第184話 眷属達と勇者
「とりあえず私が今居る宿に向かいましょうか。その後の行動に関してはグルムス様にでもお聞きしましょう。この様な些事でスイ様の御心を乱すのは心苦しいですし」
アイはそう言うと私達を連れて歩き始める。スイ様の名前を知っていて私達との関係性をある程度知っているようだし味方と完全に断定するのは危険だけど少なくとも敵だとは思わない。
「ふむ、確かに。勇者と無駄に関係を持つ事など面倒な事になれど好意的に作用することは無いだろうしな。少なくとも魔族が敵対者である以上ろくな事にはならんだろう」
クド様が頷きながら言う。この人私が仕えていた王家の王子様なのよね。そう考えたら今一緒に行動しているのって不思議な感じ。いや王女様もいらっしゃるのだけど。昔なら出世とか思って喜んでいたのかな。
あの時反乱が起きた事は私は知らなかった。その時には私騎士団を辞めていたから。でも辞める時に同僚が変にキラキラした目で見ていたのが気になって少しの間あの国に留まった。まあそのお陰でアスタール様に出会ってここまで連れて来てもらったのだけど。結果的には正解だったわけね。
スイ様に再び出会った時私は生まれ変わった。そうして気付いたのだけどあのアスタール様は教授と呼ばれる人災であると同時にスイ様が作り出した全く別の生命であったという事。これに気付いたのは元々魔力操作が得意な私位だけど。
「些事だとは思うけどやっぱりスイ様に報告した方が良いと思うの。私達が原因でスイ様の御心を乱すのは私だって嫌だけど黙っていてスイ様の不利益になる方が駄目だと思うもの」
私の言葉に全員考え込む。しかも今はただでさえ眷属でない人を抱えているのだ。状況は知らないだろうけど流石にここでメアリーを助けない選択肢はない。スイ様によろしくと頼まれたのだ。直接私達の中で頼まれたのはドゥレさん達ではあるけどそんなものは関係ない。
「知らせるか知らせないかもグルムス様に訊きますか?」
インリさんがそう言うけどその言葉はすぐにクド様に止められる。
「いや、やめた方が良いだろう。為政者となる存在にとって自己での判断を捨てた者程重宝しづらい。ただでさえ宙に浮いた存在である私達だ。ここで面倒事をただ押し付けなどしたら心象を損なうことは明白だ」
「う〜、皆でやれることからやっていったらだめなの?」
レンちゃんがそう言う。
「……いやそうだな。まず私達で出来ることからやろうか。その後私達だけで判断するのが危険なものだけ報告することにしよう」
クド様がそう言ったことでとりあえずの方針が決まった。ちなみにここまで一緒に付いてきているけれどコルンとリンはあまり喋らない。元々私達とは違ってスイ様に対して好意的な反応を持っていなかった二人だ。仕方ないかもしれない。
コルンはスイ様がいらっしゃる時はベタベタするけどそれ以外ではリンと少し話す程度だ。それ以外の私達に至っては意識すらまともに向けない。完全に壊れているのだ。リンはそもそも敵対していた側だ。スイ様に何かされたのか少し和らいではいるけどそれだって完全ではない。
それでも二人は一応同じ眷属だからか付いてはくる。不利益になる行動も取らないだろうが積極的に利となる行動を起こすこともないだろう。レンちゃんは両親が眷属だからと言うよりこの子自身もスイ様のことを好いているから付いてくる。その瞳が若干ユエの瞳に近い感じがして少し怖いけど多分私も似たような瞳をしているのだろう。スイ様は人を惹きつける何かを持っているのよね。
「ではまず最初にすることは潜伏場所の確保ね。流石にもう一度別の宿に泊まるという選択肢は無いでしょう」
「それなら僕の元屋敷に来ますか?没落してはいますし崩れ去ってはいますが多少改築をすれば住むことぐらいならば出来るでしょう」
「最悪私の家でも構いませんよ。スラム街ではありますし狭い家ですけれども詰めれば住むだけなら出来るでしょう」
