第42話 少女ルゥイとの出会い



イルミア帝国。それは人族最大の国である。魔族が住む魔の大陸から最も離れており人族にとって最後に逃げ込める場所となっている。その中でも首都としての働きを持つのが帝都イルミアでありその面積は国土の約一割を使うというあまりに広大すぎる街である。そのためかなりの数の兵士や冒険者等が街を巡回しているのだが広すぎるために手が回っていない。なのでその隙間は天の瞳等で補う形となっている。

しかしそのお陰であまり警戒することもなく魔族である自分が堂々と歩き回れるのだから皮肉なものだと一人口元を歪めた男が大通りを歩いていく。大通りには商人達が商品を並べて大声をあげている。

耳を押さえながら男が中心部へと向かう。広場などもあるこの辺りは周辺では最も活気が溢れていて場所を取れた商人達も一層熱く叫んでいる。子を引き連れた親がそれを物色していたり値切ろうとしている仲買人らしき者、恋人が周りも気にせずいちゃついていたり子供達が走り回っている。この光景がすぐに阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わるのだと思うと男は歪な笑みを浮かべる。

事を起こすのならば最も派手にかつ皆が注目する位置でなくてはいけないと男は広場の中心部へと近付く。それにともない静かに魔力を滾らせてゆく。そして男が中心部に立ち振り向き様に魔力を放出しようとし目の前に突如現れた少女によって自らの身体があまりに呆気なく崩壊したのを理解できぬまま数瞬後には男の姿が空気に溶けるように消えていた。



「……ん、死んだね」


その少女、スイは自らが一瞬で溶け消えさせた男が持っていた素因を前に呟く。帝都に入り中心部近くにある高めの宿にスイ達が泊まろうと寄る前にスイが妙な反応を捉えて近付くと魔族ではないのに魔族のような反応を持つという不思議な人物を見掛けたので付いてきたら何らかの事を起こそうとしていたので問答無用に消し去ったのだ。


「素因は水…なのにどうして帝都に潜り込めたの?こんなに弱いのに天の瞳を欺けるとは思えない。魔族じゃないから反応しない?それでもここまで似てたら気付きそうだけど……」


スイが思案していると周りから先ほど消した筈の男と似ている反応が幾つも出現する。


「……先に処理しようか。ミティック西、トリアーナ北、ダスター東、グラフ南、アトラムはここ。処理しなさい」


スイが呼び掛けると五人が頷き言われた持ち場へと去っていく。


「ん、これで大丈夫かな?……折角気分が良かったのに台無しだよ」


スイは少しだけ不機嫌になりながら宿へと戻ろうとすると後ろからスイを呼ぶ声がした。スイは知り合いはローレアしか知らないし間違いだろうと思い再度宿へと戻ろうとすると後ろから肩を掴まれた。


「呼んでるんだから無視するんじゃないわよ!」

「……私?」

「今わざわざ肩まで掴んで引き留めたでしょ!?」

「……誰かがよろけて当たったのかと」

「そんなわけないでしょう!あたしがあんたを呼んでたのよ!」


スイはそこでちゃんと引き留めた少女へと顔を向ける。年の頃は恐らくスイと変わらない。淡い金髪に勝ち気そうな蒼の瞳。顔立ちは良く整っている。十人中全員が振り返りそうなハッとするような顔だ。しかしその愛らしい顔は今は頬を軽く膨らませ怒ってますとアピールしている。可愛い。スイは思わず少女の頬を指でつついた。


