第183話 帝都に潜む陰の者
次の日僕達は帝都に向かって馬車もとい蜥蜴車?に乗っていた。速度は馬車とそれほど変わらない。グロウラーは悪路を走行するのに向いているだけらしく馬と速度自体は大して変わらないようだ。
「そういえば女王との会談は分かるけど人災との会談って何を話すの?」
「ん?ああ、人災連中と共同で動いてヴェルデニアに打撃を与えたいってアレイドが動いてるんだよ。今剣国に居るのは武聖のイーグだけだからな。所在が分かってる人災だけでも連絡を取っておいてその時に来てもらおうって話だ」
「ふうん、まあ良いけど。人災ってどんなのが居るの?」
「剣聖のルゥイ、王騎士のリード。この二人は帝都を活動範囲にしている。教授は……まあ亡くなったみたいだがこいつも帝都を活動範囲にしていたな。宝魔殿は知らん。神出鬼没すぎてな。壊拳は亜人族の大陸に居ると思うけどたまにこっちに出てくるからこいつも居場所は掴めない。というか掴めている人災が少ないんだよなぁ。活動拠点くらい決めておいて欲しいもんだ。槍聖も結構各地を転々と移動しているみたいだしなぁ」
「そっか。なら今回はその二人?」
「そうなるな。教授が魔族じゃなければ教授も連絡する予定だったんだが……いやそれより拓也が殺した事を女王に知らせなきゃ行けないのか……だるい」
「ま、頑張ってよ」
「他人事だと思いやがって」
「僕は勇者として行動しただけだからね」
そう言いながらももしかしたらあれが味方だった可能性は口を噤む。例え味方であったとしても行動に移した事は変わらないのだ。話をしっかり聞くべきだったかもしれないとは後悔したが今更である。
暫く走らせて帝都に到着する。グロウラーを走らせて大体半日程度か。徒歩なら丸一日掛かる位である。微妙に遠いのか近いのか判断に困る距離だ。
勇者が帝都に来る事は門番達にも知らされていたのか簡単な文言と魔導具による証明だけで居並ぶ人達を無視して入れた。結構並んでいたから楽で良いね。
「とりあえず時間が時間だから今日は一泊したら王城に向かう。拓也にはそこまでは付いてきてもらうがその後は別行動で構わない。ただしすぐに連絡が取れるようにしてくれよ」
「分かってる。無線機を使ってくれたらすぐに向かうよ」
そんな事を話しながら宿に向かう。そうしたら気付いてしまった。宿に何か居る。魔族みたいだけど何か違う。そしてそれらも気付いたようだ。晃さんも表情を険しくしている。僕達の表情の変化にすぐに気付いたアイリスとレゼットさんは警戒態勢だ。
宿から一人の女が出てきた。魔導師の格好をしたその女は僕達を見ると会釈をする。そしてそれ以上何をすることも無く僕達の脇を抜けて歩いていこうとする。
「おい、少し待ってくれ」
「……何でしょうか?私達に関わらないでください。それともひっそりと過ごす事すら許してはくれないのですか?私達に安寧など許さないと?折角ここまで来れたのに」
「……いやヴェルデニアから逃げてきたのか?」
「ええ、そうですよ。満足ですか?ならもう良いでしょう?貴方達に関わる事は私達にとって危険な賭けなのです。私達はただ静かに暮らしたいのです。関わらないでください。私達も関わりませんからお願いします」
この女……僕が殺した魔族と一緒に居た?いや、あの時この女からこんな気配は感じられなかった。帝都に到着してからこの女に何があった?
