第251話 ド変態な凶獣



『知らないかな。ごめんね』

「だよね。分かってたから気にしないで」


物は試しと朽ちぬ葉を背中に括り付けるようにして持ってきたディーディーに白き霊王の居場所を尋ねたがあっさりと知らないと返されて少しばかり落胆する。そもそも白き霊王の気配は異常なほど小さい。恐らくスイなどの上から数えた方が強い存在であっても目の前でなければ気付くことすら出来ない程には感じられないだろう。

そんな存在をリーファーンという一種の隔離された場所から眺めただけで見付けられる筈もない。リーファーンも少しばかり申し訳無さそうな雰囲気である。


『そもそも僕達、いやリーファーン様も含めて白き霊王なんていう存在は見た事が無いよ。だから他の凶獣達に訊いても答えは一緒だと思う』

「ん、分かった」


ディーディーから渡された朽ちぬ葉を指輪に収納していきお礼にオーガ達の肉や道中見付けた猪や鹿などの魔物の肉を渡していく。ディーディーはどうも焼いた肉より生肉の方が好みらしく嬉しそうに今も口の中に頬が膨らむほど入れていく。リスの凶獣なので当たり前といえば当たり前の光景だが口から見えるのが血の滴る生肉であると考えればどこかシュールなホラーのように感じる。


「お魚とかは要らない?」

『魚は生臭いから要らないかなぁ。処理したら美味しいんだろうけどそこまでして欲しくはないな』


スイとしては割と肉より魚の方が好きなので少しばかりしゅんとする。まあ表情には出ないので気付かれることは無かったが。


『あ、でも白き霊王なんていう存在は見た事無いけどそれに近い何かなら誰かが見た事あったような……?』


ふと口にされたそれに顔を上げる。ディーディーは少し悩んだ後にお肉を少しばかり悲しそうに見たあとリーファーンにその凶獣を降ろしてもらうように頼む。降りてきたら恐らくお肉は食べられてしまうからだろう。後で渡してあげると言えば見るからにご機嫌になる。

暫く待っていると上から何かが降ってくる。一切の減速もしないままそれはスイ達の立つ枝の上に落ちる。明らかにかなりの重さを誇るであろうそれの着地を受けてもリーファーンは全く堪えた様子もなく更に枝も一切揺れることは無かった。それに驚きはしたがそれ以上に落ちてきたそれへと目を向ける。

落ちてきたのはどう見ても岩。それもスイの身体ほどの比較的小さな岩である。その岩はどう見ても生物ではない。恐らくリーファーンと同じく岩が素因を得て凶獣……凶岩きょうがんとでも評す何かになったのだろう。そう思っていたスイだったが次の瞬間その岩から大量の触手が生えて思わず後退る。

岩はその触手を使い振り返るとスイの方をジロジロと見る。そう明らかに目と口があるのだ。その目は縦に細長くスイのことを明らかに女と認識している好色そうな目であり口からは舌の代わりなのか触手が幾本も見えている。割と気持ちの悪い光景に正気を削られそうになったスイだったが頑張って耐える。


『ほう?これは将来美人になりそうな娘じゃの。何時もならば味見と行きたい所じゃが娘強いのう。流石に殴られたら消滅しそうな相手と向き合うのは初めてじゃ』


その言葉通り岩はかなり弱いだろう。恐らくディーディーと戦っても勝てはしないと思われる。それでも普通の人族や亜人族からすれば十分脅威となりうるだけの力はあるのだが。


『以後相見える事があるかは知らんが名乗りだけはしておこうかの。ルッタルンのユーノグスじゃ。まあルッタルンは儂を含めて四体しか残っておらんがな』

「……父様の記憶の中にあった。人を殺しはしないけど女性に性的な攻撃ばかり与えて楽しむ変態の魔物が存在するって。それがルッタルン」

『ほほ!儂らを知っているとは思わなんだ。どうじゃ?気持ち良くはするぞ?』


そう言ってジュルッと嫌な音を立てて舌代わりの触手を動かす。スイはそれに嫌悪感を感じながら後ろに下がる。ユーノグスはそれに満足そうな雰囲気である。明らかにド変態である。

そんなド変態のルッタルンは大戦時に殆どが狩られたが恐らく一部が逃げ延びてここリーファーンの上に匿われたのだろう。女性に性的な攻撃を与えて快楽を与えるルッタルンという魔物は女性にとって最悪ではあるだろうが一部の女性には実は大人気であった。何せ子供を産ませられる事はなく凄まじいまでの快楽だけを与えられるのだから。但しルッタルンは中々それを終わらせないので休日でも無い限り気軽に楽しむと言ったことは出来ないのだが。

ちなみに男性に対しては割と普通に攻撃を加えてくる。勿論それで殺すようなことはないが手痛い一撃は喰らうだろう。中には女性ではなく男性に対してそういった行動を行うルッタルンも存在するので一概にそうとは言えないが。