「……何してんのよ」

「……つついた?」

「……」

「……」

「話して良い?」

「ん、良いよ」


スイは指を戻して代わりに手の平を少女の頬にくっつける。吸い付くような肌が気持ちいい。


「……やめなさいよ」

「…………」

「やめなさいって言ってるでしょ!?というか話をさせなさいよ!」

「話して良いよ?」

「しづらいって言ってんのよ!どこにほっぺたぐにぐにされながら話し掛けるやつがいんのよ!」

「…………」

「無視するんじゃないわよ!あんたわざとね!わざとなのね!?」

「二回も繰り返さなくても……」

「聞いてるなら離しなさいよぉ!」

「…………」

「都合の悪いところは飛ばすのね!」

「で、何?」

「話続けるのここで!?」


少女の反応が可愛いので思わず弄ってしまったがこれ以上すると嫌われそうなのでスイは渋々頬から手を離した。


「……やっと離したわね」

「ん、堪能させてもらいました。ありがと」

「……はぁ、とりあえず話があんのよあんたに」


そう言って少女は声を潜めてスイの耳元で囁く。


「あんた……あの男魔族だって知ってたでしょ」


その言葉にスイは驚きながらも頷く。見られていたとは思っていなかった。何しろ一瞬のことであったし十分に警戒した上で消した筈だからだ。


「あんだけ警戒してたら気になるわよ。何するつもりなのかって思って屋根から見てたらあんたが男を殺したからね。何か言おうと思ったけどすぐに消えて魔族だって分かったし何で分かったのか聞きたくてね」


警戒していたのがむしろ気付かれる要素となったようだ。次からはもっと自然に警戒しようとスイは考えた。


「……何で分かったかって言われても何となくとしか答えられないよ」


スイは魔族であれば気付けるがそれがどうしてかと言われても答えようがないので少しぼかして答えた。少女にとっては答えになっていないだろうがそれで理解したらしい。


「ふぅん。感覚か。鍛えれば分かるようになるのかもね。ありがと」


少女はそう言うと身体を翻して戻っていこうとする。


「えっ、それで良いの?」

「何がよ?訊きたいことは訊けたし殺したのも何かしそうだった魔族だし別にもう何もないわよ?」

「……そっか。なら良いや」

「ならあたしは戻るわ。じゃあね」

「ん、じゃあね」


スイがそう言って別れようとすると少女がふと振り返るとスイの事を呼ぶ。


「ん?」

「そういやあんた名前は?」

「どうして?」

「特に理由はないけど」

「そう。スイだよ」

「スイね。あたしはルゥイよ。もしまた会うことがあったらよろしくね」

「ん。じゃあ今度こそ」

「じゃあね。スイ」


今度こそ別れてルゥイは人混みの中に紛れていった。


「ん、あの子強いな。隙が見付からなかった。敵対しないことを祈っておこう。負けはしないだろうけど可愛かったから殺したくないな」


そう呟いてスイは少女の居なくなった方を暫く見つめていた。



「母様?ついさっき別れたと思うんだけど何で部屋に居るの?」

「ごめんね?そういえば学園の場所とか何して欲しいとか伝えるの忘れちゃってたから来ちゃった」


ローレアはそう言ってお茶目にウィンクをする。スイは結構な年齢の筈なのに若いなぁと思っていると突然ローレアに抱き抱えられる。


「スイ?年齢のことを考えたでしょう?」


違った。抱き抱えられたのではなく締め付けられていたの間違いのようだ。スイが窒息+案外強い力による拘束で苦しんでいるとローレアが離す。


「……ぷはぁっ!ご、ごめんなさい」


スイは少しだけ苦しげにしながらもすぐに謝罪した。


「良いのよ……というかごめんね?やり過ぎちゃったわ。あの人は喰らわなかったからつい加減が分からなかったの」


ローレアも少しばつが悪そうにしながら謝る。スイは気にしていなかったのですぐに許す。


「じゃあ話の続きをしましょうか。スイが通うことになる学園は戦技養成学園の方よ。隣に区画を跨いで存在する技術者養成学園と間違えないようにね」

「ん、分かった」

「それでして欲しいことっていうのはね。学園生活を楽しんでってこと。学園に居る間私は遠出したりするから暫く会えない期間が何回か出来ると思うのよ。その時に友達が居ないとかになったら気になっちゃうから凄く楽しんで私を心配させないで欲しいの」