「……ねえ、何で君からそんな不思議な気配を感じるの?あの時君からそんな気配は感じなかったのにどうして?」
僕が問い掛けると女は明らかに動揺した。見た目には分かりづらい変化だが。
「この帝都に何が……」
再度問い掛けようとした瞬間魔法が炸裂した。女からではない。僕達に撃たれたものでもない。勿論僕達からでもない。何処かから宿に向かって上級炎魔法が飛来してきたのだ。
「な!?」
僕達の見える範囲で一気に炎上していく宿。女も呆気に取られている。味方という訳でもないのか。
「
「
「え!?きゃあぁぁ!!」
咄嗟に宿の消火をしようとしたアーシュがまたしてもどこからか飛来した雷撃で感電する。僕は即座に結界を貼る。
「誰だ!」
「
真っ黒で目の前すらまともに見えないほど見通しの付かない闇の煙幕が辺りに充満する。感覚も狂わせるのか人の気配を感じない。風で吹き散らそうとしても全然吹き飛ばない。
「仕方ない。凍てつかせよイグナール」
闇の煙幕が凍結していく。しかし何処からか溢れているのか凍結した端からもくもくと現れる。
「イグナールでどうにか出来ないのか。厄介だなぁ」
しかしその後十分程すると自然と晴れていく。残されたのは魔力の少し込められた小さな石が複数と拓也達だけだった。宿に居た筈の魔族のような誰か達と魔導師の女の姿が無かった。あの混乱に乗じて逃げたようだ。
「失敗したなぁ……ん〜それで誰だろう?僕の邪魔をした人は」
イグナールを思い切り握る。砕けてしまえと言わんばかりに強く握る。アーティファクトで無ければ間違いなく砕けていた事だろう。僕の怒りに当てられたのかアーシュが震えている。雷撃によるダメージは抜けているようだし僕のせいか。僕はふぅっと息を吐くと怒りを鎮める。それでアーシュの震えが止まった。
「んと、取り乱したや。ごめんねアーシュ」
「い、いえ大丈夫です」
それにしても本当に誰なんだろうか。どうも魔導師の女達とは別枠の存在であるようだった。状況的に考えて敵のようにも感じるが攻撃したのは僕達じゃなくて宿だったし発動したのもかなりの高威力だった。もしあそこで魔導師の女達を助けたいのなら僕達に攻撃するべきだった。だけどその後の魔法は消火を防ごうとして攻撃してきたし煙幕に至っては良く分からない。いや分かりにくくさせるのが目的?だとしたらこうして混乱させて得をする?なら……。
「しまった!宿に証拠品がある!早く消火して!」
僕の言葉に一緒に居た兵士達などが戸惑いながら宿に向かって水を掛けていく。だけど多分無駄だろう。煙幕が消えるまでおよそで十分以上あった。それだけあれば証拠品の類の量によっては十分に始末出来る。
火が消えた瞬間に宿の中に入る。亡くなった人はどうやら居ないみたいだ。だけど宿の宿泊名簿は持ち去られていて訪問客の名簿も無かった。気配が感じられた部屋にも入ったが残されたものは何一つ存在しなかった。あるのは居たであろう痕跡だけだった。仕方なく宿の外に戻る。一人の兵士に話し掛ける。
「宿の従業員は?」
「気絶しています。どうも何かの魔法を使われたみたいで覚醒しません」
「……アーシュ、何の魔法か分かる?」
「すみません。既存の魔法ではないみたいで解呪まで時間が掛かります。効果はまだ分かりませんが読み取れた術式だけなら意識混濁に酩酊、混乱、誤認です。まだ幾つかありそうですが主な術式はこれくらいです」
「なら読み取れなかった部分は何となく分かる。記憶の改竄だろう。正確には理解していた部分を不理解にするみたいな感じかな。記憶を誤魔化す魔法だと思う」
僕はそう言いながら苛立ち混じりに瓦礫となった宿の一部を蹴り飛ばす。
「何処のどいつかは知らないけどこの報いは必ず受けてもらうよ」
僕の言葉は空に消えて誰の耳にも届かなかった。
「はぁ〜怖かった。あの勇者恐ろしいなぁ。少し遅かったら見付かっていたかもしれない。まあこれのおかげで貴女達を助けられたのだから良かったです」
「それは有難かったのですけど一体貴方は誰なのですか?」
「ん、あれ?知らなかった?むむ、スイ様は私の事を言っていないのかな?まあそのおかげで私がマークされていないと思えば良いのかな?」
「多分誰にも伝えられていないんだと思います。私の事も」
「まあ良いか。えっと私の名前はキー……じゃない。アイです。まあ元貴族ですけど気にしなくて結構です。今はただスイ様の信奉者ですから」
「私はスイ様に助けられた者です。ユエと言います」
そうして元貴族の少年とスラム街の少女はにこやかに笑う。その瞳にはスイへの底無しの愛情があった。
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