第285話 叫び
それからの俺達の日常は変な話だが至って普通の日常だった。普通のと言っても寝ては数日眠るのを繰り返していたので全く普通では無いのだがそんな意外と代わり映えのない日々を一ヶ月も過ごしたある日ようやく寝て翌日に起きられるようになった。
「……アルフ兄!?」
「よう、ディーン。驚いてるってことはようやく普通になった感じか?」
「僕には分からないよ。ルーフェさんを呼んでくるね!」
そう言いつつもディーンは嬉しそうに笑いながら出て行く。ここ最近というよりこの一ヶ月ずっとディーンの顔しか見ていないから忘れそうになるがフェリノやステラの世話はその魔王の人がやってくれている。
「まともに動けなかったから身体が鈍ってるのが良く分かるな」
身体がギシギシと嫌な音を立てている。それでもこの程度で済んでいるのはディーンが寝ている時にマッサージ等をしてくれていたからだろう。二ヶ月以上殆ど寝たきりだったにしては身体にそれ程不具合が出ていない。今まではこうして確かめているだけでも眠気がやってきていたが今はそんなに眠たくもない。そうしていると部屋の扉が開いて一人の女性が入ってくる。
スイを助けた時に居たらしい女性だ。あの時は無我夢中で周りが見えていなかったが普通に見たら忘れそうにない位印象の強い女性だ。美しい緑髪にスイ程ではないがまるで作られたかのような綺麗な肌、手足はその見た目にしてはかなり細い。今にも折れてしまいそうだ。薄い赤の瞳は優しげに細められていて母性を感じる。
「あら?起きたのね。少し視るけど不快に感じたら言ってね」
その女性、ルーフェさんは俺の腕を取ると魔力を流してくる。不快に感じるどころか暖かくて心地よいとすら感じる。スイに魔力を流された時とは違うその感触に不思議に思っているとルーフェさんは笑う。
「うん。特に問題は無さそうね。おめでとう。貴方は無事にスイちゃんの眷属と化したわ。無茶苦茶な術式だったから少し心配だったけど流石は制御の素因と言わざるを得ないわね」
ルーフェさんはそう感心した後俺の顔を見る。
「それでアルフ君だったかしら?貴方はこの責任をどう取るの?」
その言葉に込められた怒りを感じて一瞬喉から声が出なくなる。この人は怒っている。スイを危険に晒した事を。しかし俺はそれに応える言葉を持たない。だから俺が思う事をただ伝えるだけだ。
「取れません。俺にはまだ。責任なんてもの背負える立場じゃない。だけどすぐに背負える立場になってみせます。スイの隣に、いや前に立ってみせます。それまで少しの間我慢してください」
傲慢とも取れるその言葉をどう受け取ったのかルーフェさんは厳しい目で俺を見つめる。そして暫く見つめた後ルーフェさんは一息吐くと仕方なさそうに笑う。
「そうね。貴方にはまだそんな責任を背負えない。だけど覚えておいて。貴方達三人にはスイちゃんからかなりの力を配分されているわ。それはつまりそのままスイちゃんの弱体化に繋がる。貴方達はその期待に応えないといけない」
「……絶対に期待に応えるなんてそんな大それたことは言えません。だけど持てる力の全てを使ってでもスイの為に動く事は誓います」
俺がはっきりと宣言するとルーフェさんは笑みを浮かべて俺の頭を撫でる。
「お願いするわね。私達じゃ役に立ちそうもないから貴方達がスイちゃんの傍に居てあげて」
ルーフェさんは寂しげに言うと立ち上がる。そしてそのまま部屋を出て行くと少ししてからディーンが入ってくる。
「ルーフェさんは?」
「戻ったよ。完治?したってさ。少なくとも動いても問題無いだろうって」
そう言うとディーンは晴れやかに笑う。考えてみればルーフェさんが居たとはいえ恐らくは殆どディーンが動いた筈だ。まだ十歳になったばかりのディーンにとってはかなりの辛い作業だったろう。俺なら少なくともいつ消えてもおかしくない三人の世話をしながら環境を整えて手出し出来ないようにして他から金を持ってきてなんて出来るとは思えない。いずれ出来るようになりたいとは思うが。
「あ、それでね。アルフ兄」
「何だ?」
「んと、この前スイ姉がした事をアルフ兄に話したでしょ?」
「ああ」
「その話はフェリノ姉やステラにも言ったんだよ」
「……フェリノは落ち込んでステラは自信喪失って所か?フェリノは俺が励ましてやれば多少持ち堪えそうではあるけどステラは……もしかしたらもう戦えないかもしれないな」
