第293話 トマト鍋
「はぁ〜疲れた。どれだけ貯め込んでたんだよ」
アルフが最後のトナフの財宝を指輪の中に入れた後その場で座り込む。何せぶっ続けで一時間以上も持ち難い上重たい物を運び続けた為流石に腕が疲れていた。一番力のあるアルフでそうなのだから残りの四人に至っては立ち上がるのも辛そうだ。ちなみにオルテンシアは動いていないので数えていない。
「ねえちゃ……喜ぶ?」
「喜ぶ……かなぁ?正直に言ってスイ姉は財宝程度じゃ喜びはしないと思うよ。稼ごうと思えば幾らでも稼げるだろうしこの前冒険者ギルドに行った時にいきなりスイ姉の開発した無線魔導具の代金ですって白金貨を幾つも貰ったくらいだし」
「白金貨が代金で来るってどうなってんだそれ」
「流通量を制限してるらしいけど国とかの上層部とかに売れてるらしいよ。一般の人が使えるようになるのはまだまだ先だろうね」
「喜ばない?」
「どうだろ?あって困るものじゃないし魔導具はお金があっても買えない物ばかりだし一応喜ぶんじゃない?」
ディーンの言葉にシェスは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「よし、じゃあそろそろ戻るぞ。早めに戻らないと飯もゆっくり食えないし明日は盗賊達を連れて移動しないといけないからさっさと寝て疲れを取りたい」
アルフの言葉に全員頷く。勿論この程度で翌日まで疲れを残すような鍛練の仕方はしていないが億劫な気分くらいにはなるだろう。そうして身体を起こして立ち上がるとまた一時間近く掛けて地上付近に戻って来る。
「これもしかしたら疲れさせる為の通路なのかもな。それで本来なら罠の類があったんじゃないか?埋まってたせいで使えなくなっただけとかで」
「そうかもね。魔導具の類の罠なら長時間の放置で魔力が抜けちゃったとかかな?物理的な罠もあっただろうけどそれは埋まっちゃった衝撃とかで使えなくなったって考えるのが正解っぽいね」
ディーンが改めて感知範囲を壁の中まで浸透させると岩とは違う何かがあったので罠が無かった訳ではないだろう。壁の奥深くにあったので発動したとしても全く問題なかっただろうが。その事を言うとアルフがディーンを見ながら不思議そうに首を傾げる。
「壁の中に罠があったのに気付かなかったのか?俺達全員?」
亜人族であるアルフ達の感覚は人族どころか魔族よりも遥かに高い。その為そんな簡単に見つかるような罠に全く気付かなかったとは思いにくかった。
「うん。仕方ないよ。今僕も本気で一箇所に集中して気づいたよ。壁の中十メートルくらい先に弓矢っぽいものがあるんだよね」
「十メートルって……それどうやっても発射出来ないだろ」
「地殻変動でも誰か起こしたんじゃないの?あの魔導具とかで」
「否定出来ないな……」
実際にあっただけに否定出来ないのが何とも言えない。もしかしたら罠はトナフの生前に使っていたもので死んだ?後にトナフがこの場に来て魔導具を発動して埋めた可能性もある。真相はどうなのか分かりはしないがほぼ間違いなく罠は地殻変動か何かで正常に稼働していなかったと言い切れる。
「まあ良いか。そう言えばスイってこの状況になってから飯とかはどうしてるんだ?」
アルフが洞窟の中で火の近くで寝かせているスイの髪を撫で付けながらディーンに問い掛ける。
「無理に食べさせようとしたら吐き出したり詰まりそうになったから辞めたよ。ルーフェさんからも魔族に食事は絶対必要って訳じゃないって聞いたから」
「そうか」
「というか寝てる人にご飯は食わせられないでしょ」
フェリノがべしっとアルフの腕を叩く。
「いや飯は食えないだろうなとは思ってたけどそれなら血はどうしてるんだ?」
「……」
「……おい」
露骨に目を逸らしたディーンにアルフが据わった目つきで見る。
「……血は飲ませてない。というか一度は飲ませようとしたけどさっきも言ったようにそもそも口の中に入っても詰まりそうになっただけで飲む気配がまるで無かったんだよ。ルーフェさんもこれじゃ飲めないって言ってたから」
「そうか。でも魔族、その中でも吸血鬼って飲まないと死んだりとかはしないのか?」
「それは無いらしいよ。あくまで本能的に飲む事を義務付けられているみたいな感じで死んだりとかは無いらしいよ。それにそれがあるなら鬼族や悪魔族はどうなるのって話じゃないか」
