第57話 授業選択



入学式の魔族による襲撃から二日が経った。私達は学園に普通に通っていた。あの惨事を引き起こした襲撃は無かったことになったからだ。イルゥの持つ素因≪改竄≫の力を見せ付けられたのだ。



「それで改竄内容は襲撃の事実消滅、その際亡くなった方々の生存の事実創作後に順番で消していく、壊れた建物の修復を改装工事に入れ換えで良いです?」

「ん、お願い。魔力が足りないようなら渡すから」

「魔力は足りそうですけど完全に変えられるか怪しいのですよ?」

「どうして?」

「細部まで私が理解出来ていないからなのです」

「ならこれをあげる。テスタリカの基幹素因≪把握≫だよ。私が持つよりイルゥが持っていた方が使えると思う」


そう言って私は自分の身体から≪把握≫を取り出す。色はほんのり濁った白色の球体だ。イルゥはそれをそっと受け取る。≪把握≫は魔族の素因保有数に影響が無いから渡しやすい。私の≪制御≫と併せて使えばかなり使えるだろうが私は自前で十分把握出来る。ここはイルゥに渡しておくべきだろう。


「これがテスタリカ様の素因なのですね」

「テスタリカのことを知っているの?」

「勿論知っているのです。ウラノリア様の友人でアーティファクトの手入れが出来るような魔族は過去から今まで探してもテスタリカ様だけなのです。そんな有名な方知らない筈が無いのですよ?」


イルゥがそう語るのは別に構わないのだが……。


「イルゥ何歳なの?」

「…………えっ?」


イルゥが固まった。視線がふらふらとかなり揺れ身体もそわそわし始めた。その態度だけで私はイルゥがかなり年上なことが分かった。


「……いいや。イルゥは今のままの可愛いイルゥでいてね」

「わ、分かったのですよ」


そんなやり取りの後イルゥが展開した改竄の術式は帝都を飲み込み完全に覆うと歪な事実が上書きされた。上書きされた瞬間に歪曲された事実が現象として現れ始めた。改装工事のために怪我をした人達が治療を受けながら工事を始めるという気持ちの悪い光景が出来上がった。誰も疑問に思わず笑いながらやる姿に改竄の恐ろしさを感じた。



二日前にそんなことがあったとは誰も思っておらず昨日は何事も無かったように寮や食堂、学園内部の街の案内などが上級生や先生方によって行われた。壊された街並みを見ても誰も何も言わない。どころか改装工事が終わるのを楽しみにしている様子すらあった。この光景も暫く続くことになるのだろうしこの気持ちの悪さは我慢しなければいけない。ただ暫くはこの街中を歩き回るのは控えることにしよう。クラスメイトの気持ちの悪い笑顔など見たくない。


「……イルゥ何か言うことはある?」

「無いのです。私はお姉ちゃんのことを思ってやっただけなのです」


なぜこんな会話をしているのか。それはイルゥが行った改竄の事実は他にもまだ残っていたからだ。昨日はそれが判明せず二日経って寮に行きその事実が発覚した。

元々同室予定だった女の子は別の部屋に行きフェリノが入っていた。ステラが一緒に居るのも良い。それだけならまだ良いのだ。だがそこにアルフが入るとなるとまた別だろう。


「お姉ちゃんはアルフさんのこと気に入っているんじゃないのです?」

「……え?」


イルゥが不思議そうな表情で私を見つめる。私がアルフを気に入っている?確かに気に入るか気に入らないかでは気に入っている方だろう。だけどイルゥの言い方はまるで好きなのではといった質問のようで……。


「……え?」


私がアルフのことを?好き?いやまあ確かに好きな部類には入ると思う。嫌いな人間となら私は一日たりとも一緒に居たくない。しかしそれは恋愛感情としての好きではない筈だ。あくまで友人関係の好きだろう。

アルフが例えば他の女性と親しげに歩いていたとしても何も思わない。そう思った瞬間ほんの少しだけ胸の奥が針で刺されたような痛みが来たような気がした。


「それはないよ。気に入っているのは事実だけどそんな風には思ってない」

「……そうなのです?」

「そう」

「なら良いのです。分かったのですよ。アルフさんを元の場所に戻すのです」

「ん、お願いね」

「……(どう見ても結構そんな風に思っているのですよ。自覚無しなだけなのです)」


そんな風に思われていることを知ることは無かった。



教室の扉をガラガラと音を立て開く。この世界では珍しく引き戸なのだ。開き戸しかこの世界では見たことが無かったので不思議な気持ちだ。ここにも元の世界の残り香のようなものを感じる。


「……でよー。あの店の…」

「……私あの店あんま好きじゃ……」

「……武器の手入れが……」

「……魔物の素材は……」


教室に入ると既に何人か居ているようで会話をしていた。しかし私が入ると此方に振り向き男子は見惚れるように止まり女子は悔しそうにする子、同じく見惚れる子、憎々しげに見つめる子……憎々しげに?

パッとそちらの方を見ると此方を見る女子のグループがあった。その子達はあからさまに睨んできていた。

理由はすぐに分かった。振り向き見惚れた男子の一人は明るい金髪に紫紺の瞳を持つイケメン君がいたからだ。どう見てもかなりの大貴族以上の服装なので女子達から狙われていたのだろう。つまりライバル登場に苛ついて私を睨んだということだ。

だけどその後に入る予定のステラやフェリノの方が可愛いと思うのだけど今からそんな調子で大丈夫なのだろうか?


「入らないのですか?」


後ろから丁寧語なアルフが声を掛けてくる。どうやら学園内部ではアルフは丁寧語で接するつもりのようだ。というより普段アルフは丁寧語は使わないのにどこかで学んだりしたのだろうか?それともアルフは元々使っていたのだろうか?アルフ達から過去の話は聞いていない。嫌な記憶になるのは間違いないしどうも四人とも親を亡くしているのが節々から感じられるからだ。


「ん、入る。おいで皆」


私が一歩踏み出して窓際に向かっていく。廊下側より窓側の方が私は好きだからだ。窓から見える風景が一日ごとに様相が変わっていくのは見ているだけで楽しいものだ。ちなみに他の人に言ってもあまり理解はされなかった。風景が一日ごとに変わるのが理解出来なかったようだ。細かいところを見たら変わっているのだけども……。

私に続いて入ったアルフを見て何人かの女子から黄色い声が上がる。その子達は大人しそうに見えていたから少し驚いた。次のフェリノで私に見惚れなかった数名の男子がノックダウンした。ディーンが入ると数名のお姉さまとか言いたくなるような女性たちが前のめりになり数名の男子が……うえっ。まあディーンは童顔だし近くで見ても女の子っぽいけども。ディーンは視線に気付いたのか引き気味だ。最後のステラで残った男子と女子が変化した。男子は見惚れ女子は胸を見て敗北感を覚えた。

あれ?睨まれたの私だけとか酷い感じがします。何となく納得いかなかったので少し不満気に歩いているとルゥイが座っていたので横に腰かけた。


「いやそれで何でこっちに来るのよ」

「ルゥイ慰めて」


私がそう言うとルゥイは渋々といった表情で私の頭を撫でた。撫で方が気持ち良かったのでルゥイの方にそっと近付いて頭を寄せたら肩に私の頭を乗せて撫でてくれた。

何だかお母さんを思い出す。前世で私を産んでくれたお母さん。私が甘えるのが下手だったからわざわざソファーを叩いて私が座るとそっと頭を膝に乗せて撫でてくれた記憶。お母さんは気持ち良さそうにする私を見て何も言わずにこやかにいつまでも撫でてくれた。寝てしまったら抱き上げてベッドに運んでくれた。もう戻れはしないし戻ってもお母さんもお父さんも居ない。

そんなことを考えているとルゥイと逆側に座ったフェリノがするっと尻尾で私の喉元を撫でてきた。私はその尻尾を掴むと毛が薄いところに甘噛みした。


「ぴゃっ!」


フェリノが可愛い声をあげて尻尾を戻そうとするが私が掴んでいるから戻せずぷるぷるしている。甘噛みをやめてもふもふし始めるとホッとした様子を浮かべた。……可愛かったし甘噛みたまにやってみようかなと思った。


「何してるのよ……」

「ん?ルゥイに頭撫でられながらフェリノの尻尾を甘噛みした」

「……もういいわ」


何故かルゥイに呆れられた。解せぬ。

なおその時の美少女達による突然の百合百合しい空間に何人かが更にノックダウンしていたことには気付かなかった。



「君達も学園生として自らを律しながら研鑽に励んでくれ。これで今日のところは終わりだ。明日からは授業が始まるからな。遅れるんじゃないぞ」


担任の先生――試験の時の男性だった――が私達に教科書を配り話をして今日のところは終わりだそうだ。教科書は試験に向けて買った参考書に似ている。というより恐らくあれは過去に使われた教科書なのではないだろうか。であれば学園が古い教科書を売り新しい教科書を作る費用にしているのかもしれない。教科書に落書きするなと言った理由が良く分かる。

ちなみに担任の先生――フェルドラント・オルケンリッツというらしい。貴族なのだろう――が授業と言っていたが実際の内容は基礎授業・戦闘技術向上で三・七くらいの割合だ。これがもう一つの学園なら逆になるのだろう。戦技養成というだけあってかなり特化した授業内容である。といってもテストなどは基礎授業の内容も入るので疎かには出来ない。

お兄ちゃんはどうやら戦闘技術向上の方面の先生らしい。人気のある授業なのだそうだ。大学のように選択授業なので人気のある無しが別れるようだ。とは言っても槍を使うのに剣の授業などには出る者も居ないから最初こそ多くてもすぐにバラけていくらしい。そして最終的には大体似た比率で別れる。

そしてお兄ちゃんの教えるものは剣と素手の技術で最も人が多い授業だ。私もこれを選択する。実際私が使うグライスは短剣に分類されるが別に剣が使えないわけではない。というか基本何でも使える。弓などは多少練習しなければいけないだろうが。

アルフはどうやら大剣と素手、フェリノは私と同じ、ステラは短剣と魔法、ディーンは暗器術……ってそんなのあったんだね。ルゥイもまた私と同じだ。というよりお兄ちゃんの授業だからな気がする。

そんなことで私達の選択授業がバラけたようなバラけていないような状態になったのだった。

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