「それも分かった。けど遠出って何処に行くの?」

「分からないわ。ただ表向きは外交よ。実際は貴女のために素因をかき集めてくるわ。今の貴女じゃヴェルデニアに一矢報いることすら出来ないから」


ローレアの言葉にスイは苦々しげな表情を浮かべる。しかし事実現状でヴェルデニアと相対すれば五分と持たず殺されるだろう。それが分かるだけにスイは何も言わない。ローレアは優しげな表情になるとスイの頭を撫でる。


「大丈夫よ。私がスイを強くしてあげる。ヴェルデニアと戦うことになった時に逃げるための力ではなく勝つための力を与えてあげる。それまで辛抱してもらえるかしら?」

「ん、分かった。私も今は雌伏の時ってことは分かってる。だから……母様お願い。私を強くして」

「えぇ、必ず」


ローレアはそう言って笑った。



「ああ、そういえば母様にこれを渡しておくね」


スイが差し出したのはトランシーバー?らしき魔導具だ。使い方が分からなかったローレアにスイは使い方を教える。


「便利ねぇ…これもスイの前世の知識で作ったの?」

「ん、作ったの自体はこの世界の人の技術だよ。私がしたのは知識の提供だけ。一応ノスタークでは最新のが作られてると思うけどまだ量産体制じゃないしそこまで改良も出来てないだろうからこれでも使えると思う」

「十分よ。ねぇスイ?帝都でもちょっとした便利道具で良いからアイデアとか知識をくれないかしら?」

「良いよ。といっても何がなくてあるか分からないから思い付いたら母様宛に手紙でも書くよ」

「ありがとう。助かるわ」

「ん、母様の役に立つなら幾らでも教えるよ」

「いいえ、ほどほどで良いわよ」

「どうして?」

「その知識の大半はスイがヴェルデニアを倒したあとにハーディスの統治に使いなさい」


そう言ったローレアにスイは一瞬キョトンとした後にすぐに頷く。


「そっか。ヴェルデニアを倒したら後は統治の問題が残るんだね」

「そうよ。私は北の街があるからハーディスの国主にはなれないけどスイはあの人と私の娘ですもの。王女として十分資格があるわ」


ローレアはそう言うとスイの頭を抱えて撫でる。スイは一瞬呆けたがすぐに元に戻るとローレアに抱き付く。二人は暫く抱き合っていたがどちらからともなく離れる。


「あっ、でもお兄ちゃんは?」

「ゼスは継承権を破棄してるのよ。公式にね。理由は……まあ直接聞きに行くといいわ」

「ん、分かった。お兄ちゃんに会うのが楽しみ」

「あら、スイはお兄ちゃんっ子だったの?」

「ううん、私は弟しか居なかったからお兄ちゃんってどんな感じかなって気になってるだけ」


スイはまだ見ぬ兄の姿に期待を寄せる。


「そう。お兄ちゃんらしくなかったとしても殴ったり蹴ったりしちゃ駄目よ?死んじゃうから」

「……そんなことやらないよ」


スイは変な勘違いをされてることに不満そうに頬を軽く膨らませる。それを見てローレアはスイの頬を手の甲でそっと撫でる。


「冗談よ。ゼスも…そこまで柔じゃないと思うわ。多分……えぇ、多分」


不安そうに声が小さくなっていく。


「えっ、そんなにお兄ちゃん弱いの……?」

「……そうね。かなり」


ローレアは言い切った。スイはまだ見ぬ兄の姿をひょろっとしたようななよっとした姿を想像してしまい微妙な表情になった。


「ま、まあ、お兄ちゃんだから大丈夫よ。多分……とりあえず私は戻るわね。スイ三日後だからね。じゃあね!」

「あっ……」


ローレアは微妙な雰囲気を壊すようにわざと明るい声を出して……それでも不安そうな声で多分と付け加えたが話を打ち切る。そしてローレアはさっさと部屋から出ていってしまった。

スイはそこまで言わせるゼスの虚弱さに不安を覚えて暫く悶々とすることになったのであった。

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