第332話 奇跡



「ん〜、これはどうしようかな?」


私の目の前に居るのは土下座をして泣いて頼む少年。年齢としては十五、六歳と言った所だろう。泣きながら私に頼むと繰り返している。私は私で思っていなかったタイプに遭遇して間違いなく困惑の表情を浮かべている事だろう。

パパは何とかしてあげたいと顔に出ているし私だってこの子を殺すのはあまりにも忍びない。だって凄い奇跡的な確率で適合してしまった悪人じゃない子だもの。


「とりあえず……何とかしてみるよ」


頑張ろうと本気で思った。





ビル内に居た私の力を持った人達を全員殺した後はビル内に居る他の人達に催眠を掛けて記憶の修正をしていく。するとすぐ近くを私の力を持った人が走って行くのを感じた。マークだけはしておいて追い掛けられるようにした。ビル内に居た人達はどうやら宗教団体に近い存在だったらしく私の力を持った人達が教祖というか幹部的な存在で色々と調子に乗っていたことだけは分かった。

適当に記憶を改竄して団体は解散させておいた。残しておいても碌な結末を迎えなさそうだからだ。分かりきっている火種を残す趣味はない。とは言え無くなった、だから犯罪も消えましたでは流石に被害者に申し訳ないので一人一人しっかり記憶を確認して罪を犯していた人は証拠を自分で集めさせて警察に行くように指示をした。自首扱いにはしないでくださいと書いたメモも持たせたが何処まで役に立つかは分からない。

そうして色々と細々した事をやり終えるといつの間にかかなり日が暮れていた。


「パパ?どうする?あと一人だけ近くに居るから捕まえてきていい?」

「暗くなってきたが……まああと一人位なら良いんじゃないか?」

「分かった。じゃ行こっか」


そう言ってパパと手を繋いで歩いて行く。屋上ぴょんぴょんをしなくても良い程度には近いのだ。マークをつけていた相手が路地裏から動かないのを確認してから路地裏に入っていく。

この辺りは乱雑に建てたらしく路地裏がかなり入り組んでいる。細い道を進んで行くと開発が失敗したのか少し開けた場所に出てくる。そこに居たのは二人の男と一人の女の子だった。

女の子は気を失っているらしく動く様子は無い。二人の男の内の一人は倒れていて疲れているのかそれとも気を失っているのかこちらも動く様子は無い。もう片方は肩で息をしているものの座り込んでいて健在だ。どちらの男もかなりの怪我を負っている。

マークが付けられているのは肩で息をしている方だ。その男は少し下卑た表情を浮かべていて女の子に近付こうとしている。それに対してもう片方の男の子が何とか意識を取り戻したのか足を掴む。


「クソが!まだ生きてんのかてめぇ!」

「由香から……離れろぉ!!」


火事場の馬鹿力とでも言うのか倒れていた男の子は一気に立ち上がるとほんの少しもたつきながらも男は押し倒す。その勢いのまま男の顔面に拳を叩き付ける。


「このガキィ!殺してやる!月影爪牙ラゼクシア!」

魔力掌握マナコントロール


影から爪と牙を持った獣を生み出す魔法とかいう無茶苦茶使い勝手が悪い魔法を使ったが見ていて放置するのもどうかと思ったので消しておいた。男の子は気付いていないのか男の顔面に再度拳を叩き付ける。その勢いで男は頭でも強く打ったのか意識を失う。


「はぁ……はぁ……はぁ……由香……由美……待ってろ」


男の子は女の子の方に近付くとその身体を抱き締める。そしてそこで力尽きたのか気を失ってしまう。


「……なんというか少年漫画みたいな展開を見せられた気がする。こんなことってあるんだ。少しテンションが上がった」

「その場合俺達はこの子達を保護する大人の役目か?」

「だね。まあこいつから力を抜いたら後は……後は……?」

「どうした?」

「あれ、こいつの力が無い?おかしいな、さっきまであったのに」

「さっきのマナうんたらのせいじゃないか?」

「いやあれはそういう魔法じゃ……って、嘘。そんなことあるの?」


パパが怪訝な表情をこちらに向けてくるが今の私は間違いなく驚愕の表情を浮かべているだろう。先程まで男の中にあった私の力は男の子に乗り移ってしまっていたのだから。





どう見ても悪人には見えないので力を使う前に抜き出したいのだが安全に取り出すためにも男の子の目覚めを待つことにする。抜き出している最中に身動ぎでもされたら臓器を傷付けかねないからだ。あ、取り出す方法は至って簡単でお腹に手を突っ込んで取り出すのだ。魔族ならば特に気にせずそうやるのだが当たり前だがこの子は人間である。危険極まりない。

