第43話 勉強します!
言うまでもないがお互いの学園ではそれぞれ名称通りのことを中心に教えている。戦技養成学園では戦うための術であったり魔法や野宿の際の心得などを教えており、技術者養成学園では鍛冶や縫製、建築に薬学など多種多様な知識を中心に教えている。共通点は言語の読み書き、歴史、情勢といったものだ。
そしてスイは学園に通うことになっている。その際に試験があることはローレアから聞いているがスイの知識の大半は千年以上前のものばかりである。共通点である言語の読み書きは大丈夫だが歴史や情勢の類いは全くと言っていいほど知識がない。それでは幾ら優れていようと試験には受からないだろう。
それにスイは実はテスト等で誰かの下にいたことがない。負けるのが嫌いでそういったものに関してはかなり本気で取り組んでいたからだ。それもあって目立つのは遠慮したいが試験で他の誰かより弱い、または下に見られるのが嫌という難しい感情を抱いていた。
「どうしたんだ?」
少し悩んでいるとアルフが訊いてきた。スイの表情は特に変わっていなかったので無表情でも雰囲気だけでスイが悩んでいることに気付いたらしい。スイの雰囲気の変化を見抜いたのは弟の拓也と幼馴染みの湊だけである。両親ですら分からなかったのでアルフで三人目になる。スイは簡単に思っていることを打ち明けた。
「ふぅん。まあそれなら全力で受かってしまえば良いんじゃないか?目立つのを遠慮するのってヴェルデニアに可能な限り居場所がばれないようにするんだろ?学園内部の出来事が分かるようならとっくにこの街滅びてるんじゃないか?」
アルフの意見にスイは納得した。魔国ハーディスと帝都イルミアは最も距離が離れている。確かに魔族擬きのような存在はいたがあれは恐らく情報収集能力より単なる爆弾のような存在である。ヴェルデニアに居場所がばれることはないだろう。
「ん、なら首位を目指す。ということでアルフ本屋さんにでも行こうか。三日後だしいっぱい勉強しないとね」
スイはそう言ってアルフの手を取り歩き出す。人混みがありすぎて普通に歩いていたら進めないしはぐれるのは間違いないからだ。手を取られたアルフは顔を真っ赤にしていたがスイは前を向いていたので気付くことはなかった。
「参考書の類いがあって良かった。でも全部が載ってるとは思えないからカレッドさん達も巻き込もう」
スイが宿に戻って早速参考書の類いを置くと冒険者ギルドへと向かう。そう既に竜牙との依頼は終了しているので宿に入る際にお互いに別れたのだ。まだ暫くは帝都に滞在するらしいので依頼という形で勉強を教えてもらおうと思ったのだ。アルフと共にギルドに入ると視線が結構な数来た。パッと見た感じ竜牙のメンバーは居ない。
「ん、居ないか。受付に言ってからまた戻ろうか」
スイがそう言って受付に向かおうとするとテーブルから一人の男が立ち上がりスイが向かおうとしている受付に歩いてくる。スイは内心テンプレ来る?来ちゃったのかな?等と多少ワクワクしていた。そのワクワクしている気持ちが分かったのか手を握られているアルフは苦笑を浮かべる。
「嬢ちゃんよぉ。ここは冒険者ギルドだぜぇ?ガキが来るところじゃねぇ。家に帰ってな」
口調こそきついが声を荒げるわけでもなく何だか普通に諭された。やはりテンプレとは無いものなのか。スイは少しだけ残念に思いながら男を見る。ジェイルのように高ランクの冒険者であるということはないだろう。いってCランクといった位か。酔っているようだが足取りはしっかりしていたし心配そうにこっちを見る瞳は理性的だ。つまり単純に子供好きの気の良い男性である。
「大丈夫です。勉強を知り合いの冒険者に見てもらおうと思ったのですけど居ないようなので言伝だけ頼もうかなって」
スイがそう言うと男は安心したのか明らかにほっとしたような表情を浮かべる。うん、やりづらい。
「そうかそうか。知り合いの冒険者ってのは誰だ?知ってたら声を掛けておくよ」
「ん、竜牙のメンバーです」
「竜牙…確かデイドさんが作ったパーティだったか。勉強って……」
男は明らかに笑いをこらえている。まあ少なくともデイドが教えているのは想像できない。カレッドやレフェアならば似合いそうだ。ウォルは微妙、モルテは面倒そうなのでパスだ。あの早口かつ微妙に話がずれていくのは苦手なのだ。
「まあ分かった。見付けたら声を掛けておくよ。何処の宿に居るんだ?」
「お願いします。宿は…何という名前だったかな?」
「俺も見てないんだけど……」
小声でアルフが返してくる。
「ちょっと名前が思い出せないですけど中心部にある大きな木が目印の宿です」
「あそこか。高い宿泊まってるんだなぁ。分かった」
スイはそれだけを告げると会釈だけしてギルドから出る。
「ん、すぐに勉強会始めようか。カレッドさん達が来たら私はちょっと情勢とか教えてもらう。アルフ達はどうする?」
「参考書の内容覚えるのに必死で多分気付かないと思うわ」
「そっか。じゃあ宿に戻ろうか」
そう言ってアルフの手を引っ張っていく。アルフはこの時の手の暖かい感触を忘れないだろうなと思った。この後の勉強会という名の指導で忘れそうになったが。
「スイちゃん俺達に勉強の……って何これ?」
カレッド達が来たとき部屋の中ではスイ以外の全員が参考書に向かって必死にメモに取っていた。スイは既に参考書の内容を覚えたらしい。約二時間程掛けて参考書の内容を見て覚えたようだ。どこまでスペックが高いのか訳が分からない。ちなみに参考書は二十冊ほどあった。
「えっと……」
「ん、カレッドさん達来てくれたんですね。良かったです。案外簡単な内容しかなくてちょっと時間が出来ちゃったので助かりました」
スイはそんなことを言いながらカレッド達に飲み物を配る。その最中もアルフ達は必死に書いていて来たことにも気付いていないようだ。
「アルフ君達は?」
「ん、勉強中です。アルフそこのメモ取り間違えてる。ディーン計算間違い、フェリノは……」
スイが無言でフェリノの後ろに回り肩を握る。フェリノは顔を青ざめさせて振り返る。意外にもアルフよりフェリノの方が勉強が苦手なようだ。アルフ達は気の毒そうな表情で一瞬見たがすぐに目を逸らした。
「その間違い……三回目だよ?」
「ひぅっ……!?」
フェリノに何かしたのか一瞬硬直する。
「あんまり酷いと……」
フェリノに耳元で囁く。カレッド達には一切聞こえなかったがフェリノの顔が赤くなり青くなってぷるぷる震えはじめてすぐに参考書に向かっていった。いったい何を言ったのか気になったが無視することにした。
「えっとそれで俺達に何を教えろって?参考書は覚えたんだろう?」
「参考書の内容は覚えたけど情勢とか歴史とかは断片的にしか分からないからその辺りを教えて欲しいです」
「なるほど、その程度ならいけるかな。一応依頼で良いんだよね?」
「はい。二日拘束で銀貨二枚どうでしょう?」
「うん。高いな。勉強教えるだけで銀貨二枚とかぼったくりだよ。相変わらず金銭感覚だけはおかしいね。せいぜい銅貨一枚と鉄貨六十枚ぐらいが無難じゃないかな」
「そうですか。ならそれでお願いしても良いですか?」
「分かった。依頼を請け負う」
この時判断を間違えたなとカレッドは後に後悔した。
二日拘束……そう、そのままの意味で四十八時間ぶっ通しで拘束するという意味だったのだ。カレッドは寝そうになる自分を叱咤しながら目の前の少女に教える。あれから宿から出ていない。
デイドは大してそういった情勢等を気にしないため早々に離脱し外で参考書を買ってきたりギルドで情報を貰ってきたりしている。ウォルもまた元々普通の村人だったので情報に疎い。そのため街の中で色々な情報をかき集めている。レフェアとカレッドは主にスイに教えている。既にかなりの情報を伝えた筈だが少女の飽くなき勉強心?に心が折れそうになっていた。幸いなのが一度教えた内容を完璧に覚えているため二度手間がないことか。モルテは食料等の買い出しだ。スイがモルテを遠回しに避けたことは良く分かった。
アルフ達は二日間寝ずに勉強していたので今は完全にグロッキー状態だ。むしろ二日間寝ずに勉強していたスイが何故平気そうなのか逆に気になる。
「ん、これで勉強会終了にしましょうか。明日試験で寝ちゃったら意味がないし」
スイがそう言って立ち上がる。
「お、終わりか?」
アルフ達が終了の言葉を聞いてこちらを見る。
「ん、終わりだよ。部屋に戻って寝ても良いよ」
スイがそう言うとアルフ達はふらふらしながら部屋から出ていく。
「ん、あとは明日に備えないとね。カレッドさん達もありがとうございました。こっちが依頼達成の証と報酬金です。それと……」
スイは指輪から証明書と報酬金を渡す。次に取り出したのは小さな腕輪だ。
「これはお礼の方です。一日五回までなら発動する魔導具で所持者に命の危険が訪れると自動的に神癒が発動します。即死だったら意味はないけどパーティだしこれで大丈夫かなって思って。全員分あるので皆で一つずつ付けてください。あと六回目発動もしますが魔力を使うし壊れる可能性もあるので予備に十個ほど作っておきました」
スイはさらっとかなり凄い効果を持つ魔導具をカレッドとレフェアの手に乗せた。二人が少し震えたがスイは微笑みながらデイド達の分も渡す。
「それとは別にガリアさんとジールさん用に魔導具も作りましたのでノスタークに戻ることになったら渡してください。お願いしますね。これ依頼の方が良いのかな……なら期間無期限、報酬金は銀貨一枚でお願いします」
「いやいやいやいや!?色々貰いすぎだよ!?」
「大丈夫です。私お金だけなら多分この世界の中で上から数えた方が早いぐらいだと思うので気にしないでください。魔導具だって自作ですし」
スイは遠慮したがる二人に依頼書と報酬金を無理矢理渡して辞退を拒否した。二人は暫く考えていたがスイが意見を曲げるつもりがないと判断すると苦笑して依頼を受けることにした。
試験会場は学園内にある演習場だ。試験は二日に分けて行われる。試験を受ける者からしたら二日だが実際学園側は二週間近く試験を行う。かなり長い期間が取られているのは学園に入学する者の試験を二日間で終わらせられないからだ。実技ありとなると一日で三桁単位の人数を消化しきれるわけがない。
そのためかスイ達が来た時には既に試験自体は行われているようで試験が始まってから一週間ほど経っているようだ。試験会場前の受付に居る教員と思われる女性から聞いた。
「試験は初日は実技、二日目にテスト……身体を動かさせて一夜漬け対策?」
スイが呟きながら学園内に入る。入った瞬間に違和感を感じた。どうやら結界があるようで見た感じ内部拡張、次元隔離、攻性反応魔法等が仕込まれているようだ。中が広く入るのに困難で打ち砕こうとすると反撃が来る。なかなか高位の魔法だ。スイも使えはするがこの規模となると必要魔力が多すぎて発動すら出来ないだろう。
案内されながら演習場に入ると既に試験を受けに来たらしい子供達が魔法や剣技を披露している。子供達と言っても下はフェリノ位で上はアルフ位なのでスイよりも年上なのだが。
子供達はアルフを見ると緊張しフェリノを見ると少し頬を染める者が居る。ステラやディーンより二人が注目されているのは間違いなく亜人であるということだろう。
ステラも耳を見なければ人と変わらないしディーンは帝都に入ってからは常に耳を隠している。そのため明らかに亜人と分かる二人に注目がいくのだ。意外なのが嫌悪感などを示さないということか。学園では身分差、種族差は関係無いという話は聞いていたが真実のようだ。現にアルフ達は避けられていないし高位貴族であろうと分かる男子が親しげに庶民らしき男子と話している。
スイは内心で良かったと思った。もしも腐敗しているようであればそうと気付かないように学園を消そうかと思っていたので安心した。その不穏な空気を感じたのかアルフがじっとスイを見つめる。スイはその気がないと見つめ返す。すぐにアルフは目を逸らした。何故か顔が赤くなりながら。
「お前さん達はこっちだ。来な」
強面の筋肉がムキムキの四十代位の男性に呼ばれてスイ達は歩いて子供達から少し離れる。
「魔法と剣技両方見させてもらうぞ。武器が剣じゃなくても剣で頼むぞ。一応元の武器も見させてもらうけどな」
スイ達は頷くとアルフが前に出る。
「俺からいく。
アルフの目の前に土で出来た壁が出現しすぐに粉々になると突然勢い良く地面に向かって小さな穴を複数付ける。
「おぅ……なかなかな魔法だな。速度は早いし威力もかなり高い。次は剣技だ」
「剣技って振ったりするだけで良いのか?」
「ああ、普段どんな感じか頼むぞ」
アルフは差し出された剣を不安げに持つ。そしていつも通りの力で振り抜き……あまりに強く早い剣速に刀身が途中で折れて振り抜いた時点で刀身が無くなっていた。ちなみに折れた刀身は深々と地面に突き刺さっている。
「は?」
「やっぱ折れたか。これ無理だな」
そう言ってアルフは剣?を返す。スイはすぐにアルフにコルガを投げ渡す。超巨大な質量の塊に男性が慌てて下がるがアルフは難なく受け止める。
「は?」
「とりあえず……よっと!」
アルフがぶおんととてつもない風を引き起こしながら地面に突き立てる。その瞬間比喩でもなく地面が揺れた。アルフが突き立てた地点は半径一メートルほどのクレーターになっている。男性は見たことが信じられないと言わんばかりに呆然と見ている。
「で、結果は?」
「あ、あぁ、合格だ。明日また来てくれ」
取り乱しながらもすぐにそう言った。周りの子供達は全員アルフを見ている。気分が良い。スイはこの後のフェリノ、ステラ、ディーンのものを見た後の子供達の反応を思うと笑みが浮かぶのを止められなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます