第116話 壊れた街



私達は更に高高度を飛んでいた。竜王の女の子?だと思う子竜?は今尚ずっと寝ている。というか飛び始めてから十分もしない内に寝たのでもう丸一日以上寝ていることになる。


「ねぇ、イルナこの子ずっと寝てるけど大丈夫なの?実はまだ怪我してるとかないよね?」

『ん?あぁ、それは気にするな。多分天の大陸に辿り着くまで寝ているぞ。竜族はかなりの長命ではあるがその生の半分以上を寝て過ごす。その子供もルーレが思っている以上に年は重ねているはずだぞ。恐らくだが五百以上だな。大半を寝ているから精神面は成長していないのが多い。だからまだ幼子の様な感じだったのだろう。気にするだけ無駄だ。そういう生き物だと思っておけ』


成る程、なんとなく竜族が寝るのが長い生き物とは想像していたがそういうのは物語の中では長い生に飽きたからとかだった。この異世界アルーシアではそういう事ではないようだ。

そしてそんな事を考えていたらふと気付いた。地図ではそろそろ街が見えてもおかしくないのにまだ見えない。


「イルナ、道間違えた?この辺りに街があるはずなんだけど」

『いや間違えてはいないが……ふむ、過保護なのもどうか……シェティス、降りろ』


シェティスがほんの少し戸惑うようにしながらも指示に従ってゆっくり降りていく。そして見えた。街が、いや街だったものがだ。そこにあったのは死だった。何処を見ても生が感じられない。見渡す限りの死だ。

ハジットと呼ばれた街はいつの間にか誰に知られることもなく死の街と化していた。外壁は崩れ去り建物は蹂躙され路上の至る所に死者が放置されている。死者の大半は焼け焦げていて真っ黒になっている。誰が死んだかも分からない。老人らしい杖を持った黒い死体も子供を連れて逃げようとした黒い死体、年端も行かないであろう子供の死体、男も女も子供も老人も等しく其処には死があった。

殆どの死体が上を向いていることから上空からの襲撃だったのだろう。抗えない死がやってきたのだろう。そしてこれを遠くから見付けたイルナ達はこの凄惨すぎる現場を見せたくなかったのだろう。だって此処にはあの子の魔力が残ってる。魔法として使った魔力に個人が分かる波長が残っているのは一日もないというのにここに漂っている魔力ははっきりと分かる程に染み付いている。それだけの魔法をこの街で使ったのだ。あの子が自分の意思でこれ程までの虐殺をしたのだ。


『元々あまり評判の良かった街という訳ではない。通行するにはいちいち高い金を支払わなければならずこれといった特産品があったわけでもない。だが通行の要所の一つではあった。故にここの貴族は重税を課し旅人からも巻き上げ奴隷も使いそしてそれが市民にも広がっていた。スイにとっては不快極まりない街だっただろう』


恐らくスイのことを嫌いになったり遠ざけて欲しくないのだろう。わざわざスイの擁護をするイルナが何だかおかしくて頭を撫でた。


「大丈夫。分かってるよ。あの子のすることで私が否定なんてするわけないでしょう?だって私なんかよりよっぽどおかしくてよっぽど頭が良くてよっぽど壊れちゃってる女の子だもん。そして私もそれに壊されちゃってるんだよ。だから大丈夫。大丈夫なんだよ?」


にっこり笑ってそう言ってあげる。スイが嫌いな街だったのか。なら良いかな。それならきっと私も拓也も大嫌いだろう。スイがやらなかったら私達のどちらかがやっていただろう。なら気にする必要などない。まあ拓也はこの世界に来ているかは分からないが神様に殴り込みを掛けてでもやってきそうだ。なら来てるだろう。

私は少し歩きながら適当な店を覗いた。八百屋さんか何かだったのか黒焦げになった野菜らしきものがある。燃え尽きずに灰になる程の火力だ。とても熱かっただろう。完全に燃え尽きずに顔の半分だけ人の顔を残している男を見て私は小さく魔力を練り上げた。