「いや、どちらも目立つ。崩れ去った屋敷に出入りする者など目立って仕方がないしスラム街も同様だ。大人数で一つの家など何かやましい事をしていると喧伝しているのと変わらん。それよりかは渡されている金で家を借りるか買った方が目立たん。足りないならば私達が持っている幾つかの宝石の類を売り払えばいけるだろう」
クド様の案が採用されたので私達は不動産を見に来ていた。ドゥレがお任せをと言って中に入っていく。そこは流石商人といった感じか。相場より少し安く買えたらしい。借りるではない辺りにその手腕を理解する。
案内されたのは没落した商人の家だ。没落理由は単なる散財だ。正確には融資話を持ち掛けられて失敗。その後何とか持ち直そうと色々な所に散財して身を崩したとかいう話だ。それほど大きくもないが小さくもない。私達が住むなら無難な場所といった所か。というか仮にも元王子と元王女が極普通の家に住むことに異論が無いって変な感じね。
「さて潜伏場所は確保出来たけどこの後どうしましょうか?勇者が来た事を何とかスイ様に知らせたいわ」
「勇者が居ると喧伝してみたらどうでしょう?私達でサクラの役割を担うのです。直接私達が会うのは危険ですが」
「それなら私達に仕えている執事達を使いましょう。服装を変えて溶け込ませれば気付かれないでしょう」
「なら真っ先に学園内部に人を送り込むべきね。今なら体育祭で自然に入れるから」
そうして私達は対勇者情報網の構築を急いだ。スイ様が作り出した無線機は最高ね。
「結局泊まる所どうするの?」
「宿燃えちまったしなぁ……仕方ないから王城に向かうしかないだろ。拓也も我慢してくれ」
「分かったよ」
そう息を吐いて項垂れる。帝国と呼ばれる国の王城とか堅苦しそうで嫌なんだけどなぁ……そう思っていたけど王城に着いて驚いた。何で城門ぶっ壊れてるの?それどころか城のあちこちが崩壊しているんだけど何があったの?
「そこの兵士さん。この城の惨状は一体何があったの?」
門番?をしている兵士に話し掛ける。門無いけど。
「え?あぁ、勇者様ならこの状況が見えてしまうのですね。今現在この城の状況は幻影によって元の姿に見せられています。なので他の者にはくれぐれも知らせないで貰えたら」
「あ、うん。分かった。それでどうなってるの?」
「陛下が亡くなられた原因です。ある晩数名の襲撃者によって城が落とされたのです。高位貴族の数名はその晩に亡くなり宰相も亡くなられました。現在城内は慌ただしく動いていますので申し訳ないのですが帝都内の宿に泊まって頂けると幸いです」
兵士の言葉に頷くと全員で城から離れていく。
「……は?んな情報知らねぇぞ」
晃さんの戸惑った言葉が全員の心情を表していた。
「……あの兵士さん隷属化の魔法が掛けられていたね」
僕の言葉に晃さんが答える。
「状況が状況だからな。幾ら信頼出来る相手だろうが不測の事態ってのは発生する。それを防ぐためだろう。隷属化させてしまえば万が一にもバレないからな。あの兵士も隷属化の紋様を隠しもしなかっただろ?」
確かにあの兵士の首元は隠されていなかった。ただ何故か凄く気になる。そう考える僕がおかしいのかな。あれが偽装に見えてしまうのだ。過敏に反応しているだけなのだろうか。分からない。
「でも……もしあれが偽装なら」
それを考えた者はかなり頭が回る。流石に姉さん程ではないけど。姉さんならどう考えるだろうか。きっと僕では見抜けない何かを見抜くと思う。まあ少なくとも今は動けない。証拠が何一つないからだ。
「王様のお墓参りでもしたあとは自由行動になるの?」
「ん?ああ、そうなるだろうな。この調子じゃ女王に会うのも出来ないだろ。襲撃者の存在を警戒したら勇者だろうが何だろうが武装した兵器みたいな存在を近付けさせられないだろうからな」
……どうしても先手を打たれた感じがする。駄目だな。悪い方ばかりに考えても仕方ない。自由行動の時に体育祭でも見て気分を紛らわせる事にでもしようか。
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