第284話 真実の姿を貴方は知る



「あの日僕や人災の人達、シェスからも血を吸ってスイ姉が創ったケルベロスとかからも魔力を貰って魔法を発動させてた。更に素因っていうのもかなり酷使したらしいよ。スイ姉が時折言ってた混沌っていう素因はありとあらゆる属性がごちゃ混ぜに混ぜられていて絶妙なバランスで成り立っている素因らしくてね。その中から改竄っていう素因の力を使う為にはその属性を表に出さないといけないらしいんだよ。絶妙なバランスで成り立っているそんなものから一つだけ強く押し出したら当然崩れ去るよね。スイ姉がしたのは根幹を揺るがす行為なんだって」


ディーンの語るスイがした事は下手をすれば助けるどころか自分ごと自滅しかねない行為の数々だった。だけど俺は聞くしかない。それは俺達のした行為でスイがしなければいけなかった事だからだ。


「そんな状態でスイ姉はアルフ兄の怪我に付き纏っていた混沌の素因を一緒に来てたラグっていう凶獣の子が居たじゃない?あの子の持つ元素因アニマスっていうやつに移し替えてその後眷属化させたみたい。その時にアルフ兄の怪我を武聖イーグの身体に移し替えたんだ。フェリノ姉やステラの怪我も同じようにしていたよ。そのせいか武聖イーグの身体は八割方消えちゃったんだけどね」


武聖イーグ、見た事もない存在だがスイとどういう関係だったのだろうか。わざわざ死体を持ち運んでいた事から色々と深い関係があるようだが。


「正直な話魔法に対してそこまで深い造詣がある訳じゃないからやっていた事は理解出来なかった。でも結果だけで言うならスイ姉はイルナ様ですら匙を投げるレベルの魔法を成功させてその代償にスイ姉は眠りにつくことになった。イルナ様達の見立てではスイ姉は最低数年は眠り続ける。魔法で起こす事は危険だからやめた方が良いらしいよ。スイ姉の身体は見ただけでは分からないけどボロボロで崩れ去る一歩手前らしいから。例え治癒魔法だろうが何らかの魔法が掛けられた時点でどんな影響があるか分からないって言われる程度には危険だそうだよ」

「……そうか」

「そうだよ。はっきり言ってスイ姉の身体の負担だけを考えるなら僕はアルフ兄達は見捨ててもおかしくなかった。だけどスイ姉はそれを良しとしなかった。その意味をしっかり考えて」


それだけを言うとディーンは立ち上がる。


「……ディーン」

「アルフ兄、僕はアルフ兄達の事は好きだし死んで欲しいなんて思ってない。けど……僕はスイ姉にこの身も心も魂さえも捧げてる。だから次は見捨てると思う。僕にそうさせないでね。お願いだから」

「ああ、分かった。俺は二度とスイの枷になったりしないと誓う」

「うん、それが聞けて良かった。もう暫くは動けないと思うからそれまでは僕が皆の事を守る。だからその後はアルフ兄にも働いて貰うからね」


ディーンはそう言うと少しだけ笑う。釣られて俺も笑うと少しだけささくれだった心が落ち着いた。


「それじゃそろそろフェリノ姉やステラが起きそうだからそっちにも説明してくる」

「ああ、もしかしたらまた数日寝るかもしれないけど起きたらちゃんと動くから」

「うん。その時は寝起きだからって容赦しないから」


ディーンがにっと笑ってから部屋を出ていく。そうしてから倒れ込むようにベッドに横になると眠気がやってくる。この眠気は恐らくまだ身体が不安定な事によるものなのだろう。もしかしたらなどと言ったが本当に数日寝るのかもしれない。無理に起きていても身体は安定しないだろう。それならば抗わずに寝てさっさと身体を安定させた方が良い。そう思うと目を瞑って深い眠りの中に落ちていった。





やはり数日間眠っていたらしい。今度は三日間だったそうなのでもう少ししたら安定するのかもしれない。ディーンは落ち着いた態度で食事を持ってきて甲斐甲斐しく世話をしてくれた。そう言えば服などはどうやって変えているのか気になって聞くとアルフの服はディーンが無理矢理着替えさせているみたいだがフェリノとステラは前にも聞いたルーフェという魔王の女の人がやってくれているらしい。


「その人にもお礼を言わないとな」

「そうだね。そもそも僕だけじゃこの街まで皆を運べなかったし」

「他に誰か手伝ってくれたのか?」

「うん、あの時居た魔王の二人、エルヴィアさんとルーフェさんが皆を運んでくれたよ。エルヴィアさんは何か気になる事があるらしくてその後何処かに行っちゃったけど。後はラグだね。街には入れないけど近くまでならって運んでくれたよ。ラグはイルナ様が連れて帰った。その後戻って来てないから今イルナ様が何処にいるかは分からないかな。メリーは今も一緒に居るけど厨房でパンをいっぱい作ってるんじゃないかな?大半はスイ姉の指輪の中の補充だけど。だってこんな長い間離れると思ってなかったから指輪の中の食料の大半が何処かの屋台の物ばかりになってたんだよね。流石にどうかと思ったから色々作っては入れてるよ」

