第352話 蟹の魔物
「さてと、そろそろ行こうかな」
スイがそう言ってレヴィアタンに拓達を呼ぶ様に指示を出す。
「もう行かれるのですね。貴方の旅に幸あれ」
「スイちゃん本当にありがとね!」
シィとリムがその言葉に反応して言葉を返す。だから私も二人に向けて笑顔を返す。
「うん。楽しかったよ二人の演技」
そう返すと二人の笑顔が固まる。途端に二人の顔に冷や汗が流れ始める。
「な、何の事かな」
「分からないと思った?もうエデルとアウラリアが死んでる事くらい分かってるよ?」
シィの問いにそう返すと二人から血の気が引いたかのように顔が真っ青になっていく。
「私が来る前からエデルとアウラリア死んでたでしょ?三日前から危険を予知したって言ってたけど私が二人の素因を知らないとでも思ったの?魔族と出会った経験が少ないんだろうけど記憶の継承まで知らないと今みたいに不意を突かれちゃうよ。シィ……貴女は意外と演技が上手だったよ。暫く気付けなかったからね。でも演技をするならただの一度でも素を見せるべきじゃなかったね。リムを殺されたくなくて思わず叫んだみたいだけど私に対しては悪手だったかな?それに最初に会った時からシィからは血の匂いがするんだよね」
スイが言葉を発しながら二人に近付く度に二人は身を寄せ合うようにして下がっていき街壁にその移動を遮られる。
「ふふ、そう怯えなくても良いんだよ?私は本当に面白かったんだから。殺したりなんてしないよ。単に二人を祝福したかっただけなんだから。殺したい相手に対して笑顔で話し、殺されたくないのに近付いていく。確約を貰っても安心出来ないのにその様子を見せなかった。素晴らしかったよ。本当は私も貴女達を殺したいんだよ?だって……貴女達は私の殺したいやつの子孫だもんね?エデルとアウラリアの娘リム、クデの娘シィ。けれど生き延びたいと願い親殺しをした貴女達二人の願い通りに生き延びさせてあげる。一年この近辺には魔物は来ない。ここで生き延びるも良し、街を離れ二人で何処か遠くに逃げるも良し、私に語った通り一年後に死ぬも良し。好きに選びなさい」
スイがそう言ってリムの頬を触る。
「ああ、それとリム。新たなる魔王の誕生に祝福を与えましょう。おめでとう」
リムの指輪を触り中に閉じ込められていたエデルとアウラリアの素因を取り出すとリムに飲み込ませる。急激に膨れ上がった力にリムは少し苦しそうにしている。
「リム、洗脳の素因はあまり使わない方が良いとだけ言っておく。人を信用出来なくなるからね。シィ、貴女がリムの事をしっかり見ておきなさい」
スイは二人に言い聞かせると身体の中から出て来たフェンリルに腰掛ける。
「じゃあね二人とも。また会う日が来ない事を祈っておく」
二人は呆然としたまま私が去るのを見ていた。
「あ、姉さん!」
拓達の元までやって来ると全身に喜色を表して拓が飛び付いてくる。だから私は目の前に獏を呼び出して拓に押し付けた。意外にもっちりした肌感触の獏を押し付けられた拓は押し返そうとして意外な気持ちよさに思わず素直に受け取る。
「気持ち良い……え、何これ」
「……んぅお?」
拓が獏に夢中になった所でルーレちゃんが苦笑しながら歩いて来る。シェスはどうやら蟹と遊んでいるようだ。いやなんでこんな所に蟹がいるのかはさっぱり分からないが小さな蟹と遊んでいる。近くに海は無いはずなのだが。
「もう、スイったらはしゃぎ過ぎでしょ。近くに居るはずなのに会えないって毎日拓がうるさかったんだから」
「ごめんねルーレちゃん。それと……」
「あ、あの蟹?私にも分かんない。いつの間にかシェスと遊んでたのよね。害は無いみたいだしそのまま放置したけどまずかった?」
「いや大丈夫だよ。あの蟹から全く魔力感じないしただの蟹だと思う。いやこんな所に蟹が居る時点で普通の蟹では無いけど」
シェスに近付いていくとシェスはスイを見て嬉しそうに笑う。そして徐にさっきまで遊んでいた蟹を掴むと地面の石に叩き付けた。即死したようで蟹の動きが止まる。
「ねえちゃ、蟹の……えっと。うんと、増えるやつ!」
「蟹の……増える……あ、成程。だからこんな所に居るのか。シェス一人でやったの?」
「うん!弱かった!」
「流石だね」
私とシェスの会話に頭を捻っているルーレちゃんが意を決して話し掛けてくる。
「えっと、つまりどういう事?」
「ん〜、ルーレちゃんには知識が無いからどう説明しようかな。蟹の素因持ちの魔物が居て試練に認められたら蟹をくれるとしか」
まさかこんな所に蟹の魔物が居るとは思わなかったが考えてみれば豚と牛と鶏だけな訳が無いのだし当然かもしれない。ましてやこの世界は地球と比べても何倍もの広さを誇る。大陸の大きさ的にもこっちの大陸の方が間違いなく多い筈だ。
「まあこれでとりあえず蟹が食べ放題だ。良くやったねシェス」
「いっぱい食べる!ねえちゃも一緒に!」
「うん。皆で食べようか」
私とシェスが喜んでいる横でルーレちゃんは蟹と試練と食べ放題が全く繋がらないようで頻りに首を傾げていた。ちなみに拓は獏が気に入ってしまったのかずっとお腹辺りを揉み揉みしていた。
「次に向かう街はコーマにするの姉さん?」
「うん。近いしね。王味亭に並ぶ店があれば良いけど」
「それは無理じゃない?あそこ最早高級レストランって言われた方が納得出来るくらい美味しいじゃない」
シェスは基本的に行き先を私達三人に任せるので三人で地図を置いて話し合いをする。とは言っても私の記憶は数千年単位の過去の記憶だ。殆ど役には立たないので地図を見ても此処にはこれが有りそうとかしか言えない。ルーレちゃんと拓は当然知らないので決めるとしても精々特産品があるかどうかぐらいしか推測出来ない。
「コーマって森の中にある街なんだよね?」
「うん。魔物が弱いからそれなりに栄えているみたいだよ」
「森の中とか魔物が強そうなイメージしかないけど逆に弱いんだ。姉さんなら理由を知ってる?」
「分からない。拓の言った通り普通なら強いんだよ。だから弱くなるとしたら何か別の要因がある筈……まあ結局の所行ってみないと分からないかな」
私達は結論としてとりあえず行ってみると決めた所でさっきから茹でていた蟹が茹で終わったようで赤く染まっている。ちなみに蟹はまた何処からか生えてきていた。生えてくるという表現はおかしいように思えるかもしれないが地面からニョキっと出て来たら間違えていないように思う。ちなみに叩き付けられたのが余程嫌だったのか蟹は甲羅付近から死んだ蟹を取り出していた。気持ち悪い光景過ぎてあまり見たくなかったので詳しくは見ていない。
「コーマにはどんな美味しい物が……あ、蟹美味い」
「スイって食いしん坊になったよね。昔はそんなこと……蟹美味しい……」
「いや結構姉さんはグルメな所あったよ……蟹濃厚だなぁ」
「蟹おいしい!」
四人がそれぞれ食べながら話そうとして余りの美味しさに会話が止まる。そしてふと思い出した。何か似たような経験あるなと。
「…………?蟹以外にあったっけ?」
スイの記憶には残っていないがどこかで似たような経験をした事があるのかもしれない。スイは何の気無しに適当に呼んでみた。
「牛の魔物ジェフィズィ……鶏の魔物ゴラックフォラント……豚の魔物アルゴドルって生えてきた……」
スイの知っている魔物は三種のみ。適当に三種全ての魔物の名前を呼んでみたらアルゴドルだけ地面からニョキっと生えてきた。
「……記憶が無い中で私はアルゴドルを屈服させてたんだね。どういう状況でそうなったのかはさっぱり分からないけど……まあ良いか。豚しゃぶにでもしよう」
アルゴドルは豚肉をニョキっと身体から取り出してきたのでやっぱりこいつらは基本的に気持ち悪い光景を展開するんだなとそう思った。
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