焼尽しょうじん


私の指先から放たれた小さな火は狙い違わずに男の顔を目掛けて飛んでいき完全な真っ黒死体に変えた。


「スイも少しだけ詰めが甘いね?死体を嬲るならしっかり分からないようにしないとこの人だけお墓が作られちゃうのにね?イルナ少しこの街を探検していこうか」


私の言葉に頷いたイルナ。心なしかほんの少しだけ怯えとかが感じられた気がしたけどきっと気のせいだろう。あんなに強いイルナが怯えることなど無い。けど少しだけこの街を歩く時に警戒しておこうかな。変な魔物がいたら怖いからね。



何なのだ。あの異質さは、何故平和な世界からやってきた小さな娘があれほど常軌を逸した行動が出来る。スイもルーレもルーレが良く話すスイの弟もどうもおかしい。かつて会ったことがある勇者とは似ても似つかん。あり得ないほどにいびつでありながら何故か成立している。

この娘達は本当の意味で壊れている。普通人は同じ人を殺すことを躊躇う。悪人だからと容赦なく殲滅など出来ぬ。目的の為に邪魔だからと街を滅ぼさぬ。人の死体を見てそこを嬲るなど考えぬ。詰めが甘いなどと笑えぬ。

この娘達は本当の意味で狂っている。常識がおかしい。非常識すら生温い。一人は【親】の為ならば如何なる事もする。例えそれが自分にとって命の危険があろうが遂行する為にありとあらゆることをする。一人は【姉】の為ならばどのような物も捨て去る。親であろうが友であろうが命であろうが捨てる。陰ながら【姉】の周りを排除する。一人は壊された。そしてそれを是として受け入れている。壊された事に気付いていながらなお壊されることを望む。

気持ち悪い程に純粋だ。そしてだからこそ世に溶け込んでいたのだろう。悪意が無いから、邪心が無いから、悪意を排除するから、邪心を遠ざけるから。だからこそこの娘達は溶け込んでいた。誰も歪さに気付けなかった。訂正してやれなかった。それがこれなのだろう。嬉々として人を焼く少女なのだろう。


「ん?イルナ早く行くよ?街は大きいんだから早く回らないと日が暮れちゃうよ?」


言葉だけならば普通だ。行動だけならば異常だ。話しながら笑顔でいながら人を焼く。念入りに決して個人を特定出来ぬ様にしっかり焼く。身分を証明出来そうなありとあらゆるものを消滅させていく。あぁ、これは戻せない。壊れる前になど更生出来る訳もない。何故ならこれが正常だからだ。異常が普通だからだ。


『ルーレ、この街に程近い場所から近付いて来ている団体がいる。恐らく街の視察に来たものだ。壁がまともに残っている方角から向かってきているから未だ異常は見付けていないだろうが時間の問題だろう。急ぐと良い』


なら私がやるのはただ一つ、間違ったままだが正しく導くことだ。縛りで決まりでルールでガチガチに固めて間違えさせない事だ。既にここでの選択は間違えている。ならばさっさと終わらせて次から縛ろう。その為に今回は手伝おう。出来る限りルーレが焼かぬ様に私が焼いてやろう。私が罪を背負おう。


「そっか。ならさっさとやっちゃおうか」


華やかに笑うルーレ。静かに笑うスイ。両者を繋ぐものは絆などではなかったか。二人を繋いでいたものは狂った壊れた鎖であり決して壊せぬ歪な朱で彩られた人だったのだろう。きっと普通の人生なんて元から望めない。血に塗れていて、けれど誰にも気付かれないそんな恐ろしい人生を歩んでいたのだろう。そんな二人に惹かれた我はどうなるのであろうか。不安を持ちながらも期待する我はきっと碌な死を迎えぬのであろうな。だがそれもまた良しと思えるのは我もまた壊されている証明なのかもしれぬな。

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