第249話 残された者達
「……姫」
呟き始めた隣の人物を見てまたかと少し呆れ気味に溜息を吐く。それが聞こえたのかその人物、黒い鎧で顔まで覆い隠したナイトメアと呼ばれる存在は鋭い視線を送ってくる。まあ視線を感じるだけでその奥の瞳は全く見えないのだが。
何ならこの鎧には関節部分どころか本来あるべき筈の隙間部分が全く無いのだ。なので見る物が見れば明らかに不自然な存在だと気付けるだろう。そんな不自然な存在は顔を此方に向けると剣呑な声で話し掛けてくる。
「……何だイーグ。私が姫を思う事に溜息を吐くような何かがあったとでも言うつもりか?」
「いや別に、ただ人形姫が出て行って三日。それだけの時間でまさか百回以上呟かれるとは思わなかっただけだよ」
スイがリュノスを離れて行く際にイーグは速度の問題から置いて行かれた。時間が無い為イーグの速度に合わせていたら肝心の助けようとしている女性が死にかねない。そしてスイは置いて行くことに何か葛藤があったのか結果的にナイトメアにも留守番を頼んで出て行ったのだ。
勿論ナイトメアのスペックはかなり高く付いていけるだけの実力もある。だがそれでも置いて行ったのだ。まあイーグの事が心配だったというのもあるのだろうがそれ以上の理由も勿論存在した。
「……ぅ……ぐぅ…ぁあ!」
イーグ達の居る廊下まで聞こえてくる程の苦悶の声。それを聞くとナイトメアは些か面倒そうに立ち上がると部屋の扉を開けて中に入って行く。イーグは流石に女性の部屋に入るつもりは無いのでそのまま待機だが。
尚グウィズは街中を走り回って治療に役立ちそうな物を片っ端から買ってきては合間に武器を買っている。グウィズの実力的にはここで手に入る武器ですら一時しのぎの間に合わせにしかならないのだろうが無いよりはマシということなのだろう。
ナイトメアが部屋に入って十分程が経過した後に部屋の扉が開きナイトメアが幾分か疲れた様子で廊下に置かれた椅子に座り込む。レギオンゲイザーの呪詛というのは相当強力な物なようでイーグよりも遥かに高い実力を誇るであろうナイトメアが進行を遅らせる程度であっても相応に消耗している姿は少しばかりその魔物に対する恐怖を感じる。
「なぁ、レギオンゲイザーの呪詛っていうのはどういう物なんだ?」
「……あぁ、そう言えばこの大陸には既に存在していないのだったな。レギオンゲイザーの呪詛か。貴様に分かりやすく言えば石化が近いか?呪詛を受けた場所から黒い染みのような物が広がりそれが全身に達した際に死を招くというものだ。厄介なのが呪詛を解除する方法が殆ど無いということだ」
「その解除方法が人形姫の?」
「……違う。姫がやっているのは依代に呪詛を移すだけで呪詛そのものは消え去ってはいない。呪詛そのものを消す方法は掛けたレギオンゲイザーの死亡だ」
「……ん?いや待て、それだったらそっちの方が楽なんじゃないのか?」
「……レギオンゲイザーは自身の子供とも言えるゲイザーの身体に自身を移すことが出来る」
「あぁ……何となく察した。そのレギオンゲイザーが何体のゲイザーを出してるかも分からないままひたすら乗り移ったゲイザーを殺し尽くさないと駄目なんだな?」
「……そういう事だ。ましてや今この瞬間にも子供を産んでいるかもしれないレギオンゲイザーを殺し尽くすなど到底この短い期間でやれるものでは無い。そもそも場所が遠すぎる」
「聞いたことも無い大陸の名前を言われたしな……」
グウィズが話した大陸の名前は王海の大陸。全く聞いた事もない大陸から此方の大陸まで渡ってきたと言われたのだ。その時のイーグの衝撃はかなり大きかった。確かに海の向こうに別の大陸がある可能性は高いとは思っていたが海は前世とは違いかなり危険な場所だ。それこそパニック映画などとは比べるのも