「飲まなくても大丈夫なのは分かったけれど衝動はどうなるのかしら?話を聞いた限りだと衝動の制御をしようとしてああなっていたのよね?暴走はしないと見ても大丈夫なのかしら?」
ステラが問い掛けるとディーンが難しそうな表情を浮かべる。
「はっきり言って分からない。ルーフェさんから聞いた話だけどそもそも衝動を制御しようとした魔族が居ないこととそこまでの長期間血を飲まない魔族が居ない。不確定な要素が多くて断言出来ないけれど多分起きた時は流石に暴走すると思う。衝動の制御と言っても衝動そのものを消そうとした訳じゃないから抑制装置みたいな物だと仮定したら抑えきれる範囲がどれくらいか分からないけど無理じゃないかなって」
スイは生まれたばかりの時だけは他の魔族からしたら有り得ないほどの長期間血を飲まない生活をしていたがあれは血を一度も飲んだことがないからこそ出来た例外だ。それにほぼ間違いなく後最低でも十月以上眠る事が確定している。その時とは比べるまでもない。
「そう。ならその時の為にも力を付けておかないといけないわね。また暴走して何処かに行かれちゃったら困るし」
そうステラは言うとスイの頭を撫でる。撫でる手つきは柔らかく浮かべる笑みはまるで愛しい子を見る母親のようだ。
「まあまだ先のことでしょ。今考えても仕方ないよ。それより先に考えることがあるでしょ」
フェリノがアンデッド達から鍋を受け取りながらそう言う。鍋の中身は赤いが血ではなくトマト鍋のようだ。色鮮やかな鍋の中に野菜にキノコ、アルゴドルの肉がこれでもかと入っている。その鍋が三つも出来ている。そしてメリーが作ったこんがりと焼けたパンが四角く切られて置かれてある。ちなみに盗賊達には街の前で死んでもらうつもりなので食事を分けるつもりはこれっぽっちも無い。
「あ、アルフさん達洞窟の中はどうなってました?」
メリーがアルフ達に話し掛ける。近くには盗賊が居て睨んでいるのだがメリーにそれを気にした様子は無い。強くなったなとアルフは思いながら何があったかを話す。
「トナフ……ごめんなさい。まだ不勉強でその方が誰なのか分からないんです」
「あぁ〜、そっか。あそこに居るオルテンシアの父親だよ。実際の父親かは知らないけどさ。かなり昔の人で、ほらスイの持ってたアーティファクトの短剣あっただろ?あれの製作者だよ」
「それは……凄い人なんですね」
メリーが驚きながらも簡易的に作った竈からパンを取り出しては焼いてを繰り返している。メリーはどうやらパン作りを一日三時間はしないと落ち着かないらしくこうして休憩する時には魔法で竈を作ってパンを焼いているのだ。その時出来上がったパンは比較的大食いなアルフが居ても食べきれないので基本的にはスイの指輪の中に溜め込まれることになる。恐らく既にパンの数はスイが魔の大陸に行く前より多くなっている事だろう。ちなみに指輪の中に入れなきゃいけないくらいパンはあるがそれらが盗賊達の口に入る事は無い。
「なぁ、食べさせてくれよ。腹が減ったら動けないだろ?街に引き渡す前にくたばっちまうぜ?」
盗賊の幹部らしき男がメリーにそう言う。アルフ達が殺すつもりだと知らないが故の態度だ。メリーはその言葉に不思議そうに首を傾げて無視をした。
「いやだから俺達が倒れたら移動速度とかも変わるだろ?パンの一個でもいいからくれよ。不味かろうと文句は言わねぇからさ」
「不味い……?私のパンが不味いかもと?」
男の言葉はメリーの逆鱗に触れたらしく焼いていたパンを取り出して指輪の中に入れてから男に向かって歩き出す。アルフは止めようか迷ったが別に問題無いかとすぐに判断してその場を離れた。メリーの目が血走りすぎてて怖かったとかではない。
離れた後で男の悲鳴が聞こえた気がしたが通路まで逃げ……離れたアルフには聞こえなかった。戻った時にフェリノ達が少し震えていたのが気になったがその話を蒸し返すことはしなかった。アルフはトマト鍋が美味いなとか思いながらまだ生きているらしい男の死体にしか見えないそれから目を逸らしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます