第55話 結末は呆気なく
「せぇやぁぁ!!」
「はぁぁ!!」
黒と紅の軌跡がぶつかり合い辺りに火花を散らす。既に幾度も繰り返された光景だ。周囲は既に瓦礫の山と化している。喫茶店どころか周囲にあった建物は看板以外に何があったかを一切悟らせない程に原型をとどめていない。
「何なんだよあいつ。何でヴェインと互角に戦ってるんだよ……あんな化け物が居るなんて聞いてないぞ」
ルルはその光景を見ながら顔を青くしていた。当然だろう。
「ヴェインがもし負けたら……次は僕だ。あいつは逃がさないだろう。だったら……今のうちに!」
ルルはその事実に気付くとすぐさま踵を返した。もしかしたらルルが手助けをすれば勝てるかもしれない。しかしあくまで「かもしれない」だ。勝てるとは言えない。それにそもそもルルの近接戦の能力はそう高くない。九凶星の七という地位にあるのは特殊な能力として人形遣いの能力が評価されたからこその地位でもあるのだ。決して本人の能力が高いわけではない。抜け道がないわけではないのだが。ただその抜け道を使っても勝算が増えるかは些か疑問が残る。
ならば此処は引き自らの主に報告するべきなのでは?そう考えたルルは全力で下がる。帝都まで来た方法は魔導具による転移だ。それを使うにはかなりの時間が掛かる。邪魔をされれば使う前に殺されるだろう。ならば出来るだけ離れてから使うべきだ。移動出来るようになれば結界も発動するのでそこまで持てばいい。
「……逃がすかっ!!」
走り出した瞬間に真後ろから少女の怒声が響き渡る。
「余所見をするとは……!」
しかしヴェインが止めたらしく少女の苦悶の声が聞こえる。ルルはそのまま振り返りもせずに一心不乱に走っていった。
流石にヴェインは強い。それがスイの気持ちだ。どこまでも強さを求めかつて自らの父に挑み完膚なきまでに敗北して尚挑み続けた強者。その強者が自らの前に立ちはだかっている。
「せぇやぁぁ!!」
「はぁぁ!!」
横に振り抜いたグライスに紅い大剣が当てられて軌道を変えられる。打ち合うあの剣もまたアーティファクトなのだろう。グライスと打ち合えるものなどそれ以外にない。ならば何らかの特殊な能力を持っている筈だが未だに手の内を見せてこないことに苛つく。
スイは確かにまともに戦う実戦経験などまるでない。それでもそれなりには強い。しかしその程度では数千年単位で戦う相手には通用しないようだ。だが苛ついているのはそういうことではない。ヴェインが明らかに手加減していることに苛つくのだ。どう考えても本気を出していない。むしろ怪我をしないように気を遣われてすらいる。
苛つく心のまま何気なく見ると先ほどの少年が青い顔をして走り出した。それを見て苛ついた心のまま激怒する。
「逃がすかっ!!」
放ったのはグライスによる空間断裂。斬線上にあればどこまでも切り裂く凶悪な一撃だ。しかしそれを振り抜く前に紅い大剣が目の前に……っ!?
「余所見をするとは……!」
咄嗟に魔力を身に纏う。防御魔法を使うことすら出来ずに大剣の腹が胸を強打する。
「……ごふっ!?」
殆ど衝撃を防げずそのまま吹き飛ばされる。幸いなのが大剣の腹であったことか。刃の方で斬られていれば間違いなく真っ二つだ。つまりこれもまた手加減だろう。
私は無言でヴェインを睨む。ヴェインは睨まれても動揺もしない。腹が立つ。ここまで虚仮にされたのも初めてだ。この世界に生まれてからではなく前世も含めて下に見られたことはない。
「……我は貴様を余り斬りたくない。今は引いてくれないか」
「……は?」
思わず素で返した。こいつは今何を言った?斬りたくない?引いてくれないか?
「…………殺す!!」
私でもここまで表情を変えられたんだと思わず感心するほどに激怒する。こいつは……こいつはこの戦いをここまで虚仮にするのか?私の思いも父様の思いも知っていながら虚仮に?……ふざけるなっ!!殺してやる!!
「獄炎(ゲヘナ)!」
「ぬ!
私の放った炎はどす黒い炎となってヴェインに迫るがヴェインの放った土の壁がその炎を防ぐ。しかし私の放った炎は単純な炎ではない。罪を燃やし続ける永劫の罰を与える炎。第二の死である霊魂消滅の炎。その性質上炎は消えない。そのくせ私は罪など燃やされたところで消えないと思っている。つまりこの炎は一切消えずに罪を燃やすため罪人に向かい続けるのだ。
「何っ!?」
壁で防いだ筈の炎が壁を溶かしそのまま向かってきたこに驚くヴェイン。ああ、そうか。こいつの殺すための方法は接近戦なんかじゃない。私も冷静じゃなかったんだなぁ。ヴェインは背後に下がり飛び上がる。しかし炎は更に迫る。
「追尾か!ならば紅剣よ!魔を討ち断て!」
ヴェインが振りかぶった大剣は私の炎を切り裂き消し飛ばす。
「なるほど、やっぱり五振りの一つ、紅剣トリムグラスか。魔法を切り裂く剣、ということはさっき使った魔法もトリムグラスの能力だね」
「流石に知っているか。その通りだ。トリムグラスが切り払った魔法を保存して放出したのだ」
紅剣トリムグラス、魔法を切り裂くことが出来、切り裂いた魔法を保存していつでも放出できるという魔導師殺しの剣。
「弱点を補うため……」
「そうだ。流石に分かるか。だが分かったところでどうしようもないぞ」
そんなことはない。攻略など簡単だ。
「殺すよ。ヴェイン。死ぬ前に何か言いたいことはある?」
「……そう言い切るということは我は死ぬのかもな。ならば伝えておこうか。我の妻が奴の下で囚われている。生きているかは知らん。だが生きていたならば助け出してほしい。無理にとは言わんがな」
「……ずるいな。だけど了承した。殺したくなくなる発言ありがとう。けど殺す」
「ふっ、矛盾だな。まあ良い。我もかなりの数の人族や亜人族を殺した。我だけ生きようとは思わんさ。可能ならば妻に会いたくはあるが」
「なら貴方は私が上手く使って会わせてあげるよ。その時に意識があればだけど」
私達がこんな会話をしているのは簡単だ。もうヴェインは動けない。万毒によって無色無臭の魔族に効く毒を出してあげればいい。当然私にも効くけれどそれは解毒すればいい。
トリムグラスが斬れるのは魔法だ。だが見えもしない魔法までは斬れない。例え斬れたとしてもそもそも効果が出る頃には無駄になる。
私はヴェインに近付く。ヴェインは剣を既に握っていない。いや握る力も無くなったというのが正解か。
「何故泣いているのだ?」
「……え?」
ヴェインに言われて自分の目に手を当てる。そうしたら濡れた。ああ、私は泣いているのか。何で泣いているのか。憎い敵を倒す。それだけの筈なのに。
「何で……だろうね。分からない」
「そうか」
言葉はない。お互いにそんな段階ではない。私自体はヴェインのことは対して知らない。しかし自らの身体の内にある父様の素因は悲痛な感情をダイレクトに伝えてくる。
「父様は悲しんでいるよ」
「そうか。そう……だろうな」
「……そう。だから……謝ってきてね」
そう伝えるとヴェインは俯き動かなくなった。
「……ああ、謝ってこよう。スイよ。我が怒りも持って行ってくれるか。奴の息の根が止まるその時に」
「……分かった。今度は味方で……ね」
ヴェインの胸に手を突き刺し素因を握り取り出すまで何故か涙が止まらなかった。そのくせヴェインは満足気に消えていった。やっぱり数千年も生きた魔族っていうのは厄介だ。
「はぁ……はぁ……!こ、ここまで逃げれば大丈夫だろ。起動、イグナムの羽」
手から羽の形をした魔導具を取り出し発動する。この魔導具は発動するまで時間が掛かるが暫くすれば結界も発動し転移者に危害を加えることが出来なくなる。そして転移先は場所指定が出来るならば何処でも飛べる。魔族に囚われた人族や亜人族達によって作られた魔導具だ。暫くすると結界が発動し転移の準備が始まる。
「はは、良かった。これで助かる。けど次は……次はあいつを殺してやる。ふふ、僕を生かしたことを後悔させて……」
「それはまだやめてほしいのですよ?」
「は?」
いつの間にか、そういつの間にかだ。ルルが全く気付かなかった少女が目の前にいる。さっきの少女よりも小さい。
「誰かは知らないけどさ?あんまり調子には乗らないことだ。殺すよ?」
「ふぅ……見た目でしか判断できないとはなかなか若い魔族のようなのですね。まあ良いのです。別にもう関わることはないと思うのです。けどそうですね。一応……相手の力量くらい見破れないと危ないのですよ?」
最後の言葉は隣から聞こえた。それも耳元だ。振り向こうとすると身体が動かない。身体が押さえられているとかそういうわけではない。既に結界が発動している以上それはない。ならば何故動かないのか。
「簡単なのですよ?貴方が私に恐怖し畏怖し身体が萎縮してしまっているだけなのです。だけどそれは恥ずかしいことではないのです。魔族は魔力体、同じ魔力体が近くにいればより大きな密度の魔力体に喰われると本能で恐怖し畏怖するのは仕方無いのです」
ふざけている。まさか自分がこんな小さな少女に怯えているというのか。しかしその言葉が事実なのか身体は一切動かない。ルルは自分の身体が震えていることを認めたくなかった。
「喋れないです?ああ、仕方無いのですね。でも少しだけ我慢するのですよ。すぐ私は居なくなっちゃうのですよ。大丈夫なのです。殺したりはしないのですよ。貴方を殺すのはお姉ちゃんの役割なのです。けどここで素直に貴方を逃がしたらお姉ちゃんが困るのです。だからちょっとだけお姉ちゃんのために動いてあげるのです。……改竄せよ、ウォルタリア」
それは事実を、事象を、現実を幻想に改竄するたった一人の少女が使える最強の力。
ルルはそれが入ってきた時酷い嫌悪感とそれに身を委ねたいと思う抗いがたい誘惑に頭が酩酊したかのようにくらくらする。
「大丈夫なのですよ?貴方は委ねればいいのです。ただ委ねて現実を泡沫のように消してしまうのですよ」
その言葉を聞くといけないと思いながらもあまりに抗いがたい誘惑にルルは流されてしまっていた。
「ん?」
ルルは結界の中で立っていた。
「あぁ、早く転移しないと。じゃないとこの情報を伝えられない。……九凶星の誰かが裏切り者なんだって」
最初に思っていたことなど既に頭の中にない。ルルはそれに疑問を抱くこともなく転移した。
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