第182話 テンプレ
『何?教授が?』
「うん。少なくとも人違いとかじゃ無いと思うよ。流層剣マウリアの所持者でアーティファクトを幾つも所持しているのが他に居ない限りではだけど」
『いや、殆ど間違いないだろうな。しかし教授がか……面倒だな。仕方ない。拓也、お前今どの辺りに居る?』
「帝都から少し離れた街の中だよ。名前までは確認してないけど」
『分かった。俺達も帝都に向かうから拓也は一旦そこで待機してくれ』
「あれ?帝都に向かう予定だったなら僕が魔族を追い掛ける必要あったの?」
『こっちは公式の訪問だからな。流石に手が離せねぇよ。何せイルミアの皇帝の死亡だぞ?幾ら勇者であっても礼儀が出来てるか怪しい少年を送るとか出来るわけないだろう』
晃のその言葉にそれも当然かと拓也は思う。しかも他の人には更に少女に見える上幼くも見える。まあ実際十三歳なので幼いのだが。
「まあ理由は分かった。それで僕も帝都に向かえば良いの?」
『いや、こっちが迎えに行く。どうせあと一日か二日の距離だからな』
「分かった。なら来るまで適当に過ごしておくよ」
そう言って無線機を切る。スイが作ったとされているこの無線機はやはり便利だなぁと思う。着信音だけは未だ忌避感があるが。
「それにしても結局帝都に行くのならあの冒険者達追うべきだったかなぁ?いやでも教授の正体は知らない感じがしたし……勇者であることを言った方が良かったかな?いや信じないか。影の衣強いし便利だけどこういう時は邪魔だよねぇ」
そもそも勇者の情報は中々出回っていない。拓也自体が幾ら強かろうがその身は十三歳の少年だ。魔族がどんな手を使うか分からないし剣国以外の貴族が何をするか分からない。そんな中情報が出回ると要らぬ事を考える輩が出ないとは言えない。その為明かした所で信じるかは分が悪い賭けと言えた。
「まあとりあえず少し待っておこうか」
そして待つこと二日、僕が居る街に馬車がやってきた。結局街の名前を聞いていないけど別にいいかな。あんまり興味無いし。それより馬車?を引いているのが蜥蜴を大きくしたような魔物だ。
「これってもしかしてファンタジーな地竜ってやつ?」
「いや残念だがこれはグロウラーっていう家畜だな。馬と同じ扱いだし何なら魔物ですらない」
馬車から降りてきた晃さんの言葉に僕は項垂れた。
「本当にこの世界ってテンプレが嫌いだよね……」
「それに関しては同意する。ゴブリンもオークも居ないのは驚いた。オーガはいるらしいがどうも基本的に統率された群れで行動するらしいしな。オーガのイメージは単独での行動なんだが」
「ちなみに他のテンプレはどうなの?」
「ポーションは無い。当然凄い回復薬、ネクタルやエリクサーなんかも無い。ミスリル、オリハルコンみたいな不思議金属もない。別の金属ならあるが普通に産出されるらしいから微妙だ。量こそ限りがあるらしいけど。後はテイマーやサモナーみたいな者も居ない。魔物をまず従えるのが無理みたいだな。物理的に強いはずの銃や火薬とかも意味は無いな。銃弾より速く移動する化け物が多いしそもそも当たっても死なないやつが意外に多い。火薬はそれより酷い。爆撃が出来る魔法があるからそんなにだな」
「テンプレ嫌いなの?」
「知らないけどそうなんじゃないのか?帝都にはダンジョンあるらしいから一回くらい行ってみたらどうだ?ダンジョンクリアとか報酬とかはないみたいだが」
「ダンジョンコアとかマスターは?」
「無いな。というか名前を変えただけで異界だからな。終着点なんか最初から無い。構造が潜っていく形だったり塔だったりでダンジョンっぽいだけだし」
「入ったことある?」
「ある。一応罠とかも出てくるからダンジョンの気持ちは味わえるぞ。味わえるだけだが。宝箱は出るけど中身は貴重なだけで買えないやつじゃないしな。資金に余裕があれば買える。どちらかと言うとダンジョンの旨味は魔物だからな。食べられる魔物が多いらしい。素材として優秀なやつって事だな」
「魔物素材案外優秀なやつ多いもんね」
「アーティファクトで戦ってるとあんまり実感無いんだけどなぁ。冒険者達も高ランクになればなるほど魔物素材だらけになるぞ」
「そしてそれを自前の身体と魔法だけで撃退するどころかこっちに打撃を与えてくる魔族って明らかにパワーバランスおかしくない?」
