第253話 呪詛の解除
宝王トナフ、現在ではその名を知る者はほぼ皆無であり長く生きた魔族であっても知らないという者は少なくないだろう。トナフの名前は歴史から抹消されており唯一その存在を証明するのがトナフが造り上げたアーティファクト達、最強の五振りのみである。
斬るという事象そのものを追い求めた断裂剣グライス、所持者を最強の高みへと上げる天剣シャイラ、魔物の力を吸い上げてシャイラを超えんとする為の寄生剣カンター、空間を支配せんとした災禍の剣メッド、魔法という事象変動を自由に扱おうとした紅剣トリムグラス、これらは全てトナフによって造られたアーティファクトだ。
トナフが造り上げたアーティファクトはこれを除けばそれほど多くはない。というよりセット装備として考えるならば実はこの五振り、いや五セット分のアーティファクトしか造ったことがない。
そうグライス達五振りにはそれぞれセットがある。断裂剣グライスには小さな小刀がセットであり天剣シャイラには衣が、寄生剣カンターには盾、災禍の剣メッドはネックレス、紅剣トリムグラスにはサークレットだ。但しこれらをトナフは何を思ったのかそれぞれ隠したらしい。今現在も見付かっていないことからそれが如何に発見の難しい場所に隠したかが分かると思う。
そんなトナフだがその戦闘能力は皆無と言っても過言では無かった。勿論自衛の為のアーティファクトは持っていただろうが所詮自衛の為でしかなく敵対した者を撃退するだけの力は持っていなかったのだろう。その為敵対勢力によってその命を落とした。
と、されていたのだが
これが杭が刺さっているからこそ不滅であるというのならば杭を抜けば殺す事は出来るだろう。しかし使い捨てという事は杭は存在しておらず弱点となりうる物がないのだ。
この時良かった点はトナフに人を恨む気持ちが無く神を狙おうとする野心も存在しなかった事だろう。トナフ自体が戦闘能力はあまり持ち合わせていなかったとはいえ延々と神を狙い続けられるというのは恐ろしい。
ともあれトナフは不滅の存在になった後はその場を去り放浪の旅へと出ることになる。その際にどうなったのかは分からないがスイの目の前で笑っている少女、霊姫オルテンシアが産まれたのだろう。それが通常の出産なのかはたまたスイの創命魔法のようなものかは分からないが。
「オルテンシア」
「はい♪」
「貴女は今どういう状況か分かってる?」
「ええ♪父上の霊骨が欲しいのですよね?」
「ん、何か条件でもあるの?」
「はい♪
「私としては別に構わないけどどうしてなの?」
オルテンシアの実力がどの程度かは分からないが足でまといになる事は無いだろう。しかしどうしてスイのお供になどとなるのかが分からない。そもそも今日会ったのが初めてなのだから。
「スイ様は父上の事をご存知なのでしょう?」
「勿論」
「それならば分かる筈ですわ♪」
オルテンシアが自信満々にそう言うので少し考えてみた。恐らくそう言うという事はトナフ自体に何かの原因があるのだ。そう考えてまさかと思いながらスイは口を開く。
「……自分を知る人が居なくなるのが嫌?」
「はい♪」
「……ヴェルデニア嫌いだし倒そうとするなら応援しちゃえ?」
「はい♪」
「……自分戦えないし人見知りだから娘送っておこう?」
「はい♪」
まさかの全正解にスイは頭を抑える。しかしすぐに頭を振るとオルテンシアを見る。
「まあ思惑がどうであれ有難いよ。オルテンシアよろしくね」
「はい♪よろしくお願いしますわ♪」
スイがオルテンシアを受け入れるとオルテンシアはその腰元に括り付けられている異様な存在感を放つ骨、霊骨をスイへと渡してくる。
それを受け取ったスイは少し気合を入れる。これから行うのは依代の作成及び呪詛の移動だ。依代はそう長く持たないので作成と同時に呪詛の移動を行わねばならないのだ。指輪に入れても効果が消えるという厄介なものとなっているので速やかな行動が要求される。
「ナイトメアは部屋の外に出て誰も入れさせないようにして、オルテンシアは手伝ってくれる?」
「……分かりました」
「初仕事ですね♪頑張ります♪」
ナイトメアが部屋の外に出たのを確認すると部屋の鍵を閉める。万が一にも集中を邪魔されたくない為だ。オルテンシアも先程までのにこやかな雰囲気は鳴りを潜め真剣な表情を浮かべている。当然といえば当然だろう。一歩間違えば自らにその呪詛が降りかかるのだ。
「やるよ」
スイの声にオルテンシアは頷きを返す。スイはまず一番多い朽ちぬ葉を出していく。一枚一枚がスイと同じ大きさの巨大な葉だ。それを百枚も使うのだからどれだけ面倒か分かる。
「……時間との勝負。いくよ」
そう言って次々と葉を出していくとオルテンシアはそれを魔法で作り出した空気の泡の中に閉じ込めて圧縮していく。少しでも失敗すればその中身の成分は全て消滅するため慎重にかつ時間が経っても薄れてしまうので急がなければならない。
圧縮した泡達を一つに合わせると中にあった葉がドロっとした緑の液体へと変化していく。それを綺麗にしたアザマの鱗で受け止めるが量が量なので一回では出来ない。五枚あった鱗全てに均等にそれらを乗せるとその中にジーラスの血をそれぞれ入れ混ぜ合わせていく。小瓶程度の量しか無いにも関わらず余程強力なのだろう赤く染まり始めたそれらを清潔にした器の中へと移していく。この時魔法によるコーティングを忘れると器が溶けるのでしっかり保護しておく。
アザマの鱗が朽ちぬ葉とジーラスの血で赤と緑に斑になったのを確認すると魔力でその模様を変化させていく。赤と緑が入り交じった魔法陣になった所でその中心に霊骨を置く。赤と緑の魔法陣がその霊骨に吸い込まれたのを見た後、それを残りの四枚とも同じ手順を繰り返す。
霊骨の中に複雑な立体魔法陣が出来たところで器の中へと五分割にして入れる。すると霊骨に赤黒い肉のような物が生み出されていく。器の中にあった液体が霊骨に吸収され無くなったところで器を壊して中の霊骨を取り出す。
脈動する肉の付いた骨という正気が削られそうなそれを五つ元の形になるように繋ぎ合わせると、その周囲にアザマの鱗を置いていく。手順通りに出来た所でオルテンシアと顔を見合わせそれぞれが魔力を送っていく。アザマの鱗が霊骨に引き寄せられその形を変貌させていくとまるで人体模型のように鱗が骨のようになっていく。霊骨はその中心にあるので心臓のように見えなくもない。
かなりの量の魔力を送ると変化が止まる。依代の完成だ。それを理解した私とオルテンシアは即座にベッドで眠る女性の身体を抱き上げる。すると依代が勝手に動き出して女性へと近付いていく。女性の前でその動きを止めると霊骨が一際強く脈動すると女性の身体にあった黒い染みのような呪詛が少しずつ依代の骨に集まっていく。骨が真っ黒になる頃には女性の身体から呪詛を示す黒い染みは殆ど無かった。最後にどす黒い呪詛の塊が霊骨へと飲み込まれると女性から呪詛が消えた。それと同時に呪詛を飲み込んだ霊骨も弱々しく脈動するとその動きを止め依代が崩れ落ちた。
「……ふぅ」
「何とか出来ましたわね」
実はかなり危なかったのだ。呪詛を吸い込んでも依代が動いていた場合その呪詛は別の誰かに移されていたのだ。この場合一応オルテンシアだと呪詛そのものは効かないのですぐに消える。スイもまた呪詛が掛かった場所を切り離せば助かる。だが部屋の外に居る者達、もしくは全く関係の無い人に移っていてもおかしくなかった。
「オルテンシア、トナフはだからあんなに小さな霊骨を渡したの?」
「勿論♪父上に分からない所は人の心ぐらいですわ♪」
それはそれでどうなんだろう?と思ったスイだったが助かったのは間違いないので感謝はしておくことにした。やっぱり変な気持ちにはなったのだが。
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