パニック映画では船が襲われて沈没中に襲ってきた存在を倒して生還といったものが多いがこの世界における襲われたは死である。船が沈没中にといった猶予などまるで存在しない。襲われた瞬間には船が既に海底に叩き付けられていても何もおかしくない。その為船で海に出る際はかなりの危険を覚悟して出るのだ。
つまりそれだけの危険を冒してまでこちらの大陸までやってきたということであり愕然とするのはある種当然だろう。
「……だからこそ姫は今依代の素材を探しに行かれたのだろう。私も連れて行って欲しかったのだが……」
「お前まで行くと彼女は多分死ぬぞ?俺の見た限りじゃ呪詛では死なないかもしれないが体力が著しく落ちてる。その状態で苦痛に苛まれ続けたら遠くない内にな」
「……ふん。その程度言われずとも分かっている。しかし間違えるな。私はあくまで姫の騎士なのだ。決して治癒士の真似事をする為に生まれた訳ではない」
そう言って不機嫌そうにナイトメアは顔を逸らす。それを見てイーグは何を言っても不機嫌になるだろうと感じて口を噤む。しかしナイトメアは顔を戻すとイーグの方を睨み付けるように見つめてくる。
「何だ?」
「……貴様は嫌いだ」
「いきなりだな。まあ嫌われてるのは分かってたけど」
「……姫を悲しませる存在を好きになどなれるものか」
「悲しませるって何だそれ」
「……分かっていない訳では無いだろう。姫ですら分かっていたのだ。当の本人である貴様が理解していない訳はないだろう」
そう言ってナイトメアはイーグの胸の辺りを指差す。
「……もう貴様の命はそう長くはない。どうしてこうなるまで貴様が病を放置したのか……いや、分かっている。治療する暇すら無かったのだろう。だから貴様の代わりに勇者が出るようになった時前線へと出なくなった。違うか?」
「……人形姫も分かっているのか?」
「……当然だ。だからこそ姫は貴様の傍に私を置いたのだろう」
そう断言されたイーグは顔を右手で覆う。
「あぁ〜、バレてないと思ったんだがなぁ」
「……私は元々それらを見抜くことが出来るから最初から貴様が病に冒されている事は分かっていた。だが姫も恐らく最初から分かっていた事だろう。でなくば貴様を連れて歩く必要などまるで無い」
「そっか。人形姫も分かってたか。まあそれでこそって感じはするけど」
イーグは壁に寄り掛かる様に身体を倒す。
「まあナイトメアの言う通りだよ。気付いた時には手遅れに近かったってのもあるけどあの当時魔族達の攻撃はかなり強かった。治療の為に下がるなんてしてたらそれこそ剣国が落ちててもおかしくなかった。まあそれ以降は特に無かったから治療をしては進行を遅らせてた。何だかんだ遅らせてそこから十年以上生きながらえたんだから頑張ったと思う」
「……私としては貴様が死んでいれば姫と貴様が出会う事など無かったのだし頑張らなくて良かったのだがな」
ナイトメアはそう言うがその言葉には悪意の類は特に感じられずとりあえず言ったといった感じが多分に含まれていた。
「まあ俺は多分人形姫と共に戦うことも出来ないし先に死んで悲しませる存在なのは間違いないな」
「……治せるならばと考えたことは無いのか?」
「人形姫の眷属ってやつだろ?無いな」
「……何故だ」
「俺はあくまで人間、いやこっちだと人族か。人族だからだ。きっと人形姫の今後には人族の知り合いが出来ては死んでいくやつが居るんだろう。だからと言ったら何だし俺の個人的な思いなんだが……その時最初に思い出すのが俺であって欲しい。最初に亡くなった存在を忘れて欲しくない。そんな思いを抱いているからかな」
「……身勝手だな」
「そんなものだよ人なんてものはな」
イーグがそう話した後にすぐに部屋の中から苦悶の声が響いてくる。
「ナイトメア」
「……分かっている」
部屋へと入る扉を開きながらナイトメアは少しだけイーグを思いすぐに振り払うように部屋の中へと入っていった。
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