「……白き霊王に似た何かを見たんでしょ?教えて」

『ん〜?対価を要求しよう』

「そこのお肉でも食べてろ」

『要らん。儂らは肉など食べん』


その言葉にディーディーが嬉しそうにお肉をパク付き始める。渡したのは自分だがタイミング位確認して欲しいと思う。


「じゃあ何が……」

『勿論其方のエロい姿じゃ!!!!』

「死ねばいいのに」


何が欲しいのか訊いたスイだったが食い気味に返された事で思わず本音が漏れる。


『快楽に身を悶えさせ!悦楽に瞳を濡らし!恍惚とした表情を浮かべさせ!享楽に身を浸す光景が見たい!』


大声でそう叫ぶユーノグスに対してスイはかなり引き攣った表情で身を引かせる。見て分かる程に珍しく表情に出ているスイにユーノグスは好色そうな目を向け舌なめずりをする。ぞわっとした気持ちの悪さにスイは反射的に魔力を練り上げて放ちかける。しかしその魔力は流石に膨大だった為かリーファーンが吸い上げてしまう。恐らく放ちかけたのが良く使う炎の魔法である獄炎ゲヘナであったのも原因だろう。


『駄目かの?』

「やだ」


大声で叫んでいたのに突如として普通の声音で問い掛けられたのでスイもまた普通に返す。ユーノグスはかなり気持ち悪いが無理矢理そういった事をすることは無いのだろう。いやそもそもルッタルンという魔物は自分から来ない女性に対しては特に何もしないことで有名でもあったので分かっていたことだが。


『であればそうじゃのう……儂らがどうやって増えるかは知っておるか?』

「流石に生態までは知らない」

『ふむ。儂らの増え方は幾つかある。一つ目は儂らの身体の一部が欠けるとそれが再生して増える事がある。これは運の要素も強いので絶対ではないが。二つ目は勿論生殖行為じゃ。まあ儂ら同士では増やせないので人族や亜人族に協力してもらう必要があるがの。三つ目は儂らを食べる事で身体の中で増える事じゃの。そのどれかをして欲しいのじゃがどうじゃ?』

「魔物を増やす行為はあまりやりたくないんだけど」

『そうは言っても儂らが人を殺した事など無いことは其方は知っておろう?儂らは元は一つの生命じゃ。後に生まれた儂らであってもその不殺は受け継がれる。それでも駄目かの?』

「どうして増やしたいの?」

『むぅ、そう言われるとそれ程無理に増やす必要はない。あくまで増えたら良いなと言った感じじゃ。理由を無理に付けるとするならば儂ら同士で記憶の共有がされておるから増えて女子おなごとそういう行為をするものが増えれば増えるほど嬉しいかの』

「変態」

『儂らはそういう生き物じゃから仕方ないの』


開き直った態度でユーノグスがそう言う。それに対してスイは溜息を吐く。


「一つ目の選択肢でユーノグスを真っ二つにすれば良い?」

『いや流石に半分持っていかれたら死ぬの儂』


半ば本気で言ったスイの言葉にユーノグスは慌てた様子で止める。スイはだからと言って二つ目の選択肢を取るのは論外だと切り捨てる。三つ目の選択肢もどうかとは思うが。


「獣に食わせれば良いんじゃないの?」

『儂らを食べられる程の大きさを持つ獣がそう多いと思うか?ましてや腹の中で増えるのじゃぞ?』

「じゃあやっぱり一つ目の選択肢で切り刻めば良いの?」

『二つ目の選択肢が個人的には嬉しいんじゃがの?』

「ん、千分割くらいにしたら良い?」

『ここで死ぬのかの儂?』


面倒臭くなったスイはユーノグスに近付くとユーノグスの身体の約七分の一だけ切り取る。いきなり切られたユーノグスはひょお!?等と変な声を上げているが死んではいないようだ。


『な、何をするんじゃ其方!?死ぬかと思ったぞ儂!?』

「でも死んでないし増えたよ」


スイがそう言うとユーノグスはぴたりと抗議を止めると切り取られた自分の身体を見る。そこでは少し小さくはあるがユーノグスと同じルッタルンの幼体が居た。


「これで対価は渡したね?教えて欲しいな」

『む、もう少し増やして欲しくはあるが何体増やせと言わなかった儂の間違いじゃな。仕方ないの。とは言っても儂が見たのはあくまでそれに似た何かというだけじゃ。空振りに終わったとしても恨まんでくれよ』

「分かってる」


スイの言葉にユーノグスは頷くと話し始める。


『儂が見たのは白き霊王とやらでは無かったがそれに近しい存在、白き霊姫とでも呼ぶべきアンデッド系の凶獣であった。可愛らしい女子であったぞ。気配はダダ漏れじゃったし近くに寄ればすぐ分かると思う。場所は少し前じゃから未だにそこに居るかは分からんが』


そう言って告げられた場所はスイにとって意外な場所だった。


「そこに行けば会えるかな?」

『少なくとも気配ぐらいは辿れるのではないか?』


思わぬ場所に居たが有難くはある。少し遠くはあるが走ればもしかしたら間に合うかもしれない。スイは少しばかり嬉しそうにする。それを見て何を勘違いしたかユーノグスから切り取られたルッタルンの幼体が近付いてきたのでとりあえずで踏みつけておいた。


『変な性癖が生まれそうじゃなぁ……』


そう呟いたユーノグスは無視してスイは今後の動きを考え始めたのだった。

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