第223話 改めて魔軍宿舎に
「スイ、少し持つぞ」
アルダが突然そんな事を言うと私の身体を持ち上げてマントで包んだ。マントで包まれる体験を二回もする人は中々居ないのではないだろうか?
今は昼間だ。どうやら非番らしく宿舎で休んでいたアルダが前置きなく私の身体を持ち上げたのだ。恐らく前に言っていた私に行動の自由を与える為だとは思うがせめて事前に言って欲しい。
「よう、アルダ。今日はお前非番だろ?外で飯食いに行こうぜ」
「チッ、めんどくせえなぁ」
「相変わらず言葉と行動が合ってねぇぞ」
文句を言おうとした瞬間誰かに話し掛けられたようだ。アルダの性格上中々馴染めていないのではと勝手ながらに心配していたがそれは杞憂だったようだ。私を抱えたアルダが若干歩きにくそうにしていたので仕方無いから身体を少し捩ってアルダの身体にしがみつく。
「メルちゃんの所で良いよな?」
「別に構いやしねぇよ」
「素直じゃねぇなぁ。メルちゃん悲しむぞ?」
「うっせぇ」
「メルちゃんお前のこと結構心配してたぞ?」
その言葉にアルダが動揺したのかビクッと反応する。成程、アルダが私に対して大した反応もしなかったのはもう既に好きな人が居るからか。理解した。
「どんな風に」
「いや嘘だけどよ」
「てめぇ……」
「冗談だよ。単に飯食ってんのかとか怪我とかしてないのかとかその程度だよ」
中々この二人は相性が良いみたいだね。あのぶっきらぼうなアルダが翻弄されてるのは面白い。そう思っていたらポンポンとお腹の辺りをアルダに触られる。何となく分かったのでしがみついていたのを離すとアルダがゆっくり私を地面に下ろす。マントは指輪か何かに回収したようだ。周りを見渡すと路地裏のようで誰かに見られる心配は特にしなくて良さそうだ。話しながら私を気付かれずに下ろすなんて器用だね。
さて、当然だけど私の身体の中にはかなりの量の素因が入っている。今は殆どが弱体化しているせいで気付かれはしないと思うがこのまま回復すればいずれバレる。ならばやることは一つしかない。私は指輪からグライスを結界で包みながら出す。結界には外部の魔力を使って外に魔力が漏れないようにだけした。手早く作業しよう。
グライスを私の胸に迎える。やり方はテスタリカより聞いている。グライスの力で私の基幹素因である制御と混沌とその他の素因を抜き出す。どうやら上手く抜き出せたようだ。普通に素因を抜くだけでもバレずに済むがその場合だと回復しない。あくまで私の身体と素因がリンクしていないと駄目だからだ。それにこっちの方がバレないしね。抜き出した素因は指輪の中にでも入れておくとしよう。
一つだけ残した土の素因で待機しておく。土にした理由は特に無い。後は指輪からボロい布を取り出して服を脱いだ。恥ずかしいけれど通常発生したばかりの魔族は服を着ていないのだ。指輪は少し悩んだけれど意を決して口の中に入れて呑み込んだ。
「げほっ、げほっ!」
当然だけど噎せた。指輪なんて呑む事ないからね。だけどそのお陰で自然にアルダ達が気付いたようだ。
「あん?何か聞こえなかったか?」
「聞こえたな。こっちだったか?」
路地裏にアルダ達が入ってくる。私は慌てて驚いた振りで後ろに駆け出して躓いて転んだ。アルダ達が驚いているのが分かるけれどここでやめはしない。布を引き寄せて身体を守るようにしながら下がり続ける。
「大丈夫か?」
下がっていた私を飛び越えるように先回りしたアルダと一緒に居た男性が私の顔を覗きながら声を掛ける。悲鳴を漏らして逃げ出す。うん、普通後ろにいた人が前に居たら怖いよね。という事で予定通りアルダにぶつかる。ぶつかって倒れそうになった私をアルダが支える。腰を持ってしっかり支えるその姿にアルダってこういうシチュエーションだと女性にモテそうだなと下らない事を考える。
「怪我はねぇか?」
「あぅ、うん」
私の態度がおかしく感じたのか変な間が生まれる。しっかりして欲しい。もしかしたら別人だと思っているのかもしれない。そんな訳ないのに。
「嫌われちゃったか?」
「単に驚いただけだろ」
後ろからさっきの男性が歩いてくる。紫髪で紫瞳というあまり見掛けない色のイケメンだ。困ったような表情が実に似合ってる。アルダの身体に隠れるようにしてから男性の方を見る。
「発生したばかりの魔族だよな?」
「まあそうだろうな。路地裏に居たみたいだし服装もそれっぽい。珍しいもんを見逃したぜ」