やる時は私の腕を魔力と化させて身体の中に溶け込んでいる私の力を引き寄せるのだがその際に動かれると高密度の魔力体である私の身体に臓器が侵されかねない。そうなれば一発で人という種族から外れるだろうし巨大化生物みたいにもなりかねない。少なくとも真っ当な死に方を迎える事は不可能だろう。


「しかし……こうして確認して分かったけど……ううん、凄い確率だなぁ」

「何がどうなってるんだ?みどりの話だとこの子は悪人って事になるのか?」

「違うかな……えっと、私の魔力波長とでも呼ぶべきものとこの子の……魔力は無いけど波長みたいなものがかなり綺麗に一致してて居心地の悪い悪人の身体から移住してきたって感じかな?はっきり言って何十億とか何百億の確率だと思う。私の魔力波長だよ?無茶苦茶だよそんなの」

「いや俺にはよく分からんが天文学的数字で偶然一致したってことでいいか?」

「うん」


こんな正義感の塊っぽくて少年漫画の主人公してる男の子と私の魔力波長が一致するのは男の子に失礼な感じもしなくもないけど実際その通りなのだから仕方ない。私の魔力波長は複数の魔力が複雑に混じりあった極めて珍しい魔力と言える。間違えてもそこらの人と波長が一致することなど有り得ない。

そうして観察をしていると背後で男が目を覚ましたのが分かった。なので振り返らずに電撃を放って気を失わせておいた。殺すのもありと言えばありなのだが倒したのはこの男の子なのでこいつの処遇は任せてあげようと思ったのだ。


「うっ……」

「んっ……」


暫く待っていると男の子と女の子が目を覚ましたようだ。勿論痛そうだったので男の子の身体はとっくに癒してある。見てて痛々しい姿は私の気分的にも見たくなかったし。


「……はっ!?あいつは!?」


男の子がガバッと起きる。その拍子に女の子が倒れそうになって男の子が咄嗟に反応して抱き寄せる。女の子は男の子の言葉に反応して起きたみたいだが直後に倒れそうになったこともあって目を点にしている。

しかもそこから凄い事に抱き寄せた事で女の子の唇が男の子の頬に当たっている。胸も男の子の腕に押し付ける形になっていて、その、なんというかもう色々凄い。


「う、うわぁ!ご、ごめん!」

「……@&☆!?」


目を白黒させるってああいうのを言うんだろうなと冷めた目で見ていたら暫く二人でコントでもしているのかと思うくらい話し合って、最終的に何故か男の子が女の子とデートの約束を取り付けられていた。しかもサラッと責任を取ってもらう的なことを女の子は言って男の子はまさかの了承をしていた。ここまで来るといっそ狙ってやったのではないかとすら思えてくる。


「えっと……話し合いは終わったってことで良いかな?」


今の私は間違いなく苦笑いを浮かべているだろう。個人的に無表情な人形姫とも呼ばれた私に何度も表情を変えさせるとは中々凄いと思う。ベタな展開って色々な意味で人の心を揺さぶる出来事なんだなと思った。


「……!?だ、誰だ!」

「ん?さっきから目の前に居たけど……って、そっか。暗いから周りがあんまり見えないね」


少し前に日が暮れそうだったのですっかり辺りは暗くなっていた。普通に考えたら街灯などもない路地裏が明るいわけが無いのだ。スイの目は暗かろうが関係無く見えるのであまり気付かなかった。スイは適当に光球を幾つか浮かべて辺りを照らしていく。


「さてと……色々と言いたいことや聞きたいことがあると思うけどまずは私の話から聞いて貰えるかな?」


私の問いに二人は目を見合わせて頷いた。

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