第186話 恋愛話は続く



一人の少女がぼうっとどこか遠くを見るように座っている。心ここに在らずを体現したようなその姿を少し離れた場所から三人の亜人族が見ていた。


「……それで勇者の顔を見てからフェリノはずっとあんな感じなのか?」

「うん。まあ状況から見てほぼ間違いなく一目惚れってやつだと思うよ」

「そうねえ、あの顔は恋する乙女よ。アルフと一緒にいるスイみたいな顔だもの」

「いやまあ、惚れること自体は別に悪いことじゃないとは思うんだが……よりによって勇者か」


アルフが頭を抱えて悩む。妹の恋路を応援したい気持ちはあるがその相手が慎重に接しなければいけないであろう勇者となるとどうしていいか迷う。勇者と事を構えるつもりはスイには無いであろうが相手がどう思っているかは分からない。魔族=敵であれば連携など望めないであろうし勇者本人が例え味方であってもその周りがどうかは定かではない。


「スイには?」

「まだ言ってない。スイ姉だと最悪フェリノ姉を勇者にあてがって僕達との関係を絶とうとするかもしれない。アルフ兄はそうじゃないかもしれないけどスイ姉は未だに僕達を巻き込む事に罪悪感のようなものを持っているみたいだから」


スイの影となるとディーンは誓ったがそれは未だにスイに受け入れられてはいない。もしも本気で逃げられたら追い掛けられるかは怪しい。自分がまだまだ弱い事を自覚しているが故にそういった可能性は出来る限り排除しておきたい。


「あ〜、そうか。スイの事だから十分に有り得るな。だけどこんな話俺達でどうやって解決する?フェリノに諦めるように言うか?」

「……あれを見てそう言える?」


フェリノ姉ははぁっと溜息を吐いて憂鬱そうに項垂れる。耳や尻尾も垂れ下がっていて見るからに落ち込んでいるのが良く分かる。心なしか毛並みも落ちているようにすら見える。


「……ちょっときついな」

「アルフで言うならスイと別れろって話だものね」

「出来ねえな」

「ならどうするのさ?流石にあのままだとスイ姉が見たらすぐ気付かれるよ?」

「う〜ん、でもどうすりゃ良いんだ?」

「……いっそ勇者とくっ付けてみるとかどうかしら?」


ステラ姉の出した案にアルフ兄も僕も驚く。


「仲良くなった時にスイとの関係が分かっていなければいいのよ。後でバレてギクシャクする可能性もあるけれどヴェルデニアとの戦いの日までバレなければ構わないわ。その後なら幾らでも祝福出来るでしょう?」


問題の先送りのようにも感じるけれど確かにそれは良いかもしれない。どうせ勇者は暫くしたらまた剣国に戻ることだろう。そう頻繁に会うわけではないのだからバレない可能性も高い。


「でもそうなると流石にスイ姉に黙ったままっていうのは駄目だよね」


剣国に向かった際にフェリノ姉とは別行動を取ることが前提となるからスイ姉に知らせずにそれは難しい。またフェリノ姉との連携も蔑ろには出来ないからフェリノ姉にもそう知らせて行動させるしかない。


「そうね。とりあえず知らせてみましょう。スイがそれで駄目だと言うのならその時はスイに良い案がないか訊くしかないわ」


ステラ姉の言葉に僕もアルフ兄も頷く。そうと決まったなら僕はスイ姉にでも知らせてこよう。アルフ兄はちょっと頑張ってフェリノ姉に知らせてね。僕じゃ聞いてくれなかったから。アルフ兄の困惑の声を聞きながら僕はその場を離れた。



「フェリノがあの子と?」


スイ姉の寮の部屋に来て説明するとスイ姉は考え込む。というかあの子?勇者とは言ったけどもしかして何処かで知り合っていたのかな?


「あぁ、うん。別に構わないよ。勿論フェリノの意思次第だけど」


存外簡単にスイ姉は認めた。それが少し意外だったので訊いてみることにした。


「スイ姉勇者の事はあまり分かっていないのに良いの?」

「ん、分かってるから大丈夫。あの子なら悪いようにはしないよ。周りは知らないけど何かしたら叩き潰してあげれば良いだけでしょ?」

「分かってる?」

「あれ、言ってなかった?勇者に信頼イレアネスの名前を授けたんだよ。だから私の信頼を裏切る真似は出来ないと思うよ」

「どういう事?」

「力ある言葉は呪縛でもある。誓いの言葉とも言い換えられるんだ。彼が私からの信頼イレアネスを受け入れた以上私に対して信頼を損なうことは出来ないの。代わりに私からもあまり軽率なことは出来ないけれどね」


スイ姉がそう言って話は終わったとでも言わんばかりにベッドにぴょんと飛び乗るように腰掛ける。


「それより少し喉が乾いちゃった。ディーン?」


うっ……!スイ姉の瞳は吸血衝動が襲い掛かる少し前から綺麗な翠の瞳に謎の魔力が込められる。その瞳に見詰められるとどうしても抗えなくなるんだ。多分全員この瞳の餌食になった経験があると思う。口元はこれから味わう甘露に緩み瞳には嗜虐的な色が混ざる。頬が赤く染まり妖艶な雰囲気を醸し出す。これで元々十四歳とか絶対嘘だ。


