第90話 別れ。けど、いつかまた



二人は何も言わずに歩いた。道中出てくる魔物はスイが蹴り殺したり拓也がイグナールを振ることで消し飛ばす。深き道の魔物の大半は異形なうえぶっちゃけ美味しくなさそうだったので持っていきたくなかったのだが拓也に金にはなると思うと言われ二人で指輪の中に収納した。

そして歩き続けて目の前に看板が見え始めた。クライオンが中間地点に置いた鋼の看板だ。そこでスイは後ろを振り返る。そこにあるのは当然先程まで歩いていた道が続いている。その先にあるであろう屋敷の存在を思い出してスイは瞑目する。それを見て拓也もまた瞑目する。二人で暫し立ち止まった後は再び前を向いて歩き始めた。その足取りは心なしか先程までより軽やかに見えた。



「……ここが入り口だよ」

「そっか」


完全に魔物が出なくなった事で二人は入り口と呼ばれる場所に戻ってきたのを理解した。


「何だか凄く懐かしく感じる」

「少なくとも奥に数日単位では居ただろうからね」


思った以上に掛かっていないと思うべきか想像以上に掛かったと見るべきかスイはいまいち反応に困る。勿論一般的な者の目から見たら早すぎるというのが正解である。しかしスイはそれほど時を置くことなく攻略するつもりだったので遅くすら感じてしまう。その反応を見て拓也は苦笑いする。


「……ん、少年」

「どうしたの?」

「少年って呼ぶのも何だから……えっと、私が貴方に名前をあげる」

「名前を?」

「そう、力ある者が名付ければそれは世界の理。決して解けない呪縛、因果に囚われない、法則を無視する者」

「……良く分からない…けど悪いことじゃないんだよね?ならお願い。僕もずっと少年って呼ばれるのちょっとむず痒かったんだよね」

「ありがと……それでこれにはもう一つ意味がある」

「何?」

「私達は深く繋がりあう。親として子として」

「え?」

「だから…貴方に授ける。信頼イレアネスの名を」


その瞬間拓也の中に何かが刻まれる。それはその力ある言葉の意味を拓也に刻み同時にスイが拓也のことをどう思ってくれていたかを心中に届けた。

だからかもしれない。拓也は思わずスイのことを抱き締めた。スイは少し驚きながらも抱き締め返す。


「ありがとう。この名に恥じない様に頑張るよ」

「……ん、頑張って。私の方も頑張る。だからいつかまた」


その先をスイは言わない。だから拓也がその続きを告げた。


「うん。いつかまた会おう。その時は今度こそ最後まで君の隣に居ると誓うよ」


スイはそれに対し笑みを浮かべる。


「ん、待ってる……じゃあ行くね」


スイは少し名残惜しそうにずっと繋いでいた手を離す。この隣に居て妙に安らげる少年と離れるのが一瞬嫌になる。ずっと一緒に居て欲しいと感じる心に駄目だと叱咤する。

スイは振り返りそうになるその気持ちを押し隠して歩き出す。入り口を抜けるまでどれだけ振り返りたくなったか分からない。自分ですら良く分かっていない感情に戸惑いながらスイは自分の場所へと戻っていく。

拓也も歩き去っていくスイに走って追い付きたくなるその感情に戸惑いながらもきっとすぐにその隣に並んでみせると思うと転移でその場より居なくなった。もう少し見てるだけでその決意が揺らぎそうだったから。



「……はぁ、何なんだろこの気持ち。どうしてあの子と一緒にいただけでこんな気持ちになってるんだろ」


既に深き道より出てきて今は来る時に来た道を戻っている最中。スイは揺らぎに揺らぎまくった心をどうしてか暫く考えて理由に辿り着いた。


「そっか。あの子拓に似てるんだ」


あの少し気障ったらしい口調なんかも格好付けようとした拓也にそっくりだった。居て欲しい時に横に居てくれるその在り方も。話し方や仕草なんかは瓜二つと言っても過言ではない。勿論本人なのだから当たり前なのだがスイは終始名前を聞くことを拒否したのでその事実は知らない。


「ん、きっとまた会える……その時は名前を聞いてあげよう」


そうスイは思い心なしか機嫌良く歩き出した。スイと拓也の初めての交流はこうして微妙にすれ違いながら終了した。



「何だろなぁ。どうしてスイと一緒に居たらあんなに気持ちが揺れ動くんだろ?」


拓也もまたどうしてかは分からないが揺れて不安定になっていた心に違和感すら感じていた。もしや精神操作でもされているのかと感じる程に。しかし暫く考えて拓也は疑問が解決した。


「色んなところが姉さんに似てるんだ」


そう考えると腑に落ちた。あまり多くを喋らない所や普段は無表情なところ、口癖のように呟く「ん……」という所など考えれば考える程姉に似ている。


「今度会えたら名前を名乗らせてもらえるかな」


そう思いながら拓也は少しだけ上機嫌に歩き出した。そこでふと思い出した。


「あっ、スイってレクトが言ってた子じゃ?まあ良いか。気のせいだよ多分」


と誰に言う訳でもなくそんなことを言いながら剣国への道のりを行く。少し遅かったけど勇者としてやっていこうと決意しながら。

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