第343話 さあ、戻ろう。私達の世界へ



「すぅ…………はぁ…………」


今私は海が見える崖で深呼吸を繰り返していた。この辺りに漂う失活状態の魔力を制御下に置く為に意識を薄く伸ばすような感じのイメージで私の魔力を広い範囲に撒いていく。こうすることで魔力を一気に回収するのだ。これからやることを考えると魔力はいくらあっても足りないからだ。

私の後ろには拓やルーレちゃん、シェスが少し心配そうに見つめていて少し離れた場所にパパ達が立っている。何故かずっと監視していたパパの上司の人も居るけどこの人は最初から最後まで全く喋る様子が無いから居ない者として扱う。まあ意図としては事の顛末を知りたいというものだろうから気にする必要も無いだろう。

私達はこれから元の世界アルーシアへと戻る。昨日の晩にはパパ達と別れも済ませている。元気で居て欲しいから適当に作った宝石に治癒の魔法や結界の魔法を込めた物を渡しておいたけど使われない事を祈っておく。治癒も結界もそこまで強くない魔法だからね。どちらかというと本当にただの健康維持程度にしか意味は無い。


「姉さん……結局どういう風に帰るの?勇者召喚じゃ帰れないでしょ?」

「拓にしては珍しくまだ分からないんだね」


拓にそう返すとやや不満そうに頬を膨らませる。


「瞬間移動の魔法は作れても世界間の移動の魔法なんて分からないし作れないよ……」

「うぅん、まあそれもそうか。勇者召喚って出来る時期が限られているのは知ってる?」

「うん。何でも数年に一度のタイミングだとか一年経たずに出来たりするらしいけど間隔がかなり空くらしいね」

「あれって要はこの世界、地球とアルーシアの位相が比較的重なり合ったタイミングなんだよね。そのタイミングで使う事で軽い代償で人を移動させてるの。つまり重なり合ってさえいれば無理矢理世界間を繋ぐ道も作りやすいってこと。大量の魔力さえあればね。神の助力あってこそだろうけど人族数人程度の魔力で開けるんだよ?私が開けない道理は無いよね?」

「つまりもう少しで世界が重なり合うってこと?」

「合わないよ?」


私の言葉に拓が驚いた表情を浮かべる。


「確かに近くに寄ってきてはいるけど重なり合うのを待ってたらまだ後二年は地球に居ないといけないよ。だから引き摺ってでも近くに寄せてしまえば良いんだよ。今日を逃すと暫く遠ざかっちゃうからね」

「……えっと、姉さんそれをしたらあっちの世界大変なことにならない?」

「なるんじゃない?天変地異の一つや二つは起きるでしょうね。でもそれがどうしたの?」


私は拓に笑顔を向ける。


「私って舐められたり揶揄われたり下に見られたり負けたりするのって凄く嫌いなんだよ。ヴェルデニアには舐められたしあの名前も知らないけどイルゥが死ぬ原因を作ったあいつは下に見てきたし警戒してなかったとはいえあいつに殺された。そりゃね、私の事を好意的に見てくれてる人も居るのは知ってるけど困らせてやりたいと思っても良いと思わない?それに……ってこれは知らなかったか。私ね、■■■■に監視されてるの。だから腹が立つんだよね」


私はそこまで言うと拓を手招きして近くに寄せる。


「拓は私の味方だよね。だから私の言う事は聞くし私の為だけに行動するし私の不利益になる事はしないし私に不満を抱かせたりしない。私の大切な玩具おとうとだものね」


拓の頭を撫でながらそう言うと恍惚とした表情を浮かべて拓が頷く。ルーレちゃんも物欲しそうな表情をしていたから同じ様に手招きして近くに寄せるとその頭を撫でる。


「拓とルーレちゃんは私の大切な玩具おとうと玩具おさななじみだよ。だから私の為に生きて、そして死んでね?」

「「うん。分かった」」


暫く離れていたけど二人の考えが変わっていなくて良かった。パパ達が居る家で二人と遊ぶのは難しかったから少し心配だったのだ。けど杞憂だったようだ。


「まあとりあえずはアルーシアを引き摺って近くに寄せたら道を繋ぐ。後は渡るだけだよ」

「その為の魔力タンクの代わりに創命魔法を使ったの?」

「まあそうなるね。とは言っても手数が必要なのは間違いないからタンクと言うよりも私の代理の方が正しいかな。間違いなく私自身は道の保持に全力を注がないといけないから」


私はそう言うと拓とルーレちゃんを離す。そして私の内側に対して声を掛けると胸元からひょこっと可愛らしい女の子の小人が出て来た。ちなみに私が今着ている服はこの世界に私が来た時に着ていたドレスだ。女の子の小人は緑色の服に身を包み小さな葉っぱの傘を持っていた。その小人は「や〜♪」と上機嫌に葉っぱの傘をくるくると回している。