「スイの指輪って所有者の権限みたいなの無かったか?」

「あるよ?ただ、うん。見てもらった方が早いかな。ちょっと持って来るよ」


ディーンがそう言うと部屋を出て行く。数分後にディーンが持って来たのは黒い短剣だ。


「これってスイの使ってた短剣じゃないか?」

「そうだよ。断裂剣グライス、最強の五振りの一つだね」

「これがどうしたんだ?」

【はじめまして。所有者スイの愛しき人アルフ様】

「うおっ!?」


短剣から声が発されると思っていなかったアルフがかなり本気で驚いてベッド側の壁まで下がる。その気持ちは分かる。ディーンもまた本気で驚いて一回は投げ捨ててしまったくらいなのだから。


【私の名前はグライス、現在は所有者スイの声を頂きその声でもって話しかけています】

「声をって、そういえば前のスイの声に似ている。いや一緒なのか?」

【一緒です。発声器官自体が違うので多少違和感はあるかもしれませんが声の質としては同質のものです】

「そうか。というかこれを見せたってことはこのグライスの力を使って指輪の中とかを勝手に引っ張り出したり中に入れたりしてるのか」

【肯定します。私の力を使えば下位のアーティファクトである次元の指輪の中に干渉することも可能です。そして先んじて言っておきますが私の力では所有者スイの身体を戻すことは出来ません】

「ああ、そうだよな」


それが出来るならば既にスイが起きていなければおかしいのだから分かっている。地道に起き上がるのを待つしかないのだろう。


【それと所有者スイの愛しき人アルフ様、貴方に伝えたい事があります】

「うん?何だ?」

【武聖イーグと所有者スイの関係についてです】

「……?何でそんなことを?」

【いえ、私なりの考えなのですが後から分かるよりかはマシかと思います。所有者スイは絶対に自分からは言わないと断言します。また問い詰めてもはぐらかすばかりで答えないと断言します】

「??」

【武聖イーグは所有者スイの前世、異世界での知り合いだったそうです】

「……なるほど」


確かにそれなら死体を持ち運……ぶまでするだろうか?まあもしかしたら何か事情があったのかもしれないが。


「待ってグライスさん。僕それ聞いてないよ?」

【この話は所有者スイの愛しき人アルフ様にだけお伝えするつもりでしたので】

「どうして?」

【これ以降はかなり個人的な話になるからです。それと所有者スイのびとであるディーン様には早いかと】

「待って、早いって判断されたのは僕の年齢のせいだとは思うけど僕だって聞く権利があるはずだ。それと何?愛で人って」

【その言葉のままです。聞く権利がある……分かりました。お話します】


グライスをディーンは机の上に置くと聞く体勢に入る。アルフもまた他にどんな理由があるのか気になるので少し居住まいを正す。


【武聖イーグは所有者スイの前世での想い人だったそうです。それに気付いたのは所有者スイが愛しき人アルフ様とお付き合いを始めて以降だそうですが。所有者スイの悪癖とでも呼ぶべき遊びについては知らないでしょうからそこからお話しましょう。ちなみに私が知っているのは所有者スイとそれなりに深く繋がっているからだと言っておきます】


そして伝えられたその事実は割と重くアルフの心に刺さった。スイの時折見せる嗜虐心を感じる笑みは間違いではなかった。スイは人を壊す事に快楽を感じているような子であった。その理由もまた深い繋がりを持つグライスは知っていた。


【所有者スイのその悪癖の理由は友達作りです。自らが壊れた存在であると知っているが故にまともな友達が出来ないとも知っていました。それ故に両親を悲しませない為に友達を作りたかった。しかし作れない。それを理解した所有者スイはまともな友達が出来ないのならばまともじゃない友達ならば作れるという発想に至ります。しかしそんな存在はそうそう居ません。その結果所有者スイはまともな存在を自分に近付けるかのように壊す事で友達を作ろうとしたのです。そしてそれがいつしか昇華され快楽へと変化しました。快楽へと変化した後も所有者スイは自らの友達を作る事に腐心しました。その時の友達が武聖イーグの元となる人物です。その後所有者スイは自らの両親の死を切っ掛けに自死を図り此方の世界に転生してきたのです。後は所有者スイの愛しき人アルフ様達が知っていると思います】

「……どうしてその話をしようと思ったんだ?」

【……分かりません。私にも何故かは。ただ話さなければいけないと思いました。理由は不明です】


グライスは本気で何故話したのか分かっていなかった。何か本人?にも分からない何かがあるのかもしれない。


「……まあ例えスイがどんな子だろうと俺にとっちゃ関係ない。全て受け入れるって俺は言ったからな。間違えてるなら止めてやるし。最初から最後まで俺はあいつの味方でいるつもりだ」


そう言ったものの心に刺さったその事実は何とも言えない不快な感情を抱かせる。


「僕だってそうだよ。スイ姉の本性?を知ったからって変わりはしないよ。僕はどんなスイ姉だろうとずっと付いていく」


ディーンは本気でそう思っているみたいで躊躇うことも無かった。


【……お二人は強いのですね。私は良く分かりません。私は人の為にと作られた道具です。それ故に所有者スイが正しい行為をしているのか時に分からなくなります】

「それでいいんだよ。分からなかったら訊けばいい。間違えていると思ったなら止めてやればいい。道具の一種だからと遠慮する必要なんてないからな」

【……分かりました。何故話したのか分かった気がします】


そう言葉にしたグライスはそれ以降黙ってしまう。きっとグライスにもモヤモヤとした気持ちがあったのだろう。不思議な事だがそれが何故か良く分かった。

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