変わっていく。キューティクルゴリラ達も消えたり別の姿に変わっていく。そしてその姿にスイは目を見張った。


「丹戸……さん」

「久しぶりだね。スイちゃん」


そこに居たのはかつて会った異世界の勇者であった。



「私を捕らえてどうするつもり?」

「ん〜、正直そこまでは決めていなかった。ぶっちゃけた話君が街を滅ぼしたのは何か理由があってのことなんだろうし頭ごなしに否定するのもどうかとは思う。けれどやっぱり俺は言わないといけないと思うんだ。スイちゃん、どうして人を殺せる?」


その瞳は嘘は許さないと誤魔化しも効かないだろう。しかしスイはそれに対して躊躇わない。


「悪だから。この世には存在して良い悪と存在してはいけない悪がある。私はそれを消しただけ。人殺しがいけないというならばこの世界の人殺しはどう罰すれば良い?罪を償えと言う?死ぬほどの過酷な労働でも課す?一生を牢の中で過ごせと言う?あり得ない。本当の悪は罪を償ったふりをする。過酷な労働も適度に手を抜く。もしかしたら逃げるかも。牢の中で一生を安穏と過ごす。そんなの許さないし許せない。殺された人は報われないし知り合いは一生傷付く。ならばその悲劇を起こる前に殺していく。既に起こった悲劇には死を以って償ってもらう。それの何が悪いの?地球で育った価値観や倫理観に縛られているの?この世界にはこの世界の価値観、倫理観が存在する。貴方の勝手なその意識をこの世界で生き抜く覚悟を持った人間に押し付けるな。吐き気がする。貴方は何処か他人事なんだ。この世界に親しい人はいないし戻るべき世界がある。だからそうやって偽善を正義と信じることが出来る。勇者ごっこがしたいならば元の世界に戻るか真の勇者として清濁併せ持って見せろ」


一気に喋ったスイは少し噎せるがすぐに息を整えると丹戸の顔をしっかりと見据える。丹戸は明らかに動揺していた。確かに何処か他人事だった。それは否定しない。しかし自分がしていたことはただの偽善だったのだろうか。人殺しを悪と断ずるのは駄目だったのだろうか。この世界にはこの世界のルールがある。それを自分は逸脱してしまっていたのだろうか。


「退け」


考えている最中にスイの上に乗っていたチュニュがただの膂力だけで押し退けられる。それを見て咄嗟に武器を構えたが自分の剣を持つその手に迷いがあるのを感じて少し下がる。


「私は貴方達に関わっている暇は……いや、待て。あのキューティクルゴリラ達の姿を何で知ってるの?」


その言葉を発すると同時にスイの身体から膨大な魔力が溢れ出す。それはあの時何も出来ず打ち倒されたデイモスを遥かに上回るまさに化け物じみた魔力だ。


「まさか殺した……?あの子達を?」


呆然と呟いたスイだが創命魔法を通して死んだ感覚が伝わらないため即座に小さな梟を呼び出す。


「ヒーク、あの子達を回収してきて」


未だ死んでいないと確信に近い思いを抱いてヒークに回収するように命ずると見えない速度で小さな梟が飛び立った。それを見るしか出来ない丹戸達はかつてないほどの強敵を相手に身体の震えを抑えることが出来なかった。


「貴方達がもしも死なせかねないような事をしていたら殺す」


スイの淡々と言い放たれたその言葉に丹戸はやってはいけないことをしたのだと遅まきながら理解した。

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