「ん、いただきます♪」


気付けば差し出していた首元にふわりと抱き付いていたスイ姉の唇が触れる。ほんの少しの痛みと共に訪れるのは絶対的な快楽。決して強烈なものではない。だけど抗えない。スイ姉の一部になれている事にどうしようもない程の喜びを感じる。最初の頃はこんな感じではなかったのに日を追う事に酷くなっている気がする。


「ん……ふっ……ぁ……」


定期的に摂ることで一回に吸う血の量は明らかに減った。それでも少しだけふらつくと言えばふらつくがそれはまだ僕が小さいからだろう。


「んん、ご馳走様」


スイ姉の唇から少し血が垂れる。それをスイ姉は中指で掬いあげると指から垂らして口に含む。仕草の一つ一つが無駄に妖艶なのはどうにか出来ないのかな。僕はまだそういった事に無頓着でいられるけどそんな僕ですらはっきりと誘っているのかと勘違いしかねないのだ。アルフ兄は大変だと本気で思う。いや襲われたいってスイ姉は時々呟くしわざとなのかもしれない。


「ん、フェリノの件はまあ良いとしてディーンの方はどうなの?ステラとの関係は進展しそう?」

「げほっ!?」


血を飲まれた後だからと飲まされていた野菜ジュースを噴き出す。


「ま、まだだよ。僕とステラ姉だとどうしても年齢の差があるからね。そう上手くは行かないよ」


それに僕の見た目がまだまだ幼児である事は理解してる。九歳と十六歳。七歳の違いはやっぱり大きい。それを言ったらスイ姉の今の姿は十二歳程度でアルフ兄は十七歳だから五歳差で僕とあまり条件は変わらないのだけど。


「ステラとの触れ合いを多くしてあげようか?」

「それはやめておく」

「どうして?」

「僕がするものはスイ姉の影としての行動だ。光を歩むべきステラ姉が来る道じゃない」


そこだけはきっぱりと宣言しておく。影としての道は険しい。スイ姉の影となればそれこそ後ろ暗いことも多くなるだろう。僕自身はそれを望んだから構わないとしてもそれにステラ姉を巻き込むのは違うだろう。


「ん、分かった。ならまずはステラの事を呼び捨てにしてみたら?いつまでも姉呼びだとそういう対象には見られないかもしれないよ?普段は良くても二人きりの時とかくらいはね」


呼び捨て……ステラ姉を!?という事はステラって呼ぶって事!?


「い、いきなり過ぎないかな?」

「ん、というかディーンは分かっていないみたいだけどアルフもフェリノもそれどころかステラもディーンの気持ちを知ってるよ?」

「……は!?」

「だって分かりやすいもの。知ってる?ディーンがステラと一緒に居る時耳とかぴょこぴょこ動いてるの」

「……え!?うぁ!?本当!?」

「ん、ステラに相談されたもの。ディーンの事どうしようって」

「……!?!?」

「何かモヤモヤするから言うけどステラってディーンの事好きだからね?可愛い男の子が元々好きだったところに現れたのがディーンらしいよ?でも年齢的に年上なの気にしてたからディーンからいかないとステラは絶対におとせないよ?」

「……!?!?」


新事実ばかりでどう処理していいのか頭の中がこんがらがっている。僕の気持ちがバレていたのも驚くけどそれ以上に驚いたのがステラ姉が僕の事を好き?え?本当?スイ姉お得意の嘘じゃなくて?


「私の事をどう思っているのかは良く分かったけど本当だよ。すぐにバレる嘘なんて付くわけない」


顔が真っ赤になる。嘘だと思う気持ちとそうであって欲しいと願う気持ちがせめぎ合う。


「スイ姉、本当に本当?」

「ん、本当。嘘じゃない」


スイ姉の目を見て訊くけどスイ姉は一切目を逸らさずに答える。これでも嘘の可能性は拭えないけどそれでも多少自信がついた。


「ステラ姉の隣を願っても良いのかな?」

「さあ?ステラが了承するかは分からない。けど私は応援するよ。隣に立てるかはディーン次第。頑張ってね」


無表情ながらどこか慈愛に満ちた雰囲気を出すスイ姉に僕は頷いた。すぐには難しいかもしれない。けどステラ姉の隣を望んでもいいのなら必ずそこに行く。そう決めた。


「じゃ、そういう事だから。後は頑張ってね」


スイ姉がそんな事を言うと部屋から出ていく。そして代わりに入ってきたのはステラ姉……って。……えっ!?


「あ、あの……」

「ディーンは私でいいの?」


少し自信なさげに問い掛けるステラ姉の腕を思わず掴む。


「ステラ姉が……!!」


いや違う、そうじゃない。


「ううん。ステラが良いんだ!ステラじゃなきゃ嫌だ!だから……僕の隣に居てください」


僕の言葉にステラは微笑む。


「……はい。これからもよろしくね」


僕達はどちらからともなく抱き締めあった。うん。想定外だったけどこうしてステラと触れ合えるのは嬉しかったかな。

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