「発生なんて見れないからなぁ。そういえばこの子の名前あるのか?」
「どうだろな?あるやつと無いやつが居るしいまいち分かんねぇんだよな」
「そうだな」
紫髪の男性の容姿と口調が凄まじくミスマッチだ。優しげな顔で荒々しい口調は似合わない。凄い違和感しかない。
「おい、名前は?」
アルダがそう問い掛けてくる。私はそれに対してなまえ?と返す。ちゃんとひらがな風に返したけどそれに対しては何も言われなかった。頑張ったのに。
「名前はないみたいだな。どうすんだこいつ?」
「とりあえず魔軍に連れて帰るか?生まれたばかりとはいえ鍛えたらそれなりには使えるだろ」
「まあそれでいいか。最初はとりあえず環境に慣れさせてからだけどな」
二人の間で話が決まったらしく私をアルダが抱える。じたばた暴れる。一応今服着てないのだからやめて欲しい。布から覗く足を見て分かったらしいアルダが少し顔を赤らめて離してくれた。もう一人の男性は前を行っていたから気付かなかったみたいだ。
「……ふむ、拾い子か。まあ良いだろう。だが部屋が無いがどうするつもりだ?」
「女用のは無いのか?」
「無い。ついこの間の兵士募集で埋まったばかりだ」
私はその言葉を聞いてアルダの服を弱々しく握る。弱々しくする必要は無かったかもしれない。実際に力が殆ど入らない。素因を割と最初から持っていたから気付かなかったが結構な恩恵があったようだ。その様子を見て宿舎の管理人らしい男性がアルダの部屋に無理やり押し込めるという事になった。予定通りだけどそんな嫌そうな顔しなくても良いと思うんだけど。
アルダとウェズという紫髪男性と三人で廊下を歩く。誰かとすれ違う度にすわ誘拐か!?と驚かれる。その度に説明していて部屋に戻るのにそれなりの時間が掛かった。
「間違いは犯すなよ?メルちゃん絶対悲しむからな」
「うっせぇ!」
部屋に入る前にウェズにそうからかわれたアルダが怒る。一応怯えた表情をしておいたらウェズがそれを見て決まりが悪そうに謝ってきた。うん、アルダの反応が楽しいのは分かるけど程々にね。
「疲れた……」
アルダが部屋に入って扉を閉めるなりそう言ってベットに横になる。私は苦笑して横に腰掛ける。それを見て反射的にアルダが目を逸らす。そういえば今私布一枚だったっけ。
「……ぁぁ、服貰ってくるわ」
掠れた声でアルダが立ち上がる。指輪から服は出せないし仕方無い。行動の自由の代わりに持ち物制限が掛かったけど仕方無い。自然に魔軍宿舎に来るにはこうした方が良かったのだ。生まれて時間が経っている判定を食らうと連れて帰られない可能性が高い。それに現在の敵地ではあるけれど安全な場所でもある。流石に魔物に殺されたり無法者の魔族に殺されるなんてゴメンだよ?
暫く待っていたら廊下から多人数の声が聞こえてきた。内容は良く聞かなくても私のことだった。どうやらアルダの部屋に居るのが何処からか漏れたらしい。そこにアルダが帰ってきたようで嫌そうな声で離れるように言っている。無理やりどかしたみたいで部屋の扉が開かれる。
「あぁ、もううっせぇ!入ってくん、てめぇら!」
怒声と共にドタドタと雪崩込むように、というか若干倒れながら男性達が入ってくる。布を引き寄せて身体を隠して部屋の陰からそれを覗く。私の顔を見た男性達が一様に呆ける。
その瞬間アルダが魔法を使ったのか全員浮かび上がると廊下に叩きつけられるように吹き飛んだ。全員受け身を取っていたのが人族達とはやっぱり違うなと思う。人族だったら全員叩き付けられてのびていた事だろう。まあ部屋の扉を閉める時間くらいは稼げたみたいだが。
「……疲れた。ほら服だ。明日は色々と買いに行くからそのつもりでな」
アルダがそう言ってベットに倒れ込む。服はワンピースだ。何処から持ってきたのか凄く気になる。魔軍内部にワンピースを着た女性が居るのだろうか?
「災害支援物資だよ。魔物に襲われて村ごと潰される事も時折あるからな。子供も居るんだしそういうのもあったりするんだ」
成程、やっぱり魔の大陸って他の大陸に比べて魔物の強さが段違いだ。強い魔族の村を魔物が蹂躙するのだから意味が分からない。
「ご飯作る?」
「……頼む」
いつも素直なら良いのにと思うけどずっとこれだと私も素で接しづらいからやっぱり時々で良いかな。今日のを見る限り暫く続きそうだけどね。
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