第250話 リーファーン



「ふぅ……ふぅ……リーファーンって何で……こんな……大きいの!」


異界、天樹の森。そう呼ばれている異界がある。そこには背の高い木々が大量に生えており全てがおよそで十メートルを越す上迷いの森を遥かに超える規模のかなり大きな森である。しかしそれは実際の地上に存在していない。迷いの森は実際の森が異界化したのに対して天樹の森は異界が森と化したという逆のパターンだからだ。

そしてその中で中心部に聳え立つ最も巨大な樹。それが天を貫く大樹リーファーンである。このリーファーンこそがこの異界の中心部であり本来なら球体に近い形になるはずの異界がかなり上の方まで引き伸ばされてまるで円錐のような形になっている。

リーファーンの大きさは調べることすら容易ではなくスイの父親であるウラノリア達が調べた際も最終的には計測不能とされてしまった位の巨大な大樹である。

その正体はこの世界が出来てから存在する最古の凶獣、いや凶樹である。凶樹というだけあって一応は意志を持っている。元々魔物という訳ではなくただの樹が素因を受け入れた事で半魔物と呼べる存在になったのだ。そういった経緯からリーファーンは喋る事は出来ない。ただし魔力を使ったテレパシーの様なことは出来るのだが。

そんなリーファーンだが幹の太さはキロメートル単位であり勿論高さもそれ相応に高い。というか高過ぎて頂上が一切見えない。雲の上にようやく葉っぱの類がちらほら見え始めるといえばどれほど巨大か分かるだろうか。そしてスイはそこを手足を使って必死で登っているのだがようやく雲の上まで来た所である。スイが欲している朽ちぬ葉はもう少し上なのだ。


「……はぁ……はぁ」


流石に魔族といえど凄まじい高さの樹を手足のみで登るのは厳しいものがある。しかも朽ちぬ葉と呼ばれるものは一歩間違えれば宇宙に飛び出しかねないほどの標高にある。その緊張感はかなりの物だ。

そもそも登るだけならスイならばティルを使って魔力で飛んだ方がよっぽど早い。しかしそれが出来ない理由としてここが異界でありリーファーンに沿うような形で出来上がっているというのがある。つまり少しでもリーファーンから離れれば異界の外に出されてしまうのだ。そうなればまた最初から登らざるを得ない。なので疲れながらも必死で手足を使っているのだ。


「……」


息遣いが酷くなってきた辺りでスイは横に飛び出した枝に飛び乗る。枝といっても巨大な樹の枝だ。その太さはかなりのものであり人が五十人程度ならば横に並べられるだろう。


「ふぅ……ふぅ……朽ちぬ葉までは確かここから枝を八個上か。遠いなぁ」


枝一つ一つの間隔もかなり大きく休憩しようにも中々出来ない。その為スイにも疲労がかなり溜まってきていた。


「次の枝に着いたら今日は寝ようかな。そろそろきつくなってきたし」


スイは指輪から果実水を出して飲みながらそう呟く。休憩しているとどこか遠くでありながら近いそんな印象を抱かせる思念波、もといリーファーンの声が聞こえてくる。


「果実水が飲みたいの?私が持ってる量だとリーファーンからしたら味とかまともに分からないと思うけど」


そう言いながらもリーファーンの要求に応える為指輪から以前買い漁った果実水を樽ごと出す。その樽を枝に出来た窪みの中に樽の中身を零していく。見て分かる程の勢いで枝の中に浸透していく果実水を見て少しだけ怖くなる。

最古の凶樹リーファーン。気性は穏やかであり人を襲ったことは皆無。敵対した魔物も殺したりはしない。しかしその実力は恐らく三匹よりも高い。リーファーンが三匹に数えられていないのは動けない植物であること。そもそも元は魔物ではなかったこと、そしてその気性の穏やかさが原因だろう。

だからといって怒らせる様なことはしない。リーファーンの攻撃手段はそう多くはない。枝を揺らすか葉や実を落とす、後は最終手段として身体を揺らすというのもあるかもしれない。それと魔法か。だがそれだけだ。なのにリーファーンは誰からも攻撃されない。

葉の鋭さ、実の大きさ、身体を揺らすことで起きる災害、それらを考えたら敵対など出来る訳が無い。そもそも自力で異界を創り出すだけでも訳が分からないのにリーファーンはその頂上に近い場所に大量の知性ある凶獣達を匿っている。そう現在スイの目の前に降りてきた一匹の凶獣の様な存在をだ。


「こんばんは」

『やあ、こんばんは。小さなお姫様』


スイの目の前に降りてきた凶獣の姿は至って小さい。人の大きさほどのリスだ。凶獣にしてはかなり小さめな個体だと言えるだろう。


『リーファーン様に登ってきた可愛らしい女子というのは君の事だったんだね。リーファーン様が微笑ましいなんて言うだけあるよ』

「ありがと、貴方も可愛らしいよ?」

『そうかい?ふふっ、ありがとう。あぁ、僕の名前はディーディーだよ。君の名前は何と言うのかな?』

「スイだよ。ディーディーは何の凶獣なの?私知らないんだけど」

『ん?あぁ、そうだろうね。僕達の種族は既に地上から離れてリーファーン様の上で生活させて貰っているからね。確かかなり最初の方だから僕はかなり古参な凶獣となるのかな?僕等の種族の前には五種族位しか居なかったし』

「そんなに早いってなると神々の大戦よりも前か」

『そうだね。あれ程の規模の戦いは恐ろしかったよ。ずっとリーファーン様の上で息を潜めていたからね』

「凄く長生きしてるんだねディーディーは」

『長生きだけど長生きなだけさ。現に君に負ける程度の実力しかないのは分かるだろう?』

「凶獣が長く生きた方が強い事を考えると確かにそう言わざるを得ないね」

『まあリーファーン様の上で生活している凶獣なんてそんな存在ばかりさ。イルナなんかが来たらそれこそ蹴散らされる程度でしかない』


ディーディーはそう言うと首筋を掻く。


『そういえばスイはどうしてリーファーン様に登ってきているのかな?』

「朽ちぬ葉が必要なの」

『あれかぁ……でもあれは相当大きいけどどうやって持ち帰るんだい?』

「指輪の中に入れるから大丈夫だよ」

『なるほど。その手段があったか。そうだ。スイちゃん僕の頼みを引き受けてくれたら朽ちぬ葉をここまで持って来てあげるよ?』

「頼み?」

『うん。リーファーン様の上の生活は楽しいんだけどさ。どうしてもお肉とかは食べにくいんだよね。わざわざ下まで行って狩って食べてまた上がるってやらないといけないから気軽には食べられないんだ。今だってお肉食べたくて降りてきたんだしね』

「なるほど。確かに食いに行きづらくはあるね」

『でしょ?それで指輪を持ってるってことはお肉とかも入れてないかなーって』

「あるけど流石にそこまで大量には渡せないよ?」

『あぁ、大丈夫。僕等の種族の中でも肉食なのって僕だけなんだ。多分凶獣になったからだと思うけど。他の凶獣達も自分で狩ってくるだろうからそこまで気にしなくても良いし』

「ディーディーの分だけなら渡せるよ」

『本当!?やった〜♪なら先払いで朽ちぬ葉を持ってくるよ!何枚必要なの?』

「百枚かな。レギオンゲイザーの呪詛の依代に使いたいの」

『うわぁ、懐かしい名前。分かった。その程度だったら楽なもんさ!待っててね!』


そうディーディーは言い残すとスイでは絶対に不可能な速度で素早くリーファーンを登っていく。スイはそれを見ると持って来るのはだいぶ早そうだなと思い指輪の中身を確認し始める。


「ん〜、適当に撲殺した魔物の肉とかで大丈夫かな?ディーディーそんなに食わないよね?」


人と同じ大きさなのだからそこまでは食わないと思うが念の為に色々と出していく。燃えないとは思うがリーファーンの上で火を使うのもどうかと思うので生肉なのだが恐らく大丈夫だろう。


「これで朽ちぬ葉が手に入ったら……後は白き霊王か。ある意味一番厄介なんだよね」


友好的な存在ではあるので話せば譲ってはくれるだろう。ただ厄介なのが居場所が分からないという事だ。何処かの異界に居るとかなら良いのだが白き霊王は移動するのだ。それこそまるで旅人のように。


「ディーディーとか知ってたら良いけど」


まず無理だろうなと考えながらどうやって探そうかスイは頭を悩ませ始めたのだった。

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