「二人の事良く分かってるね。その通りだよ。フェリノ姉はずっと考え込んでてステラは……塞ぎ込んじゃってる。僕は伝えない方が良かったのかな?」
「いや伝えない方がきっと酷くなる。ディーンは悪くないさ。だから後は任せろ」
ディーンの頭をポンと叩いて笑う。はっきり言って二人は良くやっているとは思う。だが元々フェリノは俺が守り続けていた。戦闘なんて殆どしたこと無かった妹だ。それがなまじ最初から戦えてしまったが故に変な自信が付いてしまった。その報いが今来てしまったのだろう。
ステラがどうだったかは知らない。だが立ち振る舞いや動きを見る限り狩りの経験はあってもそれ以上の物は知らなかった可能性が高い。フェリノと違うのは苦痛の記憶だ。ディーンが言うには殆ど一瞬でやられてしまったフェリノと違いヴェルデニアに殺気を向けられ自信のあった攻撃も防御とは程遠いもので防がれその上で死に至る攻撃を苦痛付きで味わわされた。心が折れても仕方ない。俺もそんな事をされたら心が折れそうになる。
「あ、あとスイにも会いたい。大丈夫か?」
「うん。大丈夫だと思う。ただ僕は大丈夫だけど一応念の為アルフ兄達は触らない方が良いかもしれない。見てる感じ実感は無いだろうけどアルフ兄達が眷属化したって事はその身体はもう魔族と同じ魔力体だからね」
「そうか、そういえばそうなんだよな。あまりに違和感が無いから忘れそうになる」
恐らく身体の欠損が発生しようと今なら魔力を流すだけでそこが再生するのだろう。そう考えると中々怖いものだと思う。というか魔力体になってから身体がギシギシと鳴るってのは実はかなり危険なのではないかと思えてきた。いやスイは寝起きは背伸びをしていたりしたし大丈夫だと信じたい。
「とりあえず身体を動かしたいな。服も着替えたいし案内してくれるか?」
「分かった。服はそこの棚の中だけど動ける?」
「大丈夫だ」
「じゃあ僕は水でも持ってこようか」
「頼む」
「了解。少し待っててね」
ディーンが出て行ってからポキポキと鳴る身体を動かして棚の中から服を取り出す。着替えると少ししっかりした感じがする。着替えて少しするとディーンが桶に汲んだ水を渡してくれたので布を使って顔を少し濡らす。ひんやりとした水が気持ちいい。
「うっし、動くか」
そう言った直後に腹の音が鳴る。
「その前に食事だね」
ディーンに笑われた。最近は腹の音が正直になった感じがする。さっと食事を済ませるとディーンが部屋を出て案内してくれた。スイの部屋に行きたい気持ちを抑えつけてフェリノの部屋に入る。フェリノは既に起きていたようで入ると顔を上げる。
「フェリノ」
「お兄ちゃん」
フェリノの元に近付くとフェリノの頭を撫でた。何か言おうと思っていたがフェリノの顔を見た瞬間言葉は要らないと分かった。フェリノは既に乗り越えかけていた。後はほんの少しの後押しが欲しかっただけなのだろう。フェリノの頭を撫でているとフェリノが俺の身体に頭を預ける。撫でるのをやめて愛しい妹の身体を抱き締めてあげる。
「お兄ちゃん……私悔しい。何も出来なかった。足を引っ張った」
「ああ」
「次も足を引っ張るかもしれない。何も出来ないだけならまだ良い。でも足を引っ張るのだけは私が私を許せない!お兄ちゃん悔しい!」
「ああ」
「次は絶対に悔しい思いなんてしたくない!」
「ああ、そうだな」
「私もっと強くなる!もっともっと強くなる!」
「ああ、一緒に強くなろう」
「……だから今だけは弱くても良い?」
「ああ」
「ああぁぁぁうあぁぁぁん!!私!スイを殺しかけた!!私のせいで!きっと私が行かなかったらスイは今も起きてた!ステラも死にかけなかった!皆を私は危険に晒した!弱い私なんて死ねばいい!死ね死ね!死んでしまえ!」
フェリノはそう叫びながらも縋り付くかのように俺の服を握り締める。
「でも私は死なない!絶対に死んでなんてやらない!ずっとずっと生きて!ずっとずっと悔やみながら!今度は間違えない!間違えてなんてやらないんだからぁぁ!」
フェリノの叫びを聞きながら俺はひたすらにフェリノの身体を抱き締める。きっとフェリノの叫びが俺の心の声に近かったからだろう。俺も一緒に涙を流していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます