第91話 一ヶ月という時間
スイが居なくなって一ヶ月が経過した。アルフ達奴隷組は奴隷紋が解除されかけるという事態に陥りかけていた。
「お前達が主人のことを好きなのは分かるが既に1ヶ月が経過している。このまま姿が見えない場合は死亡扱いで強制的に奴隷紋は消すのが普通なんだ。そこのところは分かってるんだよな?」
アルフ達の前に居る男性は国からやって来た兵士の一人だ。口調こそきつい印象は受けるがその瞳は呆れの中に心配が見え隠れする辺り実際は良い人な事は良く分かる。その兵士が心配しているのは主人であるスイに命令されたせいでこうなっているのではないかと言うものだ。
というかそう思われても仕方ないだろう。本来なら奴隷というものは命令して動かすものだ。本人達の意思で奴隷紋の解除を拒んでいると誰が思うものだろうか。当然アルフ達は自分達の意思であることを伝えているが意思を捻じ曲げられるのが命令だ。あまり意味は無かった。
この会話は学園内部の寮で行われている。ただし会話が会話なので管理人室での会話だ。どうしてこうなっているかと言えば簡単だ。未だスイが何処にいるのかがローレアによって伝えられていないからだ。
既にローレアはスイが獣国に居る事は掴んでいる。そしてそれはグルムスやイルゥには伝えられている。ならば何故アルフ達には伝えられていないのか。それはスイが居なくなった際の行動を見たいというものだ。
それはある意味では奴隷組のスイへの想いを測るものでもありスイの民を統治することになった際のカリスマ性を測るものでもあった。
結果としてはほぼ完璧と言っても良いだろう。アルフ達最初の奴隷組四人はスイがいつか帰ってくると信じて自らの力を鍛えることになりミティック達魔族五人組はそれぞれが情報収集をし始めた。それはスイの居場所を探るものであったりイルミアの地図であったりと後々使うかもしれないものだった。
最後ハルテイア達奴隷組は残念なことに基本的に力が無い種族ばかりだったせいで歯痒い思いをしているようだがアルフ達の鍛錬に混ざったりミティック達の情報収集を手伝ったり思い思いの行動を取っているようだ。誰もスイが死亡しているとは考えておらず離れることも考えていないようだ。
イルゥによる情報統制も一部解禁して兵士に奴隷紋の解除が出来ると訴えかけさせても頷く者は居なかった。今もアルフ達に熱く語り掛けているが芳しくはなさそうだ。
「これなら合格で良いんじゃないんです?」
イルゥがグルムスとローレアを見て話し掛ける。
「ふむ?まあ、良いか。出来ればアルフ達には探しに行く位はして欲しかったものだが」
「そう言わないのグルムス。彼らは彼らで考えたからこその行動よ。別にこの行動が悪いわけではないでしょう?」
「まあそうですが。イルゥ再び情報統制を。スイ様が居なくなったことを隠すんだ」
「分かったですよ。でも本当にお姉ちゃんはどうやって獣国まで飛んだです?幾ら何でも無茶苦茶な距離なのです」
「さあ?何故か今はこの……トラン?もどきも使えないから分からないわね。壊れたのかしら?」
ローレアはそう言ってトランシーバーもどきとスイが名付けた魔導具を振る。耐衝撃性に優れているので落としたりした程度では壊れないので魔物と戦いになったというよりは連れて行ったであろう魔族の仲間が居て戦闘になって壊れたのかもしれない。どうも気になる切り方をされたので分からない。
「人災の教授を殺したって言ってたのよねぇ」
「どういう状況なのですそれ」
ローレア達三人は少し呆れながらも自分達もまたスイが死んでいると思わない辺り無自覚にスイに惹かれているのだと気付くことは無かった。
「スイ、早く帰って来いよ」
兵士が溜息をつきながらまた来ると言い残して帰った後アルフは一人鍛錬場で剣を振っていた。スイに作ってもらった魔導具でもある剣コルガだ。コルガを振る度に空気が切り裂かれ……というより殴ったような音が鳴り響く。
振り回すコルガによって嵐のような風を周囲に撒き散らしながらアルフは踊る。アルフの剣はあまりに力強すぎるのでフェリノですら近くで鍛錬はしなかった。最悪風だけで転かされかねないからだ。
スイが居なくなってから一ヶ月。アルフ達は学園に通いながら暇さえあればこうして鍛錬し続けていた。そのせいで最初の実技試験で教師を打ち倒すという快挙?を成し遂げてしまったのだがアルフ達がその程度で止まるわけもない。何故なら教師の強さなどそこらを歩いている兵士よりほんの少し強いかな程度でしかない。自分達を何度となく打ち倒し続けた高みにいる少女に追い付けなければ意味がないのだ。
「今日も精が出るな」
声がした方を見ると明るい金髪に紫紺の瞳を持つ同性ですら見惚れかねない程の美男子が立っていてその手に果実を絞ったジュースを二本持っていて片方をアルフに手渡してくる。それを有り難く貰いながらアルフは声を発する。
「まだまださ。この程度じゃ追い付けやしない。もっと力を付けないとな」
「君でそれなら次席で負けた僕はもっと遠いってことか」
金髪の男子は実技試験でアルフの次に優秀であるとされた者だ。名前はジア、この帝都イルミアの軍においてかなりの権力を持つ一番隊を率いる隊長の息子だ。その出自からかなり小さな頃から英才教育を受けていたらしく実力は高い。ただし人族としてはという注釈が付くが。
ちなみに次席といってもあくまで男子の中でというだけで女子も含めたら四番目となる。勿論上の女子はフェリノとステラだ。ルゥイは流石に実技試験を受ける必要性はないので自重した。イルゥは受けたという事実のみ改竄して実際は受けなかった。何でも手加減自体は苦手らしく殴ったら人が死ぬかららしい。どれだけ弱い方だろうと魔族でありまだ身体も出来上がっていないような子供を殴ったら流石にという訳だ。
同じ様な理由でディーンも参加しなかった。勿論ディーンは手加減が出来るが戦闘スタイル自体は毒を使う。致死毒なんかは使わないとはいえやはり万が一間違えたりしたら大変だということでやめたのだ。
なのでその事を知らない者からしたらディーンは弱く感じるらしくたまに嫌がらせされるらしい。理由は簡単でディーンの事を好きになった女の子が居てその女の子を好きな男子がという感じだ。ディーンはステラの事が好きなのでその女の子に対しても最低限のことしかしないから余計に火に油を注ぐような感じになってしまっている。
ちなみにアルフの事を好きになった女子もいるがこちらは男子からの嫌がらせなどは受けていない。というかしたら物理的に反撃されるからである。流石に学年一位に手を出そうとする者は居なかった。それを知ったディーンが少し悔しそうに睨んできたのは記憶に新しい。
フェリノやステラもまたディーン程ではないが嫌がらせをされているらしい。こちらも理由は簡単で単なる嫉妬である。強くて可愛い、強くて綺麗となると男子達の目を大部分掻っ攫ってしまい嫉妬の対象となってしまったらしい。しかも二人とも明るい性格のため余計に腹立たしく感じるらしい。まあ容姿端麗、成績優秀、性格も優良と来たら妬む者が出てもおかしくない。
しかしフェリノがアルフの妹であるのは周知の事実なのでそれほど大きな被害はない。強いて言うならばフェリノに嫌がらせで水を掛けた女子がフェリノ自身の手によって往復ビンタされたくらいか。ただのビンタならまだしもフェリノはスイに作ってもらったフィーアに内蔵された魔法を使ってまで速度アップして往復ビンタしたので見た目には四、五回叩いたようにしか見えないが実際は数十回単位で叩いたことはその場で見ていたアルフとステラしか知らない。ディーンはその頃嫌がらせされた事に対する報復中だったので居なかった。
フェリノ曰くスイに作ってもらった服が汚されたことに激高してしまったらしい。汚されたことも勿論腹立たしいがそれ以上に避けられなかったことに腹立てていた。その一件以来フェリノへの嫌がらせはかなり鳴りを潜めた。完全に無くなったわけじゃないのが人の性かもしれない。
一番酷いのはステラかもしれない。教室に来たら黒板に誹謗中傷(アルフの女呼ばわりなど)が書かれていたり廊下を歩いていたら足を引っ掛けられたりお手洗いに行けば通せんぼしたりと目に見えた嫌がらせが多数ある。
ただしそれに対しステラは誹謗中傷に対しては自分の名前とアルフの名前の部分を書いた女子の名前とその女子が好きな男子の名前に変えて逆に笑ったり足を引っ掛けられたらその足を踏み付ける、又はそのまま蹴り飛ばして転げさせたり通せんぼされたらした者達に魔法を掛けて催眠状態にし尿意を催させた挙句お手洗いから最も遠いところまで歩かせて退かしたりと苛烈な反撃を行なっている。ステラ曰く調子に乗るならしい。女子は怖いなと本気で思った瞬間だった。
「まあジアなら軍の指揮ぐらいなら出来るさ。魔族との戦いとかなったら一目散に逃げないと無理だろうけど」
アルフはそう言いながら椅子に座る。火照った身体に冷たい椅子が気持ちいい。
「そうかー。魔族っていうのはやっぱりそのくらい強いのか。戦ったこととかあるのか?」
「いや、ねぇよ。でも伝聞だけでも大体の力は察せるだろ?」
「何だい、その超直感みたいなの。アルフの場合本当に分かってそうで怖いよ」
そう言ってジアは笑う。
「まあな。でも大体でいいなら多分体育教師のフェルドラント先生が五十人くらい居たら下位魔族と戦えるんじゃないか?」
「嘘だろう?って言いたいけど本気っぽいね。冗談ならどれだけ良いか」
そう言ったジアにアルフは苦笑いを浮かべる。個体数自体は少ない代わりに強力無比な力を持つのが魔族という存在だ。冗談でも誇張でもなくそれくらいの力は持っていることだろう。
「軍に入るのが憂鬱になりそうだよ」
そう呟いたジアに対しアルフは頑張れと言わんばかりに肩を叩いた。スイが居ない一ヶ月の間にアルフ達もそれなりに充実した時間を過ごしていたのであった。心に小さな空白を抱えながら。
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