第327話 それは酷く不愉快な幻想



おかしな人達に今私は付き纏われている。ハンバーガー店で撒いた男の気配を感じたので適当に移動しまくっていたら何故か追う人の気配が幾つか増えたのだ。男と一緒に追い掛けてきているのが二人程居てそれとは別に街中ですれ違っただけのスーツ姿の女性や犬の散歩に出ていた老女、果てには明らかに小学生程度にしか見えない男の子等が追い掛けてきている。

しかも何をどうやっているのか分からないが正確に私を追い掛けてきていて蟻の行進のように進んだ道をなぞる様にしてきている。もしかしたら漏れているらしい魔力をなぞってきているのかもしれないがそれはそれで普通に気持ち悪い。


「あか明らかにおかしいよね」

(これが普通だとしたら地球は色々と終わってると思うわ)


それにしても理由が分からない。もしかしてあの男と話し合わなければ追い掛けてくるのを辞めないつもりだろうか?あの人達にも生活があるだろうに。


「どうする?」

(どうするも何も付き合う義理は無いわよ。さっさとこの場所から離れて追い掛けられないようにすればいいのよ)

「それもそうか」


あかの言う通りだと思ったので少し早足になって走っていく。まあ少し早足と言っても今の私だと早足だけで普通の人の全力疾走と変わらない速度なのだが。


「……!?追い掛けてきた!?」


気配が一気に増えると凄い数の人達が追い掛けてきた挙句微妙に引き離せない。追い掛けてきた人達は全力疾走してでも私を狙っているらしい。


(……みどり、もしかしたら巨大生物が関わってるのかも)

「催眠術とか洗脳とかが出来る巨大生物が居るってこと?そんな生物居るの?」

(居ないと思うけど錯視や錯覚を利用する生物自体は居るわ。特殊能力として手に入った可能性は否定出来ないわ)

「だとしたら今の私はあの人達には何に見えているんだろうね?」


あかと話しながら追い掛けてきている人達を撒くために少し本気で走って市から出る。割と中心部に近い位置に居たが一分程度で隣の市に出る。流石にそこまでの速度に付いていける人は居なかったらしく追い掛けてきていた人達の気配は無くなった。


「何だったんだろ」

(分からないわ。けど……あのまま放置するときっとあの市の中は巨大生物のテリトリーになっちゃうわね)

「そうだけど……敵の姿が見えないんじゃどうしようもないよ?」


魔力を少し使う程度なら扱えるようにはなったが所詮その程度。しかも魔法自体どう使っていいかも分からないのでそもそも魔法で探すということも出来ない。魔力を扱うだけじゃ魔法は使えないのだ。


「困ったなぁ……」


もし操られているのだとしたら助けてあげたいとは思うがそもそもどうやれば助けられるのかも分からない。元凶を叩けばあの人達は治るのだろうか?それすら分からない。

私が頭を悩ませているとふと通りがかった人に抱き着かれた。咄嗟に振り払おうとするが見えたのが小さな子供だったので身体が硬直する。そしてそれを見計らったかのように次々と人が現れて私目掛けて走ってくる。


「くっ……!」


抱き着いていた女の子の身体を無理矢理引き剥がすと離れようとして転けてしまう。何故なら離れようと足に力を入れた瞬間まるで金属で出来たかのように右足だけが異常に重くなったのだ。そのせいでバランスを崩して転倒してしまう。


「……つぅ、何が?」


顔を上げた私の目の前には何人もの人が居た。その人達の目は濁った水のように焦点があっておらず正気を持っているとは到底思えなかった。立ち上がって逃げようとするが先程感じた右足のように今度は全身が重たくなっている。この程度であれば動くことは可能だが疲れそうだ。


「同類?……違う。我等が主とは異なる存在だ。生かしてはおけない。殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せコロセコロセコロセコロセコロセ!!!!!!!」


囲んできていた人達の中から高齢の男性が出て来て私を見ると叫び始める。目が血走っておりかなり怖い。その男性が私を指差して殺せと言うと周りを囲んでいた人達は持っていた鞄や拾ってきた石を投げつけて来る。流石に無防備に殴られたり石を当てられたりしたい訳じゃないので全て避けた後すり抜けるようにして動いて包囲から抜け出す。相手が私を見失っているうちに適当なビルの屋上に飛び移る。


「ん〜、魔法とか使えたら瞬間移動とか透明になったりとか出来たのかなぁ?」

(さあ?私にも分からないわ。創命魔法位しか思い出してないもの)

「それすら中途半端だもんねぇ」

(難しいものね)

「まあ良いや。あかこの辺りで私の魔力がいっぱい集まってるとこ行ってみよっか」

(どうして?)

「あの男と話してる時に感じた場所が動いてないからかな。今の状況の親玉かも」

(成程、確かに動いてないわね。行ってみましょ。あんまり強くなさそうだし)


今の状況が酷く面倒なのでさっさと終わらせるためにも少し急いで走っていく。そう離れていなかった事もあり十分程で着く。ちょっと道に迷ったので少し時間が掛かってしまった。辿り着いた場所は廃工場だった。


「……なんか薄気味悪いしちょっと嫌な匂いするし暗くてちょっとジメジメもしてるし最悪」


廃工場の入口付近には危険の看板や立ち入り禁止の看板が置いてあったが明らかに人の出入りがあるとしか思えない程綺麗だった。少なくともゴミの類は見当たらず割れたガラス等は隅の方に追いやられているのを確認した。足跡の類は流石に確認出来なかった。


「言ってくれるではないか。我が花嫁よ。それでこそ我が花嫁に相応しい」


返事が返ってくると思っていなかったので少し驚きながらも振り向くとハンバーガー店で会った男が居てそれ以外にも何人もの人が一人の男の後を付いて回っていた。


「……貴方が元凶?」


巨大生物かと思っていたのに蓋を開けてみればごく普通の男性が元凶らしい。その男性は黒い服に黒いマントとかいう真っ黒な服装をしている。一つ一つの服は悪くないだけに色々と惜しい。男の特徴で一番気になるのはその目か。まるでアルビノのように目が赤いのだ。黒髪に赤目という一種異様な風貌をしている。容姿自体は至極普通でみどりの偏見的にはサラリーマンとかやってそうだった。


「この者達のことか?だとするならばそうだと答えよう。悪いな。しかと言い聞かせておこう」


男はあっさりと認め謝罪をする。


「それで花嫁って何の話?」

「おお!やはり気になるか我が花嫁よ。その言葉通りよ。其方は我が花嫁として選ばれたのだ。光栄に思うといい。美しき其方は我の妻として我を支えるのだ。嬉しいであろう?」

「え、全然?」


男が酷く鬱陶しいテンションでそう言ったので間髪入れずに否定する。男は思わずといった感じで固まる。


「全く嬉しくないからさっさと回収させてもらうね」


私が少しいらいらしながらも男に近付いていくと男は私から離れていく。そして何か指示でも出したのか男の背後に付き従っていた人達が動き出す。私を捕らえようというのか身体全体を使って突撃してくる人や指先から魔法を使って拘束しようとする人を無視して男に近付く。いい加減面倒で仕方なかったのだ。

突撃してきた人は私が手を伸ばして掴むとそのまま元いた場所に投げ返す。魔法らしきものはどうも痛くも何ともないので完全に無視だ。男はそれを見て思った以上に私が強かったと分かったのかジリジリと後ろに下がると一気に駆け出して逃げようとする。だから私はそれを追い掛けて全力で背中を蹴った。ゴキっと言う嫌な音が辺りに響くと同時に男の背中が曲がる。


「ぐあぁぁっ!?」

「はぁ……あんまり嫌な事させないでよ」


痛みに悶えている男に私が近付いてその身体に触れると先程までの悶えていたのは嘘だったのかと思う程に男が静かになると小さく笑い始める。


「何がおかしいの?」

「くっふふ、いや、悪いな。あまりこれは使いたくなかったのだが君が強いのが悪いのだ。致し方あるまい?」


男の首がぐるんっと気持ち悪く回転して私の方を見るとその目が怪しく光る。


「我が悪夢にようこそ花嫁よ」


その言葉が聞こえると同時に私の頭に酷く不快な物が広がっていくとその悪夢の中に引き寄せられていくように私は意識を手放してしまったのだった。

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