第255話 酷く雑な旅は終わりに向けて進み行く
「あれ?」
「だから言ったのに、さっきの道を曲がったら良かったんだよ」
「でもイーグだって賛成した」
「人形姫がこっちって自信満々に言ったから何も言わなかっただけだろ」
「むぅ……」
海に向かって走っていた筈なのだが何処で道を間違えたのか山の中をスイとイーグは走っていた。道中で魔物に襲われもするがそれ程強くない為に行きがけの駄賃とでも言わんばかりに一蹴されていく。お互いに話しながらそれを行っている時点で全く気にも留めていない事は分かるだろう。
「山の上から方向確認しよう」
「良いけど登るの大変だぞ」
「三十分もあれば登りきれるでしょ?」
「人外と一緒にすんな。一時間だ」
「人外だし」
「開き直んなよ……」
それなりの高さを持つ山を一時間で踏破するというだけでも十分人外染みているのだがそこには気付かないイーグはこの世界にかなり染まっていると言えるだろう。まあ転生してから初老と呼べるだけの年齢を重ねてきているのだ。当然といえば当然かもしれない。
「あ、見て美味しそうな果物」
「あれ毒持ちだからやめた方が良いんじゃねぇかな」
「美味しそうなのに……」
「ヘドロみたいな味のする果物食いてぇなら止めはしないぞ?」
「絶対食いたくない」
遠くに見える瑞々しい林檎のような果物を見てはそんな会話をしていく。実際にそれを食べた猿のような魔物が地面で悶えて意識を失ったのを見てスイは意見を変える。
「うわっ、派手な色の蛇。隠れる気全く無いね」
「あいつ結構高く売れるんだよな」
「よし」
「掴むの早ぇ……」
まるで虹のような鱗を持つ蛇を鷲掴みにしては殺して指輪に入れる。番であろう二匹を捕まえてスイは少し嬉しそうだった。
「何あれ?」
「
「吐き気を催す見た目に吐き気を齎す匂いのべちょべちょした草とか嫌がらせを煮詰めた存在だね。絶対触りたくないし近寄りたくないし間違えても口には入れたくない」
「大丈夫。俺もだ」
泥とほぼ等しく見える草などを見ては少し離れたりと何だかんだと楽しそうに山を登り切ると山頂から周りを見渡す。
「……海は……あっちだったか」
「何も見えねぇんだけど」
「あっちだよ?」
「人外乙」
海など全く見えない方向を指差すスイに呆れ顔でイーグが応える。
「で?海までどれくらい掛かりそう?」
「多分……三日くらい?」
「道迷ったせいで完全に遠回りしてんじゃねぇか」
「ん……」
「いや普通にしょんぼりされたらされたで困る。分かった。俺が悪かった」
「じゃあ貸し一つね?」
「迷ったからそれで帳消しな」
「むぅ……」
そんな会話をしながら二人は山を降りていく。登った時とは違い流石に走りはしない。斜面がそこそこ急なので危ないからだ。とは言ってもこの程度であれば躓いたとしても二人が怪我をする可能性は皆無に等しいのだが。まあ走らずともそれなりに降りる速度が早いから走る必要が無かっただけとも言う。
「改めて海に向かって出発」
「おう、次は俺がナビゲートするからな」
「ん、お願い」
「素直で宜しい」
「あ、あそこに果物が」
「食べられるけど干し肉みたいな味するぞ。果物と思うなよ」
「食べた事ないからちょっと気になるかも」
「幾つか取ってくか?」
「うん」
「ちなみに栄養はほぼ無いらしい」
「何それ」
「あれはそれが生えてる木の栄養の残りで作られるらしいからな」
「理解した」
干し肉果物という不思議な果物を指輪の中に目に付いた分だけ入れていく。割と木に生っていて五十は手に入った。まあこれらを食べる時はそう来ないだろうが。
二つ持って片方をイーグに渡しもう片方は自分で持つ。そして口の中に入れると果汁の類は殆ど無く妙に噛みごたえのある食感と塩気の抜けた干し肉のような味が広がる。
「……個人的にはスルメとかと一緒でずっと噛んでいたくなるような味だね。割と美味しい」
「だよな。俺も酒と共に食べたくなるし。果物の癖に大して栄養も無いからダイエット食っぽくもあるんだよなぁ」