拓也の疑問に晃が頷く。
「まあそれに関してなんだが歴史を紐解いていけばよく分かるぞ。昔の人族とか亜人族は今の魔族位が平均的な強さだったみたいだぞ。神々の歴史って本が有名だから読んでみると良い。意外に面白いぞ。一部は脚色だったりが入ってるとは思うが殆ど本当のことしか書いてないみたいだからな」
「へえ、歴史の本で殆ど事実ってなかなか無さそうだよね」
「まあ書いたやつがドルグレイに直接聞いた事もあるみたいだからな」
「……書いた人何者?」
「書いた当時があまりに昔過ぎて名前までは判明してないけど当時の情勢とかを考えたら歴史王ゼグノウィンっていうのが有力な説だな。今の法国が参考にしている国の建国者だな。もうその国は無いけど」
「そっか。亜人族の神に話を聞きに行くとか凄いねその人。生きていたら今の状況を憂いて手助けしてくれそうだ」
「生きてても無理だと思う。ゼグノウィンは滅茶苦茶弱いことでも有名なんだ。自分の息子と模擬戦して負けたとか近衛兵に助けてってしがみついたこと二十回以上、有名な台詞が《僕が死んだら世界の損だからな。お前分かってるのか!?やめろ!死にたくない!いーやーだー!》だからな」
「……」
僕は頭痛を堪えるかのように頭を抱える。うん、あれだよ。きっとその人は肉体の能力を殆ど頭脳とかに使ったのだろう。もしくは神を前にして話を聞けるという微妙に凄いのか凄くないのか分からない胆力かもしれない。
「ちなみに頭はそんなに良くなかったらしいぞ。息子の教育している人に何を勉強しているのか訊ねて分からなくて後に別の教育者に教えてもらったっていう逸話があるからな」
「黒歴史王?」
「そう言いたくなる気持ちは良く分かる。ただゼグノウィンは歴史に関してだけは決して妥協しなかった事でも有名だな。戦争が起きたら両国に行って内容を精査してお互いの話をすり合わせて本を書いたとかもある。一応その時は停戦時ではあるらしいが緊迫した状況だからな?神々の歴史って本は作るのに三十年かけて書いたらしいし。だからゼグノウィンの書いた本は実はそう多くない。それでもその本だけで充分過ぎるほどの功績だから歴史王なんだ」
「凄いねその人」
僕はそう呟く。やっぱり生きていた方が良かったかもしれない。きっと生きていてくれたら今の状況も正確に理解して本にしてくれただろうに。
「まあ良いや、それより帝都に向かうのはいつ?」
「とりあえずここで一泊してからだな」
「じゃあ明日?」
「そうなるな」
「帝都ですることはある?」
「いや流石に拓也に女王との会談や人災連中との会談やらは任せられないからな。今なら学園の体育祭がやってる筈だからそれにでも行ってもらうことになるだろう」
「そっか。それって……そこに隠れてモジモジしているアーシュと?」
「おう、それと近衛団長だな」
「近衛団長……レゼットだったっけ?」
「合ってる。その二人と一緒に行動する形だな。アイリスも一緒だけどまあそっちはあんま気にするな。アーシュぐらいしか守らないから」
「き、気付いていたのですか……」
「流石ですな勇者様」
僕が何故か路地で隠れていたアーシュの方を見ながら話すとモジモジしながらアーシュが現れる。レゼットはアーシュと一緒の路地から出てきた。アーシュが持っていた杖はアーティファクトだった筈だが今は剣国を離れているからか普通の杖になっている。レゼットが持っている剣と盾は両方アーティファクトだ。効果までは知らないが使い手を選ぶらしいからそれなりに高位のアーティファクトなのだろう。
「まあアーシュ殆ど気配消せていなかったしね」
僕が言うとアーシュはショックを受けた表情でよろめいた。うん、やっぱりアーシュって面白いなぁ。ちなみに隠れていた理由だが驚かそうとしていただけだった。僕に好意を持っていてとかではない。だってアーシュ婚約者居てるし。相手は僕より三つ上の若い侯爵様らしい。二人の関係は幼馴染で仲は良好だ。勇者が困難を退けてお姫様と結ばれるといったテンプレは最初から存在しなかった。やっぱりこの世界ってテンプレ嫌いだよね?
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