それと同時に出てきた筈なのにのそっと動いているせいで遅く出てきたのは灰色がかった身体に少し鼻が長く眠そうな目をした良く分からない生物だ。既存の生物の中で言うならばカピバラに近いだろうか。小人同様掌サイズでかなり小さい。それに続くように現れたのが小人達より少し大きめの栗鼠だ。但しその小さな腕には籠のような物を持っていて中から団栗どんぐりらしき物が見える。


「コロポックル、ばく、ラタトスク魔力供給をお願いね」

「や〜♪」「……んぅぉ」「きゅっ」


声を掛けた後ずっと広げていた魔力を回収する。その際に大気に漂う魔力も同時に回収する。するととんでもない量の魔力が私の元に集まってくる。軽く私の総魔力の四倍はありそうだ。


「さあ、行くよ……開かれしは大いなる世界!万象の尽くを記す!閉じた世界は全てを飲み込む!外典・生逆の理!道を繋ぎ門を開き彼の地へと至る!鎖をもってこれを繋げ!」


私の詠唱に従い世界が軋みをあげる。この軋みは恐らくアルーシアの方がかなり大きいと思う。けど止まったりはしない。軋みは次第に大きくなり、やがて一つの門が浮かび上がってくる。鎖で雁字搦めにされたその門はかなり大きく縦だけで三十メートルは優にありそうだ。


「あはっ、上等。さあ出番だよ!私の娘達!遠慮はいらない!全力であの門と鎖をぶち壊せ!」


私の言葉に体の内側から返答があると同時に娘達の姿がこの世界に現界していく。


『さあ!先陣は我から切らせてもらおう!先に行くぞ!地の、空の!』


海より現れた巨大な海竜がその鎌首をもたげて口元に凄まじい量の魔力が込められた水弾を生み出す。それを見た空を飛ぶこれまた巨大な鳥が呆れながらもその口元に同様の火弾を生み出す。


『行くぞ!合わせろ空の!』『言われずともやりますよ!』

『『神話再演ミソロジーリプレイ大破滅カタストロフィ』』


私のあげた特殊能力すら使って火力を底上げした上で放たれたその二つの火弾と水弾は門にぶつかるが鎖の幾つかが弾け飛んだだけで門が開く様子は見えない。当たった時の爆風は半端ではなかったのだけどやはり世界の境界線である門を破壊するまでには至らなかった。

二体はまさかその程度で済むとは思ってなかったのかガックリと項垂れるが私はまあこんな物だろうなと思っていたので納得だ。恐らく地球側の境界線が頭がおかしくなるくらい硬いだけでアルーシア側の境界線は多分かなり緩いと思う。というか緩くなかったらあれほど簡単に勇者召喚等出来はしない。


「鎖の数は…………数えるのも面倒だけど十本以上あれで弾けるならいけそうだね」


鎖は弾けると同時に空に溶け込むように弾け飛んだので特に衝撃なども起きていない。火弾と水弾も込められた魔力量の割には爆発が少なかったのである程度までならあの門が威力を吸収するのは間違いない。


『…………おはよぉ……そして消えて』


一人のっそりと現れたベヒモスがその口元に真っ黒い玉を生成すると放つ。空間を軋ませながら門へと当たったそれは鎖を優に二十本以上弾け飛ばす。


『空間に……関係する物の方が……影響がある?』


ベヒモスの言葉に成程と頷く。


「聞いたね?ならやることは一つだよ。あの門に対してそれらの性質を持つ攻撃を加えなさい」


私の内側から言葉が返ってくるけど……割とうるさい。流石に作りすぎたかもしれない。いやまあ返事しないように言えば良いだけなのだけど。

次々と現界しては一撃を加えていく娘達の攻撃に門の鎖は完全に弾け飛び、門自体も罅が入っていくと最後にはムンちゃんの尾の一撃で完全に破壊された。


「さてと、道を伸ばして……アルーシアへと侵入するルートを作成と。あはっ♪何だ意外と簡単だったね」


アルーシア側への門に対して攻撃を加え始めた娘達を遠目から眺めつつもパパ達の方へと向き直る。そして手を振った。


「私、必ず戻ってくるから」


音が激しすぎて声が聞こえるとは思えないが私がそう言うとパパ達は全員で声を上げた。その声自体は掻き消されてしまって聞こえなかったけれど私の目はパパ達が何と言ったのかをはっきりと理解していた。


「行ってらっしゃい……」


皆の言葉に対して私は手を振ると叫んだ。


「行ってきます!」


それと同時に門が破壊された音が鳴り響いた。私は拓達と一緒に振り返ることなくその門の先へと駆け出して行った。この先に何が待っていようと私は立ち止まらないとそう決めた。


「さあ、待っていなさい。ヴェルデニア。必ず貴方を殺してあげるから」


門を潜り抜けると凄まじい光に身を包まれ…………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る