「栄養が無いからお腹だけ脹れても栄養失調とかで倒れそうだけどね」
「あぁ、実際にそれあったからな」
「あ、あったんだ」
「この世界だと栄養とかあまり知られてないからな」
「じゃあどうやって知ったの?」
「魔法」
「魔法は便利」
下らない会話をしながら干し肉果物を齧る。一つ当たりがスイの頭ほど大きいのでやたら食べ応えがある。
「これって街とかで売ってるかな?」
「栽培してる所は色々あると思うし探せばあるんじゃねぇかな」
「どういう名前なの?」
「ドライミートフルーツ」
「そのまま過ぎて逆に驚く」
「まあ見付けたのはクライオンだからな」
「クライオンか。あれ、というかイーグは知ってるの?」
「あんなあからさまな転生者居たらそりゃ気になって会いに行くわな」
「納得した。英語だもんね」
「まあ覚えやすくて有難いけどな」
「私は元の名前知ってるから偶に分からなくなるけど」
「それはもう諦めるしかないだろうな」
スイは頷くと指輪から果実水を取り出す。イーグにも投げ渡すと自分用に出した果実水を飲み始める。
「喉渇くよなこれ」
「塩気が少しはあるからね……」
「家で食う分には気にしなくても良いんだけどな」
「とりあえず飲み終えたら少し飛ばそうか」
「了解。とりあえず向きはあっちな。途中で逸れんなよ?」
「多分大丈夫」
「なんで確信持って言えねぇんだよ……」
呆れ顔のイーグから顔を逸らすとさっさと果実水を飲み干す。スイがさっさと走り出したのでイーグは慌てて飲み干すとその後を追い掛ける。
ざあっと波が岸壁にぶつかる音が辺りに響き渡る。山に間違えて行った日から五日後にスイとイーグは海に到着していた。道中で魔物に襲われている商人を見付けたからだ。
護衛は全滅していた訳では無いが数で押されたのか五人居た冒険者のうち二人が死んでいたのだ。そこで商人から助けたスイ達を護衛にと頼まれ近くの街まで送り届けたので予定より遅れたのだ。
その報酬にスイは珍しい果物であるバルトラーゼという果物をあるだけ貰った。貰ったとは言っても正確には安く買える権利を貰って街に着いた瞬間に買い物をしたというのが正しい。見た目は葡萄にしか見えないがかなり極上の味らしく高級店にしか卸さないという物だ。高くはあったがスイは満足していた。
イーグが貰った報酬は小さな宝石だ。決して高い物ではないがそれを貰いすぐに加工店で耳を傷付けないようにしたイヤリングへと加工して貰っていた。それをスイの耳へと付けると本人は大満足していた。小さな赤色の宝石はスイに酷く似合っていた。
金には困っていないからこその報酬だったのだが二人のその行動に冒険者達は何とも言えない表情を浮かべていたのは仕方の無いことだろう。
「海だけど砂浜が無いね」
「もう少し歩けば砂浜があるらしいからそっちの方に向かうか」
「ん、案内お願い」
「了解。こっちな」
頷くスイの耳には綺麗な耳飾りが付いていた。決して小物の類が好きなスイではなかったがわざわざ作って着けてくれた物を本人の目の前で外す程無神経ではない。そもそもそれなりに綺麗な耳飾りはスイ自身が気に入っているというのもある。まあずっと着けていれば面倒になるか汚したくないかで多分途中から外すのだろうが。
「砂浜が綺麗だね」
「そうだな。白い砂浜の中に明らかにデカい蟹みたいな魔物が居て砂浜荒らした挙句同じ蟹の魔物を殺して一部を血に染めてなければ綺麗って素直に言える筈なんだがな」
「蟹って美味しいよね」
「魔物というより食材にしか見えてねぇなこれ」
「大きいし食べ応えはあるよね」
「人の話すら聞いてねぇ。食欲ってこえぇわ」
そう言いながらも少し嬉しそうなイーグは蟹の味を思い出しているのだろう。その後すぐに二人して嬉々として襲い掛かる。そうやって襲い掛かってきた二人は魔物からしたら恐怖の対象だったに違いない。
結局その数分後にはその蟹の魔物も先に死んだ魔物と同じ運命を